第2話 修行
金髪の少女の後を付いていくこと、一五分、四、五メートルはある高い木製の柵で囲まれた村落へ到着する。
少女は、真っ直ぐ中央の大通りを直進し、最奥の突き当りにある一際大きな屋敷へと、私を連れて行く。
屋敷の玄関に入ると、金髪のおかっぱの少年が階段から降りてくる。
金髪の少女は、まるで私を庇うように、その金髪おかっぱの前に立ちはだかった。
「アクア、領民を勝手に使ってのこの騒動、父上と母上が帝都から帰還次第、直ぐにでも報告させてもらうよ」
「勝手にどうぞ。行きましょう、グレイ」
私の右手を引きながら二階へと歩いていく金髪の少女アクア。
数人の使用人達の私を見る視線はどこかよそよそしい。そして、それは、常に村民達にもあったもの。
それから、数日間、情報を収集した結果、私の置かれている状況がようやく把握できた。
この身体の持ち主の名前は、グレイ・ミラード。アーカイブ帝国の辺境のウルトラ貧乏貴族ミラード家の三男。
爵位は世襲制における最低の準男爵家。特産物もなく、周囲を高い山に囲まれた盆地であり、行商人すら滅多に来ない。人口およそ三〇〇〇人。領内に七か所、村のようなものが点在。領地というより村の集合体といった方が適切だと思われる。
さらに、領地の約八割が、『古の森』と呼称される強力な魔物が跋扈する秘境であるため、実際に人が住める場所は限られているそうだ。しかも、数年周期で、領地内の各村はゴブリンやオークなどの襲撃を受けているらしい。まさに、帝国にも見放された辺境の没落貴族ってやつなのだろう。
ともあれ、私は、ミラード準男爵家の三男であり、愛人の子。一応母は貴族の出らしいので、継承権自体はあるが、ミラード家での順位は姉のアクアよりも低い。このような昼ドラのような設定だ。てっきりそれで、家や村の者達が冷たいのかと思っていたが、実のところ、そうではなかった。
この身体の持ち主グレイはどうやら、生まれつき魔力を有せず生まれてきたらしい。魔道帝国アーカイブとも称されるほど、帝国は魔法至上主義。魔法を使うものが優遇される傾向がある。逆に、貴族で魔法を使えないものは、無能者として、爵位の継承権の最下位、帝国での魔導学院が管理する施設への立ち入り禁止等の様々なペナルティーを受ける。
要するに、私は母親の実家からこのミラード準男爵家に押し付けられたらしく、他の兄や姉からは、煙たがられている。むしろ私を可愛がる姉アクアの方が、よほど奇異な存在だろう。
そんなこんなで、私は一三歳になったとき、この領地から出ていくことが、ほぼ決定している。むろん、私も生まれつきの性質を理由に差別するような愚かな連中と一生暮らすなど心底ぞっとしないし、望むところというものだ。
ちなみに、円環領域は自己の解析も可能であることが判明している。
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〇グレイ・ミラード
ステータス
・HP:G-(0/100%)
・MP:G-(0/100%)
・筋力:G-(0/100%)
・耐久力:G-(0/100%)
・魔力:G-(0/100%)
・魔力耐久力:G-(0/100%)
・俊敏力:G-(0/100%)
・運:G-(0/100%)
・ドロップ:G-(0/100%)
・知力:ΛΦΨ
・成長率:ΛΦΨ
〇ギフト:
・魔法の設計図
・円環領域
・万能アイテムボックス
・万能転移
〇種族:――――――
〇称号:ブレインモンスター
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壮絶に弱いが、仕方ない。最初はこんなものだと思う。レベルのようなわかり易い指標がないので、ステータスの上昇の条件は不明だが、おいおい検証していけばいいだろう。
また、種族名が文字化けしており、解読は不可能だが、原因などわかるはずもない。これも今後の検証次第となる。
次は、魔法の設計図を検証していきたい。
脇に、【 】という空欄がある。もしかして、これって検索エンジンだろうか。
試しに、【 】の中に、火と打つと、
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★魔法
〇火炎系
◇下位
・【火球】
・【火付与】
・【炎壁】
◇中位
・【火柱】
………………
………………
………………
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下位や中位とか言われてもね。おそらく、魔法とやらの強度の指標なのだろうが……。
円環領域で調べられないだろうか。
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★魔法ランク:魔法の強度の絶対指標。
下位、中位、上位、最上位、特位、超位、伝説、神話、究極、世界の一〇種に分類され、後者になるにつれ、より超常的な現象を実現し得る。
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既に分類されているのは、魔法という概念を理解する上で、実にポジティブな意味を持つ。
次が魔法ランクに纏る制限だ。
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★各魔法ランク限界創造可能総数:各魔法ランクの魔導書の限界創造冊数
・下位――総数一〇〇〇〇冊。
・中位――総数五〇〇〇冊
・上位――総数二五〇〇冊
・最上位――総数一〇〇〇冊
・特位――総数五〇〇冊
・超位――総数二五〇冊
・伝説――総数一〇〇冊
・神話――総数五〇冊
・究極――総数二〇冊
・世界――総数四冊。
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要するに、各魔法ランクにつき創造可能限界冊数が決まっている。そういうことだろう。無制限に編み出せるものなどあるはずもない。それは真理だ。当然の帰結だと思われる。
では、実際に魔法とやらを創ってみようと思う。
【火球】を選択してみると、僅かな虚脱感と共に、金属の箱がゴロンと転がる。
金属の箱の蓋には次のような文字が刻まれていた。
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★【火球】
〇設計素材:G-ランクの魔石二〇個、火石1個
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要するに材料をこの中に入れろということだろう。
魔石と火石の委細は不明だ。情報を収集する必要がある。
自室から、一階に降りると眼つきの鋭い白髪の男が、私に軽く一礼してくる。彼は、ミラード家の執事――セバスチャン。使用人の中でも、私に壁を作らず接してくれる数少ない一人だ。
「魔石は魔物を倒して得られる石のことです。火石は火を起こす際に用いられる石で、これですね」
セバスチャンは、私の質問はよほど奇異だったのか、当初、無言で目を見張っていたが、直ぐにポケットから小石ほどの紅の石を取り出すと、私に渡してくる。
「これって、どこにあるのだろうか? 手に入れるのは、難しかったりするものかな?」
「いえ、もしよろしければ差し上げます。どうぞ」
「感謝する……ありがとう」
いつもの癖の口調を訂正し、子供っぽい声で、感謝の言葉を述べると、自室へ駆け込む。
あとは、魔石とやらだ。これは魔物を倒さないと得られない。ならば、行動あるのみ。
現在、森の中に来ている。森とはもちろん、『古の森』だ。
この森は、ミラード準男爵家領の最重要都市ミラージュの南部一体に広がっている。もうわかるだろう。私が目覚めたあの崖の下がそれだ。
実際に人が住むミラード領は、盆地の北部にあり、『古の森』は南側からミラード領を取り囲むように広がっている。そして、盆地の最北西で『古の森』と接続しているのである。
このうち、領内の最大都市ミラージュは、領の南東にあり、領内で最も交通の便が良い村となっている。
したがって、『古の森』の目と鼻の先にありながら、絶壁に阻まれていることから、重要都市ミラージュは領内で最も安全な村となっているわけだ。
この点、私は別に崖を越えなくても、万能転移があるから不自由なくこの森に来れる。修行し放題という塩梅だ。
最も近いスライムに接近し、屋敷から拝借してきた銅の短剣を抜く。倉庫には弓もあったが、今の私の技量ではとてもじゃないが、命中するとは思えず、断念した。
木の陰から息を殺し、ぷよぷよと流動する粘液が通り過ぎるところを背後(?)から銅の短剣を突き刺した。
突如、液体になり、地面に浸み込み、黒色の石が落下する。
不用意に触れて、爆発したりしたらぞっとしない。だから、まず円環領域により鑑定することにした。
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〇スライムの魔石: スライムの魂の欠片が結晶化したもの。
〇属性:無
〇ランク:G-
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魔石――魂の欠片。もはやファンタジー一色だな……まあいいさ、郷に入れば郷に従えだ。この調子で、魔石を二〇個集めて、さっさと、【火球】を獲得しよう。
今の私でもスライムならば容易に屠れるのが判明したし、当面ここの周辺を活動領域とすべきだろうな。
それから、晩までスライム狩りに勤しんだ結果、三〇個の魔石を取得することができた。
物置のような異様に狭い自室へ戻り、床に座り、アイテムボックスから【火球】の設計図である銀色の箱を出す。
中に、スライムの魔石二〇個と火石を入れると銀色の箱は変形し、一冊の本となる。本の表紙には『【火球】』と記載されていた。
本を手に取ると、本が発光し、熱いものが私の身体に流れ込んでくる。更に表紙に、『所持者グレイ・ミラード』と刻まれた。なるほど、これで所持者の登録が行われるわけか。
即座にページを捲ると、
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〇術名:【火球】
〇説明:炎の球体を飛ばす。
〇呪文:赤き炎よ、我が手に集いて力となさん。
〇ランク:下位
〇マスターまでの熟練度:0/100%
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と記載されていた。おそらく、使用に比例し、熟練度が上昇し、【火球】がマスターとなるのだろう。
次の日の早朝、はやる気持ちを抑え、『古の森』へ行く。
右手の掌の先を前方のスライムへと固定する。
「赤き炎よ、我が手に集いて力となさん」
私の詠唱の直後、サッカーボールほどの大きさの炎の球体がスライムに驀進し、直撃。
ジュッ!
スライムの全身は一瞬で蒸発し、地面に魔石がゴロンと転がる。
これで飛び道具を得た。後は、ひたすら修行あるのみだ。