第41話 地獄への正体
ラグーナの最高幹部たる四統括の一人――死蝶は、寝床から這い出ると、
「何の騒ぎ?」
己の安眠を妨げた部下の女に不機嫌に眉を顰めながらも尋ねる。
「帝国中央司法局による一斉検挙です! お早くお逃げください!」
「司法部? 馬鹿言わないでよ。あんな貴族たちの玩具の機関に今更何ができるってのよっ!」
「ですが、現に屋敷中の構成員は幹部一般問わず、次々と捕縛。抵抗したものは……殺されてしまいました」
「殺された?」
それはおかしい。司法局は制圧の機関ではない。殺すなどの発想はあるまい。仮に軍や衛兵ならばそれもありえようが、そもそもこの二区には踏み込めないはず。だからこそのこの地はラグーナにとって聖地だったのだ。
だとすると、この襲撃は軍や衛兵ではなく、ストラヘイムで毒酒が敗北したのと同じ流れだ。即ち――。
「またあの商会か!!」
サガミ商会――最近、ラグーナを排除し、裏社会でその勢力を拡大している組織。
あの毒酒を殺し、ストラヘイムの裏社会を完全にその支配下におさめる。さらに帝都でも活動を活発化しており、既に第三区と四区のラグーナの支部は壊滅させられている。
「してやられた!」
この地第二区はラグーナのパートナーである門閥貴族の勢力であり、当分、奴らも行動を起こせず、安全だと高を括っていたのだ。
「そうよ。奴らはあの毒酒を殺した奴ら! もっと慎重に事を運ばせるべきだった!」
毒酒の用心深さと狡猾さは四統括でかなりのものだ。予防線などいくらでもはりめぐらせていたはず。その毒酒を殺し、奴らはストラヘイムの裏社会をその手中に収めた。第二区も安全地帯などでは断じてなかった。
「直ぐに脱出の準備をなさい! 直ぐにこの帝都を出るわ!」
着替えている時間すら惜しい。着物を羽織ると、テーブルに置いてある武器である鞭を握る。
しかし、肝心の部下はそこから動かず俯くのみ。そして――。
「帝国中央司法局による一斉検挙です! お早くお逃げください!」
そう叫ぶ。
「何をぼさっとしているの!」
今も蹲っている部下の女を叱咤するが、
「帝国中央司法局による一斉検挙です! お早くお逃げください!」
部下は同じ言葉を叫ぶのみ。
「だから何を言って――」
成り立たない会話。この現象、前にも覚えがある。それを考えたとき、危機感がシグナルとなって脳髄を電撃のごとく駆け巡る。
「帝国中央……司法局によりゅ、一斉検挙でしゅ! お早くお逃げ逃げ逃げ逃げくだくだくだくだくだくだだだだだだだだだだだだだだだ!」
刹那その頭部が粉々になって弾け飛ぶ。
同時に、その首の断面からワサワサと湧き上がる無数の蜂ども。
「ひっ!!?」
小さな悲鳴を上げつつも背後に飛びのき、高速で鞭を振るって蜂を叩き落とそうとする。蜂は高速に飛行するとその鞭をかいくぐり、死蝶に殺到し、その皮膚を食い破り、侵入してきた。
「ぎひっ!? や、やめ――」
言葉は続かず、数百という蜂は死蝶の全身を食い破り、身体の中に侵入してくる。
「ぃぐはぁぃ!!」
己の身体の中でカサカサと奴らが動き回る音と感触。その度に、激痛が生じ、それらは耐えられぬ痒みに繋がっていく。
「どうーお、少しずつ、少しずつ、食われて行く気分はぁ? 凄く、痛くて痒くて、とっても素敵でしょぉ?」
気が付くと死蝶眼前には、黄色のドレスを着用した金髪の美しい女が佇んでいた。
「だ……ずげ……で」
開かなくなった口でなんとか慈悲を求めるが、金髪の女の口端が文字通り耳元まで裂けると、
「いやよ。だって、あんたらはジルを殺したんですもの」
「ジ……ル?」
「そう、人間にしては本当に優しくて、主様の次くらいにいい男だったわ。だから、絶対に許さないわん」
弾むような口調で死刑宣告をすると、
「愛する主様の命。今から洗いざらい吐いてもらうわぁ。別に抵抗したいのなら好きにしてねぇ。でも、それは、きっと死ぬよりもずっとずっと苦しくて辛いわよぉ」
「悪……魔」
このバケモノを形容する最も良い言葉はまさにそれだ。
「悪魔ぁ……」
「では、質問一――」
だから――。
「悪ばぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
死蝶は、もはや唯一動かせる喉からあらん限りの絶叫を口にしたのだった。
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