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第55話 臆病者の覚悟

 倉村英斗(くらむらえいと)は、学院寮の前の木製のベンチで一人、夜空をボンヤリと見上げていた。

 現在、午前2時。まさに丑三つ時。こんな時間に学院を徘徊するような趣味は英斗にはない。なら、なぜこうして夜風に当たっているのかというと、全く眠れないからの気分転換だ。

 もちろん、今日の実技試験で緊張しているのも確かにある。それ以上に、今晩、英斗の一大決心を皆に伝えた。その喪失感が殊の外、大きかったんだと思う

 シラベ先生の授業をまたみんなと受けたいし、正直、皆と離れるのは辛い。それだけ英斗にとって旧Gクラスの存在は大きなものとなっていたんだと思う。そう。英斗の人生観そのものを変えてしまうほどに。

 でも、英斗は弱い。きっと皆とまたシラベ先生の授業を受ければきっと、この居心地の良い場所から離れられなくなる。この半年の皆との修行でほぼ確実なものとして実感していた。

 もちろん、今のこの世界の生活に不満などない。元の地球に戻ったからといって、今以上の生活が送れるわけでもない。だから、先月、ネロ先生に異世界との交通の手段がある旨を聞かなければ、帰ろうなどとは思わなかったかもしれない。

 すっかり諦めていた地球への帰還。それを考えたとき、どうしても、あの地を踏みたくなってしまったのだ。

 両親との何気ない会話、友達との旅行、教室で話す好きな漫画の内容など、最近不意に思い出す過去の思い出。当時はその大切さに気付きもしなかったが、どうやらそれらは英斗にとってどうしょうもないくらい掛け替えのないものだったらしい。


「もう、この生活も終わりか」


 英斗があの霧の日、この世界に迷い込んでから短いようで長かった。ギルドでは、シラベ先生に年齢を尋ねられ14歳と鯖を読んでしまったが、それはこの世界に迷い込んだ年齢であり、実際はもっと年はとっている。

 英斗は昔から本の虫。クラスメイト達が読むラノベ小説やネット小説はもちろん、文学小説、一般教養書、ひいては専門書まで手を出す幅広い雑食だ。


「こんな晴れた日だったっけ」


 天気のよい休日は近くの神社の境内のベンチに腰を下ろして、本を読むのが習慣となっていた。あの日も英斗は本を読んでいた。そして、急な睡魔に襲われて起きてみたらあの濃密な霧の中にいたんだ。そして、その霧の中を進むとこの世界の森の中だったのだ。


「本当、色々あったよね」


 殺したいほど憎かった弱い自分。冒険者としてのストラヘイムでの辛い日々。

シラベ先生に助けられたこと、皆との出会い、そしてこの学院での夢のような生活。本当に辛いことも、楽しいことも色々あった。


(まさか、皆に旅に出ると話しただけで、こんな気持ちになるとはね)


 もっと笑ってその決意を話せるかと思っていた。でも、実際は一睡も眠れなくなるほど、英斗の心を打ちのめしている。

 ポタリと手の甲に落ちる水滴。


(そうか。それはそうだよな)


 最高の師たち、そして、最高の仲間たち。あんな、最高な人たちとはきっと二度と会えない。

その彼らと離れるんだ。悲しくないわけがない。辛くないわけがない。人間は機械じゃないんだ。この感情はむしろ、当然というものだろうさ。


「おやおや、こんな真夜中でどうしたんだい?」


 突然の声に顏を上げると、見知った顔が柔らかな笑顔で佇んでいた。


「あっ! すいません! 眠れなかったもので! 直ぐに自室へ戻ります!」


 急いでベンチから腰を上げようとするが、


「いやいや、いいよ」


 その人物は両手で英斗に座っているように指示してくる。

 不意にその人物の姿がぶれる。そして、全く異なる容姿の人物が佇んでいた。

その人物は気色悪いマスクを着用し、黒色の異国の服を着用しており、その口角は限界まで吊り上がり、英斗を興味深そうに観察している。


(こ、これってまさか、【真眼】が発動した!?)


 英斗の【ラストヒーロー】の能力の一つ、物事の本質を見抜く眼――【真眼】。最近発現したばかりの能力であり、まだ己の意思で扱えず、このように暴走してしまうのだ。

 

(に、逃げなきゃ)


 あれは異様だ。あの節足動物のような視線。勝てる勝てないではない。あれは関わってはならないもの。だって、あれを見るだけで、どうしょうもなく不安な気持ちに襲われるから。


「ぼ、僕はこれで」


 心臓が痛いくらい打ち付けられる中、ベンチから立ち上がる。


「うーん、君、もしかして私の姿、見えていますかぁ?」


 男は目を細めて英斗までゆっくりと近づいてくる。


「見える?」

「ええ、君の眼、どうやら普通とは違うようだ」


 男の顔はまさにマスク越しでもわかるほど悪魔のごとき醜悪な笑みを形作っている。


「言っている意味がわかりません。一体、何を言っているんです――」


 背後の右手に愛銃――【グロリア】を顕現し、


「――かっ!!」


 目の前の正体不明の男に全力ブチかます。

 シラベ先生がいつか言っていたことがあった。この世には絶対に関わってはならぬ悪が存在する。もし、その悪に対面したら躊躇いなく引き金を引いて、全力で逃げろ。先生はいつになく真剣な表情でそう仰っていた。今ならわかる。こいつがその悪だ。

 爆発の中、英斗は学院の校門へ直走り、振り返ることすらせずに、奴に向けて銃口を向けて引き金(トリガー)を引く。

 断続的に上がる爆発。頼むから誰も出てこないで欲しい。【ラストヒーロー】の英雄になって洞察力が著しく向上したからわかる。あれは普通じゃない。この世界のものには討伐はまず無理だ。たとえ、この学院の先生たちだとしても。

 もし、倒せるとしたら、きっとそれはあの人だけだ。だから、頼む、彼らだけは出てこないで欲しい!

 突如、足元の地面が高速で盛り上がり、英斗の両脚を雁字搦めで拘束する。

 一歩も動けぬ中、眼前に現れるマスクの男。


「無駄無駄無駄、無駄でしたぁ。ここは結界の中、誰も助けにはきやしないさ」


 男はまさに英斗が望んでいたことを口にする。


(これで彼らが巻き込まれることだけはなくなった……)


 英斗は筋金入りのチキンだ。この世で一番己の命が惜しい。現に今もこうして膝は笑っているし、歯は五月蠅いくらい打ち鳴らされている。

 なのに、この数年共に暮らした家族が巻き込まれずにすむ。その事実を確信した途端、己に生じたとびっきりの安堵感を覚えている。英斗はこのとき、その事実に素直に驚いていた。


「私の秘密を知った君、どうしようか? ここで、殺そうかぁ?」


 まるで、英斗の恐怖を楽しむように、その周囲をグルリと回り、問いかけてくる。


「いんや、それは面白くないな。そうだ! 彼への嫌がらせに使うとしよう。丁度、どの玩具にしようかと思いあぐねていたところですしねぇ」


 こほどかというほど悪質に顏を歪めて、ポケットから赤色の石を取り出す。

 もうこれは確信だ。英斗はここで死ぬ。あの赤色の石に触れれば、この英斗のちっぽけな命はいとも簡単に奪われてしまう。


(嫌だ……絶対に嫌だ! やっと友ができたんだ! 父さんと母さんの待つ地球に帰るんだっ! こんなところでこんなバケモノに殺されるなんて死んでも御免だっ!)


 心の中で絶叫する。それは実に英斗らしい軟弱で往生際の悪い思想。大っ嫌いで憎んですらいた英斗の本質。

 なのに……笑ってしまう。この世界でGクラスの皆と暮して、シラベ先生からこの英斗の性質を当たり前のように肯定されて、以前のような忌避感は覚えなくなっている。

 だが、世の中は実に残酷にできているようだ。ようやく、己のこの臆病と向かい、自身を少しは好きになったというのに、結局今はそんな自分らしくないことをしようとしている。


(この結界は壊せないっ!)


 もしかしたら、英斗の奥の手を使えば、この結界とやらを破ることも可能かもしれない。

 だが、それだけは絶対にできないのだ。だって、あの人がこのライゼにいない以上、こいつに勝てる手段はない。下手にここで結界とやらを破り、こいつの存在を皆に知られれば、彼らもこの変質者の犠牲になる。それだけは駄目だ! 絶対に許せない! だって、英斗は彼らの兄であり、守らなければならないんだから。彼らを守ると、あのとき先生と誓ったんだから!

 だからこれは最後のあがき。英斗の目にしたことをあの人に伝える。そのためだけに、全てを燃やし尽くしてやる。


(グロリア、御免、最後の力を貸して!)


「【八の栄光(エイトグロリアス)】!」


 宙に八つ様々な色の球体が生じ、それらは槍の姿となり、マスクの男の頭頂部へ超高速で落下する。

 刹那、視界が白く染まり、続いて耳を聾するような轟音が鳴り響き、大気がビリビリと振動する。

 視点距離から大地に穿たれた八色の槍により生じた爆風により、英斗の身体はまるでボールのように、校舎の建物に衝突し、その壁を突き破る。

 バラバラになるような痛みに顔を顰めながら、ポケットから金貨を取り出し、そこに思念を詰めると、各教室に置いてある目安箱の中に放り込む。

 人事は尽くした。あとは天命を待つのみ。


「最後のすかしっぺってやつですかぁ。でも、結局無駄でしたねぇ」


 全くの無傷のマスクの男が教室内に煙の様に出現し、次の瞬間、その右手で胸倉を捕まれ持ち上げられる。


「そうでもないさ」


 左手にグロリアを顕現し、奴の眼球に突き立てると英斗のありったけの魔力を込めて連射する。

 爆音と生じる凄まじい熱量。それらは同心円状に吹き抜けていき、近距離の英斗の肌は焼けこげて、全身に七転八倒の激痛が走る。


「ぐぅ」


 煮えたぎった大気の中、マスクの男が右目から血を流して、英斗をまるで親の仇でも見るかのような目で睥睨した。


「卑怯者、少しはいい面構えになったんじゃない?」


 ――あの人ならば、きっと、英斗のメッセージに気付いてくれるはずだ。


「……」


 マスクの男は英斗の減らず口には答えず、額に太い青筋を漲らせながら、左手に持つ赤色の石を近づけてくる。

 正直、泣きたいほど怖い。だけど、不思議と後悔だけはしていないかった。

 だって、英斗にはあの人との約束があるんだから!

 妙に緩慢に流れる時間の中、英斗は口端を上げて、


「クズ野郎、お前はもう終わりだよ!」


 喉の底から叫ぶ。刹那、その意識は暗転した。



いつもお読みいただきありがとうございます!

元々のプロットだったとはいえ、書き手にとってもこの手の話は心が抉られるような気がします。物語のストーリー上、必要な話なのでお許しいただければと。

この章が終われば、次の最終章で終わりです。(主人公の過去も含む)最後までお読みいただければ幸いです。


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