第46話 ノバル領の騒動の終結
結論からいうとバジオはボコボコに殴られてはいたが、骨までおれておらず、私の回復魔法で全快できた。
ノバル伯爵とあの顎の割れた男は領民の売買の容疑でノバル伯爵領の司法官が身柄を拘束し独房へ入れた。おそらく、アーノルドの説得と大激怒したオリヴィアの様子からもはや庇いきれないと察したのだろう。
馬鹿王子も一切癒すことはせず、獄中にぶち込んでおく。それに激怒するかと思った騎士たちはなぜか私達の指示に従い、ホテルで謹慎している。私は王子を軽くボコったのだし、多少の反発があってしかるべきなんだが。ここまで素直だと違和感ありまくりだ。
数日後、帝都から使者がきたので馬鹿王子とノバル伯爵を対面させた。
「グレイ卿、ご苦労だったな」
カイゼル髭の紳士が私に労いの言葉を口にし、ノバル伯爵の顔が絶望一色に染まっていく。私にもこの状況を仕組んだ真の黒幕には思い当っている。
「ええ、政府のこの茶番には少々私も腹に据えかねていましてね」
一歩間違えば子供が死ぬところだったのだ。これを笑って見過ごせるほど私は我慢強くはない。
「グレイ、それは違うな。我らはここで何が起こっているのかわかってはいなかった。ただ、このような事件は門閥貴族の直轄領では日常茶飯事。お前がそれを見て耐えられるとは思わなかった。それだけだぞ」
隣のハクロウ男爵が、私の言葉を即座に否定する。今や出世して内務卿直属のスタッフとして活躍中らしい。
「そう……ですね」
わかっている。バジオの件は完璧に私のまいた種。帝国政府は私をこの地に送り込んだだけ。責任など微塵もありやしない。これは、ただの私の醜い責任転嫁だ。
「申し訳ありません。言葉が過ぎました」
頭を深く下げた私に、
「いや、かまわんよ。だからこそ卿らしい。それ故にこの度の計画を実行に移したわけだしな」
内務卿は口端を上げて何度も頷く。
「わかっているのか!? 次期国王の僕に対するこの仕打ち、これは国際問題だぞ!?」
「なんの問題にもなりませんよ」
金髪の目が線のように細い青年が、煩く喚く馬鹿王子の発言を否定しつつも部屋に入ってくる。
「さ、イナン、なぜここにっ!?」
「国王陛下の命ですよ、王子」
イナンと呼ばれた目が細い青年は私達に向き直ると、
「私はビットスレイ王国宰相――イナン・コフと申します。この度の我がビットスレイ王国人の愚行、心からお詫び申し上げます」
深く頭を下げる。
「宰相、貴様、一体、何を言っているかわかっているのかっ!? そこの下賤な奴は、僕に乱暴を働いたんだぞ!? 次期国王の僕にだっ!?」
その言葉に近くのスパイから殺気が漏れ、オリヴィアが顔中怒りに染める。
どういうわけか、今まで私の無礼極まりない態度に眉一つ動かさなかった内務卿までも不機嫌そうに自慢のカイゼル髭を摩っていた。
「王子よ。貴方はいくつか大きな勘違いをしておいでのようだ」
「か、勘違い?」
「ええ、この度王子がここにいらっしゃったのは、国王陛下のご意向。そこまではよろしいですね?」
「ああ、この地で僕の未来の妃となるオリヴィアに会うよう言われたんだ」
未来の妃との言葉に、オリヴィアが不快そうに顔を顰める。
「まず勘違いの一つ。この地で会ってほしかったのはオリヴィア皇女殿下ではなく、彼だったんですよ」
「はあ? なぜ、僕がこんな下賤な血の者とっ!?」
「下賤ね。そこが二つ目の勘違い。彼はグレイ・イネス・ナヴァロ。商業ギルドに強大な影響力を有し、今や最も発展しているといわれるラドルの現領主。さらには、未来の帝国を率いるであろう若き英雄。そんな御伽噺のような人物が彼だ。貴方とは価値が違うのです」
いやいや、最後の帝国を率いるって下りは間違いなく誤りだぞ。私がやるのはあくまで背中を押すだけ、自分で動こうとは思っちゃいない。
おい、内務卿とオリヴィア、お前たちもなぜ頷いている!?
「で、でも卑しい血だってノバル伯爵が……」
「確かに彼は地方豪族です。その点だけは王子の言う事が正しいんでしょうね」
「ほら見ろ! だから僕は――」
「王子、もうこの世界はそんな血筋だけが決定する時代ではなくなっているんです。国王様は聡明な御方です。貴方のようなどうしょうないボンクラも見捨てず今まで愛情を注いでこられた。ですがね、我慢にも限度というものがあるのです。だから――」
「ビットスレイ王国陛下は我ら帝国に相談を持ち掛けてきたのだ。息子の目を覚まさせてやって欲しいと」
一瞬言いよどむ宰相の代わりに隣の内務卿が補足説明する。
「それで、私があてがわれたと?」
だから、ゲオルグは頑なに私の同行を主張したのか。
「まあな、ノバル伯爵領の治安の悪さは帝都でもよく聞く事実。そこにグレイ、お前をブチ込めば間違いなく一騒動起きるのは確実だからな」
さも可笑しそうに口にするハクロウ男爵に、
「ああ、グレイ卿はまさに劇薬。この領地の有する古臭い体質さえも粉々に破壊してしまった」
内務卿も大きく頷く。
おそらく二人は、あの貧民街のことを言っているのだろう。
驚いたことに富裕地区の住民からは、余分な食糧や家具がわけ与えられている。さらに、一部の富裕層が金を出し合って貧民街に今貧民たちの住居を建てているらしい。
これは別に私が原因ではない。アーノルドの説得により、この数週間は己の家族を守るため、コレラの対策に貧富の差を無視して一丸となって助け合ってきた。それにより生じた連帯意識というやつだろう。
「イナン、僕をボンクラといったなっ! 僕は次期国王だぞ! 貴様など父上にいって罷免にしてやるっ!」
立ち上がり、みっともなく唾をまき散らして怒声を上げる。
「はー、やはりこの程度では貴方のその腐りきった本性は変わらないようだ」
宰相イナン・コフは私に顔を向ける。
「お断りします。私は調教師ではない。子供を遊びで傷つける阿呆の面倒など御免被る」
「そこをなんとか。貴方にしか頼めぬのです」
「くどい! 私はその獣を殺さなかった。私にとってそれは最大の譲歩。おわかりかな?」
「ええ、十分すぎるほどに。ですが、こんな救いのないクズでも、第一王位継承権を有する我が国の王子なのです。暗君が政を行えば、この領地での蛮行どころではない惨劇が吹き荒れます。それこそ、無数の子供たちが犠牲になるのです」
「それは――ずるい言葉だ」
この男は私が子供を持ち出されれば、断れないのをわかっていて口にしている。
「ええ、それも重々承知しております。ですが、どうかお願いいたします」
宰相は座り込むと、額を床につける。宰相の御付きの煌びやかな衣服を纏った重鎮たちもそれに習った。
「お、おかしいよ。宰相、なぜそんなことするんだよ。相手は下級貴族のしかも子供だぞ?」
泣きそうな声を上げるフランコ王子。
「悪いが、その汚物を預かるだけの価値が見いだせない。君も私の情報は皇帝陛下から聞き及んでいるのだろう? ならば、理解はしているはずだ。この男は私の禁忌に触れた。君らの頭一つでどうにかなるものではないのだよ」
別におごりではない。馬鹿王子のあの行為を許せば私は、私は私でなくなる。そんな気がするのだ。
「どうしてもですか?」
「力になれず、すまんな」
宰相は大きく息を吐くと、立ち上がりもう一度礼をする。そして腰の剣を鞘から抜くと王子の前まで行く。
「イ、イナン?」
「申し訳ございません、王子。これも国のため。ここで死んでいただく」
「ふ、ふざけるなっ! そんなことすれば、父上が――」
「これは国王陛下の命です!」
「父上が、僕を殺そうと?」
顔を絶望一色に染める馬鹿王子。
「フランコ様、貴方だけが悪いのではない。初めての王子ということで、甘やかして育ててしまった私にも非があるのです。大丈夫、私もすぐに後を追いますから」
この宰相本気だ。本気でこの馬鹿王子を殺そうとしている。この宰相、この馬鹿王子の親代わりでもあったのだろう。
なぜかな。この行為だけは許してはならない。私は自然にそう思ってしまっている。
(くそっ! なぜ、こうなるのだっ! この馬鹿王子だけは絶対に許してならぬのに!)
宰相は剣を振り上げて――。
「やめろ!」
私の言葉で止まる宰相の剣。馬鹿王子の額の薄皮一枚で切った状態で停止していた。
「わかった。我が商会で預かろう。だが、王子としては扱わんぞ。生活は、この者にとってそれはまさしく地獄となろう。それでもいいのか?」
「ありがとう……ございます」
宰相は震える手で剣を零すと、両膝をついて号泣し始めた。
「イナン……?」
泣き崩れるイナンに馬鹿王子は信じれないものを見るかのような視線を向けていた。
「よーく見ておけ。お前が助かったのはお前の実父と育ての親のお陰だということを。
スパイ、この馬鹿王子をクラマにしばらく預けて、その根性を叩きなおせ!
具体的な教育の仕方は後日考える」
「は!」
スパイは馬鹿王子の後ろ襟首を掴むと、その姿を消失させる。
「さて、あとは救いようのない外道の処理だな。ノバル伯爵。お前とその従者には臣民略取と傷害幇助の容疑がかっている。おまけにコロリの不作為だ。もう救いようがない」
「そ、そんな上皇陛下は――」
「ああ、もちろん上皇陛下にも、コロリを前に逃げ出したことを説明したら、大層お怒りになられていたぞ。なんでも、陛下の血統に敵前逃亡する臆病者はいらぬのだそうだよ。判決如何によらず、お前の領地と爵位の没収は確実だ。しっかりと服役後、平民へと戻り、一から人生をやり直したまえ」
「そんな……」
拠り所だった上皇にまで否定されメソメソと泣き出すノバル伯爵に、内務卿は侮蔑の視線を向けると、
「連れて行け!」
吐き捨てるように指示を出す。
こうして、このノバル領の騒動は苦難の末、解決に向かう。
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