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第32話 マグワイアー領経営相談

 独特の消毒液の匂いが嗅覚を刺激する。

そこはいくつもの真っ白で清潔なベッドが並ぶ病室。そして窓を通して吹き抜けてくる心地よい風から長い赤髪を押えながら二十代後半ほどの美しい女性が私に優しく微笑んでいた。

ここは……そうか私は彼女の見舞いに来ているんだったな。


「ねえ、そう思わない?」

「うん? すまない。聞いていなかった」


 いつものように頭を掻きながら誤魔化すと、


「もう、ブレインはいつもそうなんだから! どうせまた研究のことでも考えてたんでしょ?」


 ぷくーと頬を膨らませて非難の言葉を口にする。

彼女の病状が悪化してから病室で他のことを考えるなど初めての経験だ。どうやら相当疲れているらしいな。


「そんなところだ。それで話の内容は?」

「ほんと、貴方っていつも事務的よね」


 呆れたように大きく息を吐き出すと彼女は、


「また歌えるかなって」


 掠れた声でずっと渇望している願いを口にする。

 少し前まではもう歌えないと悲観し、ひどく塞ぎこんでいたのだ。未来に希望をもつことはこの上なく良いこと。だから――。


「歌えるさ。以前のようにな。だから、早くしっかり休んで治してしまおう」

「うん!」


 お互いこれが強がりであることは知っている。それでも信じたいのだ。この世界にはきっと神様がいて奇跡を起こしてくれると。


「ブレイン、お願いあるんだけど」

「ん? なんだ?」

「ぎゅっとして。そうすれば私も元気がでるから」


 頬を赤く染めて、俯き気味に私を眺めてくる彼女に口端を上げると、無言で抱きしめた。


「あったかーい。ブレインの感触だ」

「なんだよ、それ――」


 彼女のたっぷりの幸せを含有した声にぽかぽかと心が暖められ、ふざけた口調で返答しようとする。

しかし、突如、世界から色が失われ、視界は真っ白に染め上げられていく。

 そうか……。これは夢。いや、私の脳が起こした誤作動にすぎない。だが、それでもいい。後生だから彼女との温もりをもう少し、もう少しだけ感じさせてくれ。


 瞼を開けると柔らかくて暖かな感触。


「ぼ、坊ちゃん?」


 消え入りそうな疑問の声。女性を抱きしめているという事実を認識し、慌ててその身体を離す。

林檎のように真っ赤になって俯いているメイさんの顔が視界に入り、


「ごめん。少し寝ぼけていたみたいだ」

「は、はい。私も急に起こしてしまいましたし」


 メイさんもよくわからない返答すると逃げるように屋敷の中に入っていってしまった。

 あーあ、あれは嫌われたかもな。まさか寝ぼけて女性に抱き着くなど、地球ならセクハラで訴えられてもおかしくはないレベルだ。あとでもう一度謝っておくとしよう。

気を取り直して屋敷へ入る。


「ではこれが白天絹(はくてんけん)の契約内容です。これでよろしいですね?」


 白天絹とは白輝虫(はくきちゅう)が作る絹のことだ。


「研究施設も研究の計画も大まかに君が主導してくれたおかげだ。本当に私たちが6割ももらってしまっていいのかい?」


 白輝虫(はくきちゅう)はこの領地の特産品。私達が特許料の四割をもらうのすらも、本来ならば彼らにとってもかなりの譲歩のはず。

バルトはとことんまでのお人よしだ。それは通常では美談だが、こと領主としては決して褒められるものではない。まあ、彼女がいるからあまり問題とはなっていなかもしれないが。

私は隣に座る桃色の髪の少女に視線を向けると、


「お父様、確かに施設や教育の職員はサガミ商会に提供してもらっていますが、主導している研究員のほとんどは私たちの領民です。六割はもらわねばなりません!」


 案の定、桃色の髪の少女――ユイ・マグワイアーが立ち上がり父を窘めた。

このマグワイアー領で一番成長したのは実は彼女なのかもしれない。週二回行われる領地経営の経営戦略会議に参加し、メキメキと経営の知識を身に着けてきている。

経営をより詳しく学びたいならと、彼女に魔導騎士学院の受験を勧めたところ、即座に食いつき、猛勉強の末合格してしまう。

来月から彼女も晴れて魔導騎士学院の学生というわけだ。入学が一か月後に迫ったのに第四区ライゼに向かおうとしないユイにバルト達はかなり気をもんでいるようだが、本人はギリギリまで領地経営を手伝いたいと言ってきかないらしい。


「だがなぁ、借金の返済も順調だし、領内の産業もかなり発展してきている。別にそう欲張らなくても――」

「だ・か・ら、これは欲が深いのではなくただの権利主張です!」


 ユイ、本当にしっかりしているな。この調子なら誰が夫になっても彼女の力でこの領地は誤った方向へ行くことはあるまい。むしろ、魔導騎士学院で手ごろな男子を見つけてきて欲しいものだ。


「今回はユイに軍配があがりますね。ここは権利主張をすべきところです。バルトさんはもっと貪欲に行ってもよいかと」

「うーん、貪欲か……難しいね。だけど、わかった。努力はしてみるよ」


 お人よしなのは、バルトの性質でもあるし、良い所でもある。まあ、バルトは他者の言葉を聞く力はあるし、ユイのような現実主義者が近くにいれば選択を誤ることはないか。

ともあれ、この白天絹(はくてんけん)の衣服は、耐熱性、耐衝撃性、耐魔力性に優れた奇跡の絹。その美しさはもちろん、地球での商品を超えるものとなるのは間違いない。

 しかも、デザインは私の母――アンナ・マグワイアーが作るのだ。ラドルには今や多くのデザイナーがいるが、その中でもアンナ・マグワイアーがデザインした衣服は『アンナシリーズ』とも称され、一種の超高級ブランド化している。

 この白天絹(はくてんけん)の衣服は世界中からオファーが来ることになるだろう。この地は忽ち白天絹(はくてんけん)の一大産業地へと変貌する。


「では工場設立についての具体的な商談に入りましょう」

「工場設立!? どんなのっ!?」


 私が新たな設計図をテーブルに広げるとユイが顔をぱっと輝かせて身を乗り出す。

 バルトも肩を竦めて話に混ざってきた。




お読みいただきありがとうございます。

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