表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
229/257

第43話 王子来訪と伝染病

  

 皇帝ゲオルグに呼び出されて皇居を訪れると、


「ビットスレイ王国の第一王子殿が来訪したから対応を頼む」


 そんな厄介極まりないことを押しつけてきやがった。


「以前にも言いましたが、私も多忙です。その手の若者同士の青い色恋沙汰で私を巻き込むのは止めて欲しいのですが」

 

 皇帝の隣にいるオリヴィアの笑顔が三割り増しとなるのが視界に入る。最近気付いたがあれは彼女が暴発する一歩手前の状態だ。

 この様子ではその王子とやらをよほど毛嫌いしているようだな。直情的で人見知りの彼女からすれば、さして珍しいことではない。

 大方、私を連れて行くことにより、間接的に断る雰囲気でも創り出したいのだろう。

 だが、男女の関係など当時者同士でなんとかするものだし、下手に保護者がでていけば、こじれるだけ。

 何より、この皇帝やあの上皇(野獣)も、オリヴィアにどうしょうもなく甘い。両者とも本人が婚姻を拒絶すれば、結局、理由をつけて破談を認めると思っている。私がついていく理由に著しく欠けるのである。

勿論国政を運営する立場からすれば相手にカードを投げる様なもの。できる限り避けたいのだろうが私にはそんな事は全く関係が無い事情だ。


「まあまあ偶には息抜きも必要だぞグレイ。それでだ、王子は既に近隣の町まで到着している。迎えに行ってもらいたい」

「だから私は忙しいと――」

「さあ、行くぞ、グレイ!!」

 

 反論を口にする私の右手を握るとぐいぐいと引き摺って行くオリヴィア。

 結局私も関わるのかよ。面倒だ、実に面倒な事だ。


 

 皇居を出ると前には皇族専用に使う黒塗りされた乗用車が停められていた。

 この車は皇帝の要請でサガミ商会が提供した最新式の物だ。帝国に在る複数の領地では既に車が通路を走っている。この帝都でさえも商業ギルド系列の豪商が所有する車をちらほら見かける位だ。その状態で皇族が未だに馬車では示しがつかぬ。そんな声が閣僚達の間から上がったらしい。贅沢が嫌いな皇帝が渋々受け入れた感じだと思う。

 まあこの手の技術は目立つ者が率先して使用した方が広がり易い。私としても皇族に乗ってもらった方が上手く技術を世界に広め易くなり助かるというものだ。


「で? そのフランコ王子というのは、そんなに嫌な相手なのか?」


 現在皇族専用で使っている自家用車の後部座席で膨れっ面をしているオリヴィアに尋ねる。


「門閥貴族」

「うん?」

「だからキュロス公とゲッフェルト公を足して二で割った様な人物だ」

「それは確かに嫌だろうな」


 成程な、要するに貴族至上主義の御仁って事か。それではオリヴィアじゃなくても嫌かもな。


「グレイ……」

「ん?」

「何でもない」


 それ以来、オリヴィアは口を閉ざし、私も腕を組むと瞼を閉じた。


 

 到着したのは帝都の南東に在る街――ウルグス。その街で最も高級と思しき宿へ向かう。

 扉を開けるとロビーにいた金髪の優男がこちらに来るとオリヴィアの両手を握ってブンブン振る。この男がフランコ王子だろうさ。


「やあ、オリヴィア! 逢いたかったよ!」

「はあ」


 不快感を隠そうともせず気のない返事をするオリヴィアの姿など気にも留めず、その肩に右腕を回してホテルロビーに備え付けられたテーブルへと歩いていく。

 オリヴィアが必死の形相で私を見ると、


「ほら、従者の君もそんなところに突っ立てないで来なよ!」


 陽気に右手を上げると席に座る。うーむ、一見してそんなに悪い奴には見えんのだがね。


「じゃあ、乾杯と行こうか!」


 グラスに果実酒を注ぐと、昼間っから飲み始めた。門閥貴族なら帝都でも頻繁に目にする光景だ。一国の王子だし、大して奇異ではない。



「へー、君子爵なんだ。若いのにもう爵位を得ているなんて凄いんだねぇ」

「いえ王子、この者は地方豪族出身。一応貴族ではありますが卑しい血筋の者です!」


 即座に王子の言葉を否定する長身の男。この大層目付きの悪い顎に髭を蓄えた男はノバル伯爵。マグワイアー家に在った鉱山の件で私とは何かと縁がある男だ。


「なーんだ、友達になれるかもと思ったのにぃ。君ぃ、だったら立ってなよぉ」


 なるほど、ノバル伯爵が既に篭絡済みってわけか。

オリヴィアが怒りの形相で反論を口にしようとするが、それを右手で制し、


「それでは私は失礼して」


 席を立ち上がる。正直私としても同席するかなど心底どうでもいい。


「おい! ここは貴様のような下賤なものが同席してよい場所ではない! 早く席を外さんかっ!」


 ノバル伯爵がさも不愉快そうに私を怒鳴り付けてきた。

 うむ。そうだな。ここは門閥貴族のノバル伯爵の領地。門閥貴族の領では商売ができないこともあり、足さえ踏み入れたことがない。奴らが、どのような統治をしているのかは前々から興味はあったのだ。こんなチャンスがなければ、お目にかかれない。少なくともここでこの者達と話し合うよりはよほど有意義な時間を送れることだろう。


「では、私はこれで」


 オリヴィアが親の仇を見る様な恨みがましい目で睨んでくるもそれを平然と無視してスパイに彼女の護衛を任せると高級宿から退出する。



 一通り見て回って今は街の南西に在る貧民街にいる。

 

「これは酷いな」


 思わず口から言葉がすり抜けていた。

 領主の館やら商店が在る地域は規則正しい絢爛な建物が立ち並び裕福な身形の人々が行き来している。だがそこから少し離れるとそこは地獄だった。


「ここまでだとはな……」

 

 これはある意味、ラドル以上だ。腹が異様に突出した老人に、がりがりの子供。ボロボロの衣服を着た娼婦らしき女が通路で男たちを呼び止めている。そして――。


「汚ねぇ手で触りやがって!!」


 蹲る幼い子供を蹴り続ける屈強で顎が二つに割れている男。

 まったく、どこにでもあの手のクズは湧いて出てくるものだ。

 私は背後から男に近づき、その足を払う。


「ぐはっ! 貴様――」


 その男の顔面を踏みつけると、子供の私に踏みつけられているという屈辱からか、顔を真っ赤に染めていき怒号を吐き出そうとする。しかし――。


「うーん、汚れてしまったなぁ? これは大変だ」


 私はその顔面を踏みつける足に力を込めた。


「ぐぎががっ!!」

「どうした? 汚れるのが嫌なのであろう? なら、全力で逃れてみせろ。さもないとその地面がお前の小奇麗な脳漿でトマトのように染まることになる」

「だずげで……」


 男は恐怖と痛みで顔を引き攣らせながらなんとか懇願の言葉を口にした。

 私は顔から足を外すとしゃがみ込み、男と目線を合わせる。


「私はお前を助けた。が、次はない。この意味わかるな?」

「……」


 泣きながら何度も頷く男に、


「よし、行ってよし」


 逃避の許諾を出すと奇声をあげて走り去ってしまう。


「大丈夫か?」


 抱き起そうと近づくと、その子供は後方へ飛びのき近くにあった棒を掴んで私に向けてきた。

 どうやら、完璧怖がらせてしまったようだ。試しに、笑顔をつくってみるが――。


「きひぃっ!!」


 更に後退って涙をポロポロと零し始める。


『無理ないな。マスターの笑顔、基本、極悪顔やし』


 ムラのいらん解説に内心で罵声を浴びせつつも、近づくとその子供をそっと抱き締めた。


「もう大丈夫だ。よく頑張ったな」


 後頭部をそっと撫でていると、大声を上げて泣き出してしまう。


 泣き止んだ子供から事情を聴き出す。

 名前をバジオ。病の母を助けたくてさっきの男に薬の金を恵んでもらおうとしたが、暴行を受けてしまったらしい。

 バジオの案内のもと、雨水さえもしのげそうもない掘立小屋へと着く。

 米のとぎ汁のような乳白色の便。この少女の母親、十中八九、コレラだ。このまま放置すれば、確実に死ぬな。しかもこの不衛生な場所では周辺の住民全てに波及しかねない。

 くそが! こんな不衛生な場所はまさに病の培養所だ。本当に門閥貴族は、統治ってのが、できない生き物のようだ。私は悪態をつきつつも母親に回復魔法を使用した。


「あ、ありがとうとざいます」

「そんなのいいから、寝ていて」


 無理に上半身を起こして両手を組んで拝んでくる母親をズタボロの布団に寝かせる。悪いがこんなの気休めなのだ。魔法では伝染病は直らない。それは既に証明された事実。商会で開発したペニシリンを手首から静脈注射する。

 コレラが発生した以上、本来ならこの場は隔離がセオリーだし、サガミ商会医療チーム全体で取り組むべき事案。だが、ここはあの馬鹿貴族の領地。サガミ商会が力を貸せば後々問題となる。私達だけでなんとかするしかあるまい。

 それにしても、この何が何でもやり遂げろという強制力。これは正義感とかいう清廉なものではない。多分、私の前世での経験によるんだと思う。

 私は外に出ると――。


「コロリが発生した。病人をこの場所に連れてきてくれっ! あと健康で手伝える人、協力を頼む!」


 コレラはこの世界では不治の病。てっきり悲鳴を上げて逃げるかと思ったのだがぞろぞろと私の傍に集まっていく。


「あんた、お医者様か?」


 角刈り青年が私に躊躇いがちに尋ねてくる。


「似たようなものだ。助かりたければ手伝いな」

「あんたのその服装、裕福のボンボンだろ? なぜ俺達を助ける?」

「逆に聞くが、病に侵されているものを助けるのに、お前は理由を求めるのか?」

「……」


 角刈り青年は私の言葉がよほど以外だったのか、絶句して口をパクパクしている。


「この一帯を隔離地域とする。健康に異常のないものは手伝うもの以外立ち入り禁止だ。

 あとは、湯を沸かし料理をつくれ。そのままでは栄養失調で全員死にかねん。

 ただし最近、あまり食ってないものは柔らかく粥上にしてから食べろ。ゆっくりだ」


 私は離れた場所まであるいていくとアイテムボックスから茣蓙と多量の食料、水を出しておく。


「……」


 やはり、山のような食料を凝視し硬直化している貧民街の連中に、


「早くしろ! 助けたいのだろうっ!!?」

「は、はい!!」


 直立不動で叫ぶと、皆一斉に動き出す。

茣蓙を取り出し、その上に医療に必要な器具を置いていく。そしてマスクをすると、私も動き出す。



お読みいただきありがとうございます。

投稿を再開します。当初は、一週間に1話のペースです。


【お願い】

 もし、この作品が面白いと思われたなら、下にある評価をしてただけると嬉しいです。テンションが上がり、日々の執筆活動の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タイトル身体は児童、中身はおっさんの成り上がり冒険記(コミック)
・ツギクルブックス様から、1巻、2巻発売中!!
・第三巻、11月10日に発売予定!
・コミックも発売中!
・書籍版は大幅な加筆修正あり!
・Amazonで第三巻予約受付中!
ツギクルバナー 小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
[気になる点] 「○男」や「○が導く」あたりをオマージュしたストーリーだと思うけど中途半端
[良い点] 面白いです。 [気になる点] もっと読みたいです、 [一言] 頑張って下さい。身体に気をつけて
[気になる点] そこままでは栄養失調で全員死にしかねん。  ただし最近、あまり食ってないものは柔らかく粥上にしてから食べろ。ゆっくりだ」 ↓ そのまま   粥状 の間違いではないですか?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ