第27話 対局後の食事
次の日の朝、二〇人の守衛隊のメンバーと赤鳳旅団を率いて私は遠征に出立した。
現在、アンデッド共は、ルドア大森林を南下し、周辺の都市を地獄と変えながらも中央の帝都に向けて驀進中だ。
帝国軍のトップが真面なら、ここで、兵力を分散させる愚行はおかすまい。まず、全兵力を帝都前の都市――サザーランドに集結させるはず。冒険者ギルドの公式発表では、サザーランドまでアンデッド共が到達する予定は、三〇日後。ここから、サザーランドまで、馬車で五日。十分間に合う。
数日間は、行商人の馬車程度しか確認できなかったが、次第に、戦団と思しき集団も目に留まるようになってきた。
現在、広場で馬を休ませているとき、私達の数十倍にも及ぶ戦団が前を通り過ぎていく。
「すごいね~」
「うん、あれ、どこの戦団?」
カルラはキョロキョロと、今も途切れることない大戦団を眺めながらもそんな素朴な疑問をアクイドに尋ねる。
「あれは、ハルトヴィヒ伯爵家の軍隊だな。帝国の中でも十指に入る武闘派豪族だ」
「なら、あの、後ろにいる二つの剣が交差した紋章の旗の部隊は?」
「【無頼】。帝国でも一、二を争う傭兵団だ。大方、ハルトヴィヒ伯爵家に雇われてでもしたんだろう」
ハルトヴィヒ伯爵家……あの野生のゴリラのような御仁か。寄り親のマクバーン辺境伯を介して対面したので、面識はある。というか農業についての私の共同事業者だ。
剛直な人間であり、決して悪い人間ではないのだが、どうも、理論派の私としては、あの手の脳味噌筋肉系は苦手なのだ。何せ、基本、人の話を聞かないからな。
あの御仁に見つかると厄介だ。馬車の中に入っていよう。そう思い、馬車の中に入ろうとするが、私達に気づいた傭兵と思しき短髪黒髪の男が、流れから離れると俺達に馬で騎乗しながらも近づいてくる。
「よう、お前ら愚劣団じゃねぇか?」
その言葉に、戦団の視線が私達に集まる。
「すまねぇ、グレイ」
口々に吐き出される嘲笑と侮蔑の言葉に、アクイドが下唇を噛みしめながらも私に頭を下げてくる。
「なぜ、謝る? お前は、後悔していなかったんじゃなかったのか?」
「それはもちろんだが……」
「ならば、恥じる必要はない。どうせ、陰口しか立てられぬタマ無し共の戯言だ。言わせておけ」
私の言に、ブッと副団長のゼムが噴出し、違いないと他の団員達も笑いながらも何度も頷く。
「タマ無しって何じゃ?」
キョトンとした顔で尋ねるドラハチと、
「グレイ様、その発言、下品ですよ」
眉を寄せて、咎めてくるサテラ。
「善処しよう」
「テメエら……」
険悪となった雰囲気の中、据わった目で俺達を睥睨しながらも、馬から降りると、腰の剣の柄に触れようとするが……。
「馬鹿が」
短髪は白目をむいて、倒れ込む。短髪の背後には、黒髪に顎鬚を生やした中肉中背の中年の男が佇んでいた。
そして、同時に人込みを掻き分けて、全身に傷のある金髪の巨漢の男が姿を現す。
一斉に姿勢を正す兵士と傭兵達。
「おう、グレイ卿ではないか。御無沙汰だ」
金髪の巨漢は、私の前に来ると野性味のある笑い声を上げながらも、私の背中をバンバンと叩く。
「いや、ハルトヴィヒ伯爵殿、何度も説明しましたが、私には爵位がありませんし、これからもとる予定はございません。お願いですからグレイとお呼びください」
「しかし、マクバーンの奴はそうは考えておらんぞ。目下、卿と奴の愛娘の婚姻のために奔走中だ」
「流石に、それはありえませんね」
そうなのだ。マクバーン辺境伯からは、彼の一二歳の娘との婚約を最近強く勧められている。所謂、婿養子というやつだ。
正直、私は特殊性癖の趣味はない。いくら何でも、一二歳児との婚約など度が過ぎているだろ。
「ぐははっ! マクバーンの奴め! ざまーないな。どうじゃ、次の宿場で、これから、一局指さんか?」
将棋とチェスは、サガミ商会の販売する遊戯商品の一つ。わずか数年で、貴族を中心に急速に浸透し、今や将棋やチェスは貴族の嗜みにまで昇華している。
ハルトヴィヒ伯爵にも、初めて会った時、将棋の盤と駒をプレゼントしたのだが、どうやら嵌ってしまったようだな。
「構いませんが、『待った』はなしですよ」
この御仁は極度の負けず嫌いだ。以前指したときも、一晩中付き合わされ、ようやく解放されたのが、周囲が明るくなったときといった経緯がある。
この日も、結局、五局も付き合わされ、ようやく将棋から解放され、今はハルトヴィヒ伯爵から料理を振舞われている。
「へー、これって、風牛の肉ですか?」
「そうじゃぞ。お主から譲ってもらった風牛はいいな。ミルクやチーズとやらもとれるし、特に、肉は頬がとろけそうなほど美味い」
マクバーン辺境伯の紹介で、ハルトヴィヒ伯爵家にも風牛を一〇頭ほど進呈したのだ。
「牧畜、順調のようで何よりです」
両伯は、腐れ縁のような関係で、ハルトヴィヒ伯爵家の経営難につき、マクバーン辺境伯を介して相談されたので、風牛を提供しその育成を提案したのだ。もちろん、育成についての詳細なデータは文書にして提出してもらっている。爵位もない一介の商人に過ぎない私が、この帝国で大規模農業を経営するのはかなりの困難が付きまとう。だから、土地を持て余している地方の有力豪族とコネを作るのは必須だったのだ。
「我らは借りた恩は忘れん。絶対にだ。きっと返させてもらおう」
「お気になさらずに、私も丁度いいデータが取れて助かっておりますよ」
社交辞令的な挨拶をして、本題に入ることにする。
「この度のアンデッドの軍勢、かなりのものなのですか?」
「そう聞いておる。なんでも、アンデッドの中にはドラゴンまでいるらしく、猛将と謳われたランペルツ将軍が戦死しておる」
「竜のアンデッドですか。確かに厄介ですね」
まあ、知性も消失した竜のアンデッド程度なら、最悪、私の魔法で殲滅すればいい。その程度ならば何とでもなる。
「ところで、貴公、赤鳳旅団を雇っているようじゃな」
「まあ」
「そんな顔をするな。別に咎めているのではない。ただ、気をつけろ」
「どういうことです?」
「赤鳳旅団の件、お主なら既に聞き及んでいよう」
「領民を盾に逃亡しようとした恥知らずな貴族を半殺した上、囮にし、その隙に領民を逃がした、でしたっけ?」
「ああ、そう、恥知らずじゃ。何せ、自己の領民を見捨てたのじゃからな。じゃが、戦の将としては、選択肢として十分とりうる選択ではある。まあ、マクバーンの奴はかなり激怒しておったようじゃがな」
「あの御仁ならそうでしょうね」
「ああ、だがな、一方で無血開城に近い状態だったから、山の民の進撃を早めたのも事実」
「憎まれている。そう言いたいのですか?」
「うむ、あの戦で仲間を失ったものが少なからずいたからのぉ」
「その分、領民の大部分は助かりましたがね」
この事件で、マクバーン辺境伯は命がけで市民を救った功績を理由に、赤鳳旅団の貴族への暴行の免責を求めた。結果、アクイド達は一年程度の活動停止だけで許される結果となる。
まあ、一応、そういう触れ込みだが、実のところ免責が認めらえた最も大きな理由は、現場を指揮していた貴族が臆病風を吹かせて、領民を盾に、戦場から逃げ出そうとしたなど、国民に知られるわけにはいかなかったのだろう。
「赤鳳旅団が間違っているとは儂も思っちょらんよ。だが、恨みは残る」
確かに根深い問題だな。だが、そもそも、守るべき領民を見捨てるような策を立てること自体、戦争屋としては失格なのだがね。
「肝に銘じておきますよ」
私は、大きく頷き、肉を口に放り込んだ。
お読みいただきありがとうございます。




