第41話 収監所での会話
冷たい石の牢から出され個室に押し込められたと思ったら、見知った顔が二人いる。
「そうあからさまに嫌そうな顔をするな。儂同伴でしか、面会が許されんかったんじゃ。
ちなみに、防音系の魔法を使用しておるから、会話は絶対に外には洩れんよ」
これは風系の魔法か。無詠唱で、いとも簡単に発動させるとは、流石は賢者と言われるだけのことはある。
「何用で?」
ぶっきらぼうに答える私に、ジークが肩を竦め、金髪の中年男性に視線を送る。
(グレイ、ここにピンがある。お前の商会の鍛冶師に作らせた。お前ならこれでここを抜け出せるはずだ)
思い入った決心を眉に集め、小声でピンを私に握らせると、そんな阿呆なことを言いやがった。
平然としたジークの様子から察するに、この爺さん、私が受け入れないことを確信して、あえてこの場にダイマー・マグワイアーを連れて来たな。まあ、私が転移能力を使用可能なことをこいつは知ってるし、当然といえば当然か。
「お爺様、お気持ちだけで十分です。大丈夫、私には死ぬ気などサラサラありませんよ」
「これで満足か? 言ったじゃろ。この男はお主が考えているよりずっとしたたかじゃ。理由がなければ、大人しく捕らわれになっておりゃせんよ」
「いえ、グレイはまだ一二歳の子供です。こんな場所にいていいはずがない」
この頑なな態度。私が安全であると納得がいくまでこの人はここを動くまい。
そして厄介なことに、この私を脱獄させようとしている時点で、この人は自らの命を顧みてはいない。しかも、この度は、キュロス公の子息への罪。これは一族にすら飛び火しかねない大罪だ。なぜ、ジークがこの人を連れて来たのか分かった。半端ではなく危なっかしいのだ。
ジーク老が不敵な笑みを消失させる。どうやら本題のようだな。
「グレイ、お主は明日の早朝、サームクスへ移送されることが決まりそうじゃ」
「随分とタイミングがよすぎますね」
早朝に別の場所に移送か。このアンデッドの襲撃に、なぜ、そこまで急ぐ必要がある? まるで、このサザーランドから私を遠ざけようとしているようではないか。どうも引っかかるな。
「ヌシもそう思うか?」
「ええ、それはもう」
「あれから、いくつかの噂がサザーランド中に流れている。
最初が、勇者とキュロス公の子息が年端も行かない少年に再起不能とされたという噂じゃ。
次の噂が、その背景事情。しかも、恥ずかしいくらいに、まるっきり現実とは正反対のな」
「具体的には?」
「愚劣団の副団長が過去の事件を逆恨みして、ラドルの民の夫婦の夫に因縁をつけた上、殺害。婦人をも手にかけようとしていたところ、勇者とキュロスの子息が助けに入る。やむなく、愚劣団の副団長を殺してしまったが、その報復を理由にグレイ・ミラードが、卑劣な手段で勇者に重症を負わせた。こんなところか」
よくもまあ恥ずかしげもなく嘘八百を述べられるものだ。大方、勇者か、マレクが、あの日、観客だった貴族や兵士を買収でもしてそのような証言をさせたのだろう。
「お主達は、このサザーランドでは一躍有名となった。歩くだけで、注目の的じゃぞ」
「その手のラブコールは有難迷惑です。それに、聊か不愉快ですね」
私は、ユキヒロ、マレクに生存という最大にして最後の慈悲を与えた。これは私の性格からすれば、奇跡に等しいこと。なのに、奴らはそれをあっさり溝に捨て、ゼムの名誉まで辱めている。残念だが、もう、奴らの行き先は決定した。
「そう熱くなるな。勇者もマレクも、今回の噂には事実上無関係じゃぞ」
「なぜ、そう言い切れるのです?」
「勇者はお主の名前を口にしただけで、発汗しまくって、嘔吐しておったし、マレクにあっては、あれから自室に閉じこもって毛布にくるまり、震えているそうじゃ。噂を流すなど、とてもとても」
ジークが右手の掌を顔の前でプラプラ左右に振る。どうやら、二人にはかなり重度の心的トラウマを植え付けることに成功したらしい。
そうはいっても、そんな程度で、ゼムの死の代わりになどならない。私の一生をかけて、奴らには考え付く限りの嫌がらせをしてやることにするさ。元来私は、性格がすこぶる悪いのだ。
「父親の暴走だと?」
「表面上はな。しかし、妙なことも多い」
「なぜ、キュロス公側が、私の護送を急ぐのかですね?」
「ああ、その通りじゃ。今はアンデッドの襲来という帝国最大の危機的状況にある。本来、囚人の護送に、人手を割ける余裕があるはずがない。というより、襲撃が終わってからで十分じゃろ?」
「十中八九、アンデッドの襲来の際に、黒幕に動きがありますね。どうやら、彼らは私がこのサザーランドにいてもらっては困るらしい」
私には転移があるし、黒幕殿の策にあえて乗ってみるのも一興かもしれんな。
先方の目的は、私達の計画を潰すことにあることはまず間違いあるまい。ならば――。
「お爺様を信じて、いくつか頼みたいことがあります」
「なんだ?」
ジーク老との会話から、事の重大さを認識しているのか、先ほどまでの孫を心配する祖父の顔から、祖国を憂う一人の武将の顔へと変貌していた。
「私の仲間達に、計画の進行につき説得して欲しいのです。今のままでは、あいつ等、やけを起こして、折角設置した地雷もろとも落とし穴自体埋めかねませんしね」
この帝国に変革を起こすまで、アムルゼス王国やエスターズ聖教国を始めとする周辺各国には大人しくしてもらわねばならん。この度の計画は、丁度良い牽制となろう。実行してもらわねば困るのだ。
「それは構わんが、グレイ、お前はどうするのだ?」
「私は、このまま黒幕とやらの策に乗る所存です」
祖父から、明確に否定的な意思が伝わってくる。
「この男には、反則のような奥の手がある。むしろ、その悪質さもかんがみれば、襲った方に心底同情するわい」
「あの――ですね」
私の制止も顧みず、得々と話を続ける不良賢者。
「第一、あの勇者をまるでスライムを踏みつぶすがごとく捻り潰せるような怪物相手に、儂らが案ずるだけ無駄というものじゃて」
相変わらず無茶苦茶言う御仁だ。単に、勇者がヘボすぎただけだろうに。
「承った」
祖父は大きく頷くと立ち上がり、私をその青色の瞳で見据えてくる。
「ごたごたが収まれば、共にマグワイアー家に帰ろう。娘が首を長くして待っておる」
話の流れからいって、アンナとはこの世界での私の母のことだろう。
「わかりました」
満足そうに何度か頷くと、祖父は部屋から出て行ってしまう。
「せっかちな奴じゃ」
肩を竦めると、ジークも退出しようとするが、扉の前で立ち止まり、肩越しに振り返る。
「儂はお主の力の強大さを十二分に理解しているつもりじゃ。だが、あえて言わせてもらおう。嫌な予感がする。死ぬなよ」
「ああ、わかってるさ。あんたもな」
ジークは片側の口角を吊り上げると、
「どうも儂もマクバーンの奴を笑えぬな」
そんなわけの分からぬことを捨て台詞に、ジークも退出していった。
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