第48話 マグワイアー領町村会議 メイ
――マグワイアー領 マグワイアーの屋敷 町村会議
マグワイアー家の筆頭メイド――メイは出席者の前に、サガミ商会から支給された紅茶の入ったカップを置いていく。
本日はマグワイアー家の町長や村長が一堂に会する合同会議の日。
グレイ様の提案により、月に一回は必ずこうして領地全体の方針を決定しているのだ。
「ノバル伯爵の捕縛と爵位と領地の剥奪。おまけに旧ノバル領の新領主にグレイ君がつくとは……」
当主たるバルト・マグワイアー様が報告書を机に置くと当惑気味に呟く。
「短期間でこのマグワイアー領をここまで変貌させる孫じゃ。そのくらい驚くに値せんよ」
グレイ様が、数世代にわたる犬猿の仲だったノバル伯爵領の新しい領主に着いたと聞いてから主人たるダイマー・マグワイアーは終始浮かれ切っている。
「グレイ君から、ノバル伯爵から問題となった鉱山についての返却を打診されています。あと、200億Gも過去の訴訟を担当した司法官とノバル伯爵との癒着が立証され、国から没収した財産が返却されるそうです」
あれほど絶望的だったマグワイアー家の苦難はあっさり解決してしまった。
もっとも、この会議の出席者でそれを純粋に喜ぶものは存在しない。
「領主様方には申しわけありませんが、私達町長、村長の立場としては、グレイ様に借金があった方が助かるんですがね」
シロカネ村の代表者が、渋面でこの場の全員の気持ちを代表して発言する。
「そうだな。これであのお方がこの領地へ介入する理由がなくなったし」
「うむ、基本、あまり他の領地の経営に介入したがらない方だ。下手をすればこれっきりってのもあり得る」
「それは困るべ! 村の牧場も今、ようやく軌道に乗ってきたどころだっぺよ! ここであのお方に去られても困るべ!」
全員から吐き出される不満。他の領地を一度訪れれば、この領地の発展具合の異常さは身に染みて実感している。皆、グレイ様という柱がいなくなることが不安なのだ。
「甘えるなっ! あやつはいつも言っていたであろう!? 何者にも頼らぬ力が必要だと!」
ご隠居様の言葉通り、グレイ様はただ知識を授け、指示をしていたのではない。
いつもあのお方が繰り返し語ること。それは次世代へ知識と技術を伝えることの重要性。教育の重要性と言い換えても良い。
人一人の知識や技術など限られている。だからこそ、領民全てに一定の知識と技術を伝え、広く参加を募る。そして、研究や実験で得た知識や技術を次世代へと残し、それを向上させていく。
こうすることにより、領地全体の知識や技術は衰えることを知らず、ゆっくりとだが確実に向上していく。そして、領民全員の中から、いつかその知識や技術の新たな扉を開くものが現れる。こうして常に発展していく経営方針。
以前なら意味不明だったその言葉も、実際にこの発展を享受してしまえば嫌でも理解できてしまう。
「そうですね。確かにこんな弱音を聞かれれば、あの方に叱咤されそうだ」
白金村の代表者が頷き、
「うむ、確かに、グレイ様を失望させるのは御免だな」
他の村長、町長たちも賛同の声を上げる。
「では、具体的な今月の経営戦略会議の議題に入りましょう。
まずは、白天絹の工場の設立についてですね」
バルト様が議題を発し、会議は開始された。
「父上、借金の件なのですが」
「わかっておる。グレイには今まで通りの返却を行い、返却された金銭を公共施設につぎ込む。それが一番この領地が発展する手段じゃて」
やはりそうきたか。ご隠居様はかなりの狸だ。何十年もドロドロとした貴族社会を生き残ってきていない。この好転した状況をさらに利用する手段を模索していたのだろう。
「ええ、それにやはりグレイ君はいるかいないかで安心感が大分違いますしね」
「そうだな。もう少し孫にはこの領地に付き合ってもらうとしよう」
愉快そうに笑うご隠居様に思わず眼がしらが熱くなった。だって、そうだろう?
少し前までは、バルト様やご隠居様はグレイ様をこの領地から追い出してしまったことに深い負い目を感じていらっしゃったし、アンナ様もずっと床に伏せっていた。
この領地の心はバラバラだったのだ。それがそのグレイ様の下で一丸となって歩んでいる。それがメイはどうしょうもなく嬉しかった。
「みんな、お菓子が焼けたわよぉ」
アンナ様のおっとりしてはいるがよく通る声が屋敷に響き、メイたちも一階へと降りていく。
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