第18話 楽な逃げ道のつけ
ゴブリン襲撃事件から二日たった。
あのあと、ストラヘイムへ戻るが、戦闘を一方的に離脱させたカルラは終始不機嫌気味だったし、サテラにおいては泣きながら説教されてしまった。
結局、サテラ、カルラの希望通り、一日中、二人とストラヘイムの街の観光をすると、二人の機嫌はあっさり好転し、事なきを得る。
私にとって、子守の方が小鬼王の討伐なんぞよりも、よほど難題なのかもしれない。
さて、肝心のトート村の件だ。
この度ゴブリン襲撃事件では、ジュド達が軽傷を負うこと以外に損害は軽微だった。危惧していた患者達も、比較的広い名主の離れの建物で治療していたことが幸いし、避難させることなく無事に治療を続行できていた。
当初の予定通り、小鬼に攫われていた女達は、トート村で療養し、それから故郷へ送り届けることとなる。
対して、翼のはえた男女は、私の推薦を受けた名主の名で、トートの村での移住が認められ、村の隅の一角を開拓し、当分の間、移住してもらう予定だ。
危惧するのは、義母共や帝国の役人に難癖をつけられることだが、私が一度保護すると宣言したのだ。問題が生じた際は、この度できた私の商会に雇うことにすればよい。
そして、トート村の最高意思決定機関である年寄会とかいう非効率的な組織は、解散され、新たな代表を名主が選ぶ。
現在、トート村の名主の家に、村の新代表者が集まっている。
「今回の一連の一件で思い知っただろう。他力本願では何もつかめない。これからは、根本的に考え方を改めてもらいたい」
「はあ……」
そりゃあ、わからんよな。考えず、他者や運命に任せていた方が遥かに楽。これは、今まで楽な道に逃げてきた君らの付けだ。
「君らがすべきことは、どうやったら、合法的に税を納めずに、より、利益を得られるかを模索することだ」
村の防衛はもちろん必要だが、今の彼ら自身ではどうやっても不可能。当面、私が関与するしかあるまい。今は経済面の意識改革が最優先なのだ。
「ぜ、税を納めずに?」
ぎゅうぎゅうに詰め込まれた虫篭の蟲達のような騒めきが支配する。
「あくまで合法的にだ。君らに足りないのは、己で考えて苦難を乗り切る力。もう二度と、神や悪魔という都合のよい言葉に惑わされるな。
これは人でも同じだ。誤らない人間なんていない。だからこそ、常に疑ってかかれ。外部の世界だけではなく、内側の世界も同等にだ。きっと、その疑問が君らを守る」
私の言葉は、まだ理解できまい。こればっかりは、自身で経験し勝ち取っていくしかない。
「では具体的な策についてだ。ジュドが仕入れたライ麦五〇〇俵がある。だから、とりあえず一年弱は飢えずにもつ」
歓声が上がる。あのな、喜ぶなよ。それでは、何の解決にもなっていないんだって。
「その間に、農地の根本的解決をしなければならない。
ところで、この農地の税の算定の仕方をわかっている者。挙手してほしい?」
案の定、誰も手を上げない。この情報はジレスから聞いた情報。即ち、誰にでも知ろうと思えば知りえるもののはず。なのに、村人たちは村長である名主以外だれも知りはしない。これだから、好き放題搾取されることになるのだ。
「田畑の面積に収穫量の係数をかけたものを生産量、それを合計したものに五割の税率を課したものだ。これは一律、どの村にも課されている。ここで、領主の意思により変えられるのは税率のみ、生産量を変化させるには中央官庁への許可が必要だ。
もっとも、これは少なく見積もるのが通常であり、まず改正はされない」
「大将、なぜなんです?」
ジュドが、挙手をして質問をする。
「兵役に関係するからさ。兵役は、領地の生産量に応じて課せられる。このミラードの領地に兵役の義務が滅多にないのは、生産量が少ないせいだ。兵役に領民が取られれば、生産率が著しく落ちるからな。今の現状のミラードで兵役を命じられれば、間違いなく潰れる。誓ってもいい。よほどのことがない限り、生産量は変わらない」
「でも、税率が領主によって変えられるんじゃ、あまり意味ないんじゃ?」
カルラのこの質問は、この問題の本質を捉えている。
「そうだ。ミラード領全体の生産量が増せば、領主側は税率を上げて対応する」
「あー、税率は領地全体にしかかけられないのね?」
カルラの奴、鋭いな。頭の回転が相当はやい。
「そうだ。つまり、村の一つに大幅な生産量の増大が起きても、領地全体の税率を上昇させなければその村からその増加分の税を徴取できないわけだ。
しかし、領地全体の税率を上げれば、他の村はたちまち立ち行かなくなる。下手をすれば暴動が起きる。だから、このトート村の単位面積当たりの収穫量が増しても、領主側は税率を上げることはできず、増加分は君らの利益となる」
「でも、儂らだけ裕福になっても、他の村に裏切り者扱いされるっぺよ」
「その考えは捨てろ。今回の件もそうだが、君達は常に魔物の襲撃を警戒する立場にある。君らにそんな余裕はない」
「聖人様の言う通りだと思う。私達は、魔物の襲撃から他の村を守っているんだ。言われる筋合いはないわ!」
年寄会に兄を殺された女性が立ち上がり発言すると、次々に賛同の声が上がる。
「納得したな。ならば具体的な生産量の上げ方を説明するぞ」
村民達にノーフォーク農法について説明する。
そして、私が家畜を購入し、村に貸与する。
もうじき訪れる秋にマメ科植物を植えて、家畜を育て、農地を肥やす。そして、春に普段通りライ麦を育て、収穫。そして、収穫後また家畜を放畜、繁殖、搾乳等の用途に応じて販売。その得た資金によりライ麦から小麦に変え、年単位で繰り返す。
ここでのメリットは、帝国の法律で農地の維持が法律で義務付けられている一方で、家畜の飼育から税を取るには中央の畜産台帳に記録する必要があること。
もっとも、それは徴兵義務が生じる懸念からまず行われない。だから、これらは完全な副業となり、村の利益となる。
ジュドとカルラを始めとする馬車を襲撃した一〇人の子供達は、私のサガミ商会で働いてもらうことになった。貴重な労働人員を取られることを渋るかと思ったが、驚くほど反対意見はでなかった。近々、怪我をした者達の復帰の目途がたったからかもしれない。
ともかく、私の農地経営は歪な関係ではあったが開始される。
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