第22話 似ているな
魔導学院第一闘技場特別観覧貴賓室
誰も一言も口にしない。いやできない。この場の最高権力者――上皇イスカが今どんな感情を覚えているかなど想像もつかないから。
先ほどまでのはしゃぎようとは一転、イスカは今も試合を呆気なく終わらせてしまった赤髪の少女を凝視していた。
少女を見下ろすイスカのその顔は、武人のものでも政を行う統治者のものでもなかったのだ。その初めてみる上皇イスカの異様な姿に百戦錬磨の上皇の家臣たちは生唾を飲み込んだ。
「あやつは?」
「んふふーん。上皇様、彼女はサテラ、グレイ卿の部下です」
女のように白粉を顔中に塗りたくった鎧姿の巨躯の男――シルドレ・ラヴァルが、恭しくもイスカに返答する。
「また、あの小僧関連か。以前のイスカ陛下への不敬に、此度はその部下が陛下の余興をぶち壊しやがったっ!」
銀の鎧に身を纏った長身の女が口汚くののしると、他の武臣たちからも罵声が上がる。
そんな声など歯牙にもかけず、
「上皇様、気になりますか?」
シルドレがイスカに尋ねた。
「ああ、似ているな」
「ええ、あの赤髪の凛々しい姿、マティルダ皇女殿下にそっくりですねぇ」
それは、20年ほど前、野に下った皇族の名前。
当時の皇帝イスカに誰も意見ができない中、唯一面と向かって意見を言い、批難をした皇族でもあった。イスカにとって、マティルダ皇女は最も期待をかけていた皇族だったのは間違いあるまい。現にイスカは彼女に政府内でも中核となる職務を委ねていたのだから。
その彼女は医者であった平民の男に恋をして、ある夜逃げるように帝都を去ってしまう。
失踪後もマティルダをイスカは内密に捜索していたが、滞在していた農村に蔓延していた流行り病で一家ともども死亡したことを知る。
「あの娘を調べろ。内密にな」
イスカが厳かに指示を送ると、
「御意!」
顎が抉れた男が大きく頷き、煙のようにその姿を消失させた。
「それで上皇様、グレイ卿の件、どういたしますかぁ?」
「どうするもこうするもない。奴は余に功を示した。力はまだ示してはいないが、猶予くらい与えねばなるまいよ」
「あのアンポンタンどもに勅命をいたしましょうか?」
「不要だ。この程度の苦難、自力で切り抜けられぬ無能に用はない」
「ですよねぇ。それでこそ上皇様。では私はこれで失礼いたします」
姿勢を正すと白粉を顔中に塗りたくった巨人は恭しく右手を胸にあてて腰を折ると部屋を退出していく。
「ふん! まずは第一関門突破か。だが、まだこれでは娘や孫はやれんな。さて次は余にどんな景色を見せてくれる? グレイ!」
イスカンダルは顔を狂喜に染めて、高らかとそう口にした。
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