第44話 伝染病の終息
数時間後、患者が一定の区画に集められる。
糞便は全世帯分を私が魔法で一か所に集めた上で、大きな穴の中に入れる。そして糞尿があった便所は商会の科学チームが開発した次亜塩素酸ナトリウムにより、徹底的に消毒する。
健常者で飢餓状態のものは、飯を食わせて体力を付けさせて感染を予防。
実際に症状を出してしまっているものは、回復魔法で一定レベルまで肉体を回復させた後は、輸液チューブによる静脈点滴と抗生剤を静脈内投与。その上で、荷台の下に桶を設置し排泄物をそこに排出させる。
この場所ではこの程度しかできない。これで、何とか頑張ってもらうしかない。
なんとかうまく進み始めてはきている。だが、圧倒的に健常者の人手がたりない。
人数に限界を感じていたとき――。
「誰の許可で勝手なことをやっているっ!!」
文官と思しき豪奢な格好をしたチョビ髭の男が傍までくると、騒々しく捲し立てた。
「止めていいのか? これは、コロリだ。このまま放置すれば大勢死ぬぞ! それこそ、お前らもな!」
作業の手を止めず私は回復魔法をかけて、患者に留置を設置し、輸液チューブを接続する。
「コ、コロリ……」
チョビ髭文官の顔が引き攣り、背後の兵たちが後退り始める。
「そうだ! お前らも手伝え! そこのマスクと手袋をしてこの使い終わった布を湯につけろ。あとはこの周囲にこの液体の噴霧だ」
「な、なぜ私が――」
「いいからやれっ!! やらねばこの者達はもちろん、お前の家族も死ぬぞっ!!」
コレラはそんな甘い感染症ではない。特に医療制度が未発達なこの場所ではな。
「くそっ!」
泣きべそをかきながら、チョビ髭文官は手袋とマスクに近づいていく。
「お前ら、教えてやれ!」
「は、はい!」
私は再び治療へと集中していく。
夜が更けても帰りの遅い私を探しにきたオリヴィアも手伝って、私達は治療に没頭する。
当初あのフランコ王子とやらが、ノバル伯爵を連れてオリヴィアを連れ戻そうとしにくるが、この病気がコレラと知ると近隣の伯爵の別荘まで退避してしまった。
もっとも、私達にとって煩い足手纏いがいなくなるのはある意味、僥倖といえる。
あのチョビ髭文官が同僚や富裕層の連中を説得してくれたおかげで、人手も増えた。
そして、約3週間かかりようやくこの地のコレラは沈静化する。
宿で丸一日泥のように眠った後起きるとノバル伯爵の館に呼び出される。どうせ碌なものじゃないだろうが。
案内役のチョビ髭文官、アーノルドの後をついていくと、宿の一階には、作業に加わっていた街の文官や兵士たちがいた。彼らは一斉に姿勢を正すと、胸に手を当てて敬礼の姿勢をとる。
そして、アーノルドは一歩前にでると――。
「こうして町民を失わず、今を迎えられたのは、グレイ殿のお陰だ。この街を代表して感謝する」
頭を下げてくる。この者も大分変わったな。最初はブーブー文句を垂れてばかりいたのに、今や熱心に貧民街の者達と今後について話し合っている。もしかしたら、人を救うという行為を通して己の使命のようなものを見出したのかもな。
「ああ、そしてこれからはお前たちがこの街を守るのだ」
「任せろ」
どんと右拳で胸を叩くとアーノルドは歩き出す。
歩き始めた私に傍でその様子をみていたオリヴィアもついてくるので、
「呼び出されたのは私だけだぞ?」
的確な指摘をしてやる。
「屋敷の前までついて行くだけじゃ。それなら構わんじゃろ?」
「ああ」
どうせ、領地で勝手にやったことに対する懲罰動議だろうし、直ぐ済む話だ。
「無茶はするでないぞ?」
「それは相手次第だな」
門閥貴族どもは既に虫の息だ。遅かれ早かれ、駆逐される。だが、奴らが無茶をしようとするなら最悪、ラドルは帝国から離脱して内乱が起きるかもしれん。だが、それも一興。どの道、この領地のあの貧民街のようなことが頻繁に起きるのなら、時間の問題だった。
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