第3話 転機となる出会い
それから、三週間、私は主にスライム相手に、『古の森』での修行に明け暮れた。
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〇グレイ・ミラード
ステータス
・HP:G+(40/100%)
・MP:F-(91/100%)
・筋力:G+(30/100%)
・耐久力:G+(10/100%)
・魔力:F(44/100%)
・魔力耐久力:G+(30/100%)
・俊敏力:G+(80/100%)
・運:G+(10/100%)
・ドロップ:G+(50/100%)
・知力:ΛΦΨ
・成長率:ΛΦΨ
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要するに、筋肉を酷使すれば、筋力が上がり、ダメージを頻繁に受ければ耐久力が上がる。走り回れば、俊敏性が上がる。このような法則だろう。
魔力の上昇率が高いのは、【火球】を早くマスターしたくて、魔法でスライムを攻撃しまくったせいだ。
おかげで、【火球】は、マスタークラスとなった。
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〇術名:【火球】――マスタークラス
〇説明:炎の球体を飛ばす。 命中補正あり。
〇呪文:詠唱破棄
〇ランク:下位
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マスタークラスとなり、詠唱が省略され、さらに、威力と射程も大幅に増強され、命中補正もされる。なるほど、全く別の魔法といっても差し支えない。
そして、今日新たな魔導書――風系の魔法――風刃を得た。
材料はHランクの魔石二〇個と風石だ。風石は、風を起こす魔道具であり、白髪執事セバスチャンが所持していた。何でも、火石とともに、一般的な魔道具の一つであるらしい。流石にこれ以上、セバスチャンに甘えるのは心苦しい。御礼を考えねばなるまい。
ともあれ、【風刃】の魔導書は、以下のようであった。
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〇術名:【風刃】
〇説明:風の刃を飛ばす。
〇呪文:風の刃よ、我が手に集いて力となさん。
〇ランク:下位
〇マスターまでの熟練度:0/100%
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『古の森』へ行く。スライム狩りは、今日は行わない。本日は、やりたいことがあるのだ。
即ち――新たな狩猟対象の発見である。『古の森』は魔物の楽園であり、食材となりえるものが山ほどある。スライムの討伐にも飽きてきたし、そろそろ、食材となりえる生物を狩ろうと考えたわけだ。
それに、現在、行商人が商売のためミラージュに来ている。あと、二、三日は滞在するそうなので、これを利用しない手はない。
円環領域で、慎重に確認しながら森の先を進むと、真っ赤な巨大兎――アルミラージを発見した。
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〇Mアルミラージ
ステータス
・HP:G+(99/100%)
・MP:G(5/100%)
・筋力:G+(3/100%)
・耐久力:G+(5/100%)
・魔力:G(4/100%)
・魔力耐久力:G-(38/100%)
・俊敏力:G(23/100%)
・運:G+(1/100%)
・ドロップ:G-(2/100%)
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強いな。スライムとは桁が違う。だが、魔力耐久力が低いし、倒せぬ敵ではないと思う。【火球】が外れたら、即座に逃げよう。
アルミラージ――ミュータントの背後の樹木に転移し、間髪入れずに、後ろから、その頭部目掛けて【火球】を放つ。
高速で迫るサッカーボールほどもある火炎の球体を、アルミラージは横に直角に飛び跳ねて回避しようとするが、球体も不自然に屈曲し、頭部を一瞬で燃やし尽くす。灰になり、頭部を失ったMアルミラージの胴体がドサッと地面へ落ちた。
とりあえず、魔石の取り出しや、肉の解体は後でいい。今はアイテムボックスに放り込んでおこう。
それから、二日間、森を彷徨い歩き、アルミラージ一五匹、巨大猪――ビッグボア二三匹、大雉――レッドフェザント一六羽を狩る。ちなみに、Mアルミラージはあれ一匹で、あとは真っ白なただのアルミラージだった。
さらに、円環領域で、食べられる茸や野草、木の実を発見し、採取する。
その後、スライム出現領域へと移動し、死体からの魔石の採取と、肉の切り出しを行う。
結構な量になった。魔石はMアルミラージだけが、変異系のGランクの魔石であり、他は全て無属性のG-ランク。この魔石を試しに売ってみようか。
ミラージュ唯一の宿――さざなみ亭。二階建てであり、一階は領民や旅人のための食堂にもなっている。
商人はこの領内では珍しいほど仕立てのいい服をきていたから、直ぐにわかった。
透き通るような青色の髪に、女のように綺麗な中性的な容姿。やや釣り目だが、それも、青年の魅力を一層引き立てていた。さぞかし、貴婦人にはモテることだろう。
多分彼が、件の年に三回だけこのミラージュを訪れる行商人だ。
「少年、僕に何か用かな?」
「買い取って欲しいものがあります」
「構わないよ。どれ?」
事前に、食材と魔石の一部だけ入れておいた布袋をテーブルに置く。
「へー、お使いかい。偉いねぇ」
惚けたような顔で、袋を開けて覗き込むが、瞬時に目の色が変わる。
青年はMアルミラージの魔石を掴み、色々な角度から眺めまわす。しばらく、観察していたが、大きく息を吐くと、テーブルにコトリッと魔石を置く。
「坊や、この魔石、どこで手に入れたの?」
「この村周辺で罠にかかった兎を――」
「それは嘘だね。これはアルミラージの変異種――Mアルミラージ。G+レートだから、プレート持ちの冒険者でないと倒せない代物だ。少なくとも罠では無理だよ」
まいったな。こんな反応は想定外だ。拾ったと説明するか……いや、既に罠にかかったと偽りを述べている。最悪、盗んだと吹聴されれば、あの醜悪な兄達に全て搾取され、私は反省室送りだろう。
「わかりました。理由をお見せします。付いてきてください」
布袋に魔石を入れて、宿――さざなみ亭を出る。
かなり警戒はしているが、私が子供のせいか、ちゃんと付いてきているようだ。
村の隅の人気のない小屋。そこで、目的地を『古の森』に設定した上で、青年の右袖を掴み、転移を起動する。
「こ、これって……」
足元に生じる光の円に、言葉を失っている青色髪の青年。
景色が歪み、『古の森』へ無事転移する。
「へ?」
キョロキョロと周囲を見渡し、密林の中だと知り、頬を引き攣らせる青色髪の青年。
「ここは、一応、『古の森』ですが、今は周囲に魔物もいないから安全ですよ」
「あ、ああ」
それから、青年にいくつかの魔法を披露し、アイテムボックスから魔物の肉や山菜や果実を出す。
「驚いたな。こんな辺境の地で、こんな才能に巡り合えるとはね」
テンションの高くなった青色髪の青年に懇願され、先ほどの宿屋の一階の食堂で現在、晩酌に付き合っている。
(ジレスさん、あまり、大きな声では……)
小声で、青年――ジレス・カレラスに囁くが……。
「あー、ごめんごめん、そうだったね、なはははっ!」
まったく、わかっちゃいないな。だが、魔物の肉は、全部で、五〇〇〇Gで売れた。魔石は、Mアルミラージは変異種で、かなり貴重だったらしく、四〇万G、他の魔石は全部で二万Gだ。
Mアルミラージの魔石は貴重なら、売らないことも頭をよぎったが、ここは、商人との関係構築の方が重要だと考え、そのまま売ることにしたのだ。
「私はこのミラージュからまだ出たことがないのですが、私が稼いだ四二万Gとは、どのくらいの価値があるのですか?」
独り立ちをするには是非、知っておきたい情報だ。
「一万Gは金貨一枚。金貨、四二枚だ。それは高価さ。皇都内の平民の平均的な四人家族が一日で消費するGは五〇〇といわれている。つまり――」
「八四〇日分ってわけですか」
「へー、算術もできるのかい? ホント、こんな僻地の領地の当主なんて、もったいないねぇ」
やはり、勘違いしているか。この帝国では魔法を使えるものは、自然と当主承継の順位が上がる。ミラード家でも、魔法が使える次男のクリフが長男を差し置いて、次期当主になっているくらいだし。
「僕は、次期当主ではありませんよ。というか、一三歳になったら、この地を追い出される身です。このお金も将来の独り立ちの時の資金にするつもりですしね」
「君を放出する?」
素っ頓狂な声を上げて、ジレスは眉を顰めて、私の顔を凝視してくる。
「はい。だから僕も必死なんです」
「嘘は、ついている様子はない……か。とすると、ミラード家も正気とは思えないね。
出鱈目な機能を有する貯蔵能力に、稀有な転移の能力持ち。さらに、初級の【火球】とはいえ、詠唱破棄者を外部へ放出するなど、帝都の貴族達からの笑いの種だ」
「詠唱破棄ってそんなに珍しいんですか?」
てっきり、訓練するなら誰でも詠唱破棄にまで到達できると思っていた。だとすると、今後はより慎重な行動が求められる。
「珍しいね。【火球】に関して言えば、君は宮廷魔法師クラスだ」
下手に認められて、こんな差別主義の塊のような場所で、一生過ごすなど御免被る。魔法は他人にできる限り、知られないようするのが吉だろうさ。
「ジレスさん、このことは……」
「わかってるよ。僕もせっかく見つけたお得意様を失うなんてへまはしたくない。誰にも言わないさ」
「感謝します」
私は深く頭を下げた。
それから、二時間、ジレスにこの領地以外の街や世界の話を聞いた後、お開きになる。
ジレスが活動の拠点としているのは、この領地の北西にある迷宮都市――ストラヘイム。人口一〇万の大都市だ。
魔物を倒すことをなりわいとする冒険者達の寄り合い所である冒険者ギルドや、商人達の寄り合い所である商業ギルドもあるようだ。何より、私が渇望する図書館もあるときた。
一三歳を過ぎたら、この街で暮らすのを目標とすべきだろう。どうせまだ、四、五年はあるし、ゆっくりやるつもりだ。
ジレスに別れを告げ、屋敷へと戻る。
過保護のアクアは、先週から魔導の授業を受けるべくストラヘイムに旅立って行った。これは、いわゆる、帝立魔導騎士学院の入学のための予備校のようなものらしい。教師は、一流の冒険者達であり、少数精鋭で、教えてもらえるようだ。無論、この教室の入室には通常、法外な金銭が必要とされるが、我らがミラード家にそんな余剰資金などない。アクアは、見事試験に合格し、授業料無料の特待生の地位を獲得したらしい。
そんなわけで、アクアはおらず、私の行動に注意を促してくる者などいない。精々、好きにさせてもらうさ。
屋敷に入ると、不快な子供と出くわした。あくまで、ブンブン周囲を飛び回る蠅のような鬱陶しさに過ぎないが。
「こんな夜遅くまで、遊びほうけているとは、いい御身分だな」
金髪おかっぱの少年――クリフ・ミラードが、嫌らしい笑みを浮かべながら、そんな頓珍漢な言葉を吐いてくる。
私の身体はまだ、八歳。遊んでいて当然の歳だと思うのだが。むしろ、お前、この歳に労働していたのかと尋ねたいものだ。
クリフは、現在一二歳であり、ミラード家の次期当主。既にいくつかの魔法を習得しており、来年の帝立魔導騎士学院中等部への入学も確実といわれているほどの神童らしい。
理由は不明だが、この少年は事あるごとに、私に絡んでくる。
「はあ」
この手の子供に一々腹を立てるほど私も餓鬼ではない。ただ、経験則上、私はしゃべりすぎると、大抵相手を怒らせる。口は禍の元。喋らぬが吉であろう。
「ただ飯ぐらいが! お前に少しでも良心があるなら、木の実の一つでも取ってきてもらいたいものだな。無能なお前でも、そのくらい可能だろう?」
ふむ、そうか。家に食料を入れれば私の立場が若干向上するようであるな。
確かに、この屋敷で出されるのは、何の味もついていない白パンと、塩味のまるでしない野菜と少量の肉が入ったスープ。これが全員に出されるもの。ここに、私以外の家族には、焼き肉と果実と山菜が付く。アクアが出立した途端、このような差別的献立となった
もっとも、パンとスープだけでも、他の領民たちと比較すればかなり裕福なのだろうし、贅沢を言ったら罰が当たるってものだろう。
ともあれ、私にも利益があるなら、食材の確保については、今後、考えてもいいかもしれぬ。
「ふむ、了解だ」
右手を軽く挙げると、階段を上っていく。
クリフも舌打ちをすると、居間へ姿を消した。
お読みいただきありがとうございます。
不自然な部分を修正いたしました。