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第3話 マグワイアー領経営戦略

 

現在、領主の執務室で集まって具体的な対策を練っているところなのだが、


「奴らのあの死んだ魚のような目を見たか!? 実にいい気味じゃわい!」


 祖父のダイマーが上機嫌に私の背中を叩いてくる。


「あのですね。お父さん、私達の状況を理解しておいでですか? 借金があるのは何も変わらないのですよ」


 バルトの窘めるような言葉にも、


「うむうむ、わかっとるわい。だが他ならぬグレイが我らの領地の経営に参画するのだ。借金など直ぐに返せる。心配はいるまいよ」


 大きく高笑いをする。

ダイマーの余裕からも、もしかしたら、端からこうなることを予想していたのかもしれない。なんちゅう抜け目のない狸だ。


「まずは、農地の改革からです。それで余剰となった人員を他の産業に充てます。

 そこでこのマグワイアー領地独自の産業を一緒に考えて欲しいのです」


 この産業は観光であってもいいし、紡績業のような製造業であってもよい。

 要はこのマグワイアー家でしかできないとびっきりなら何でもよいのである。


「我が領地独自の産業か……でも、グレイ、そんなものがあったらとっくの昔に実行しているよ」


 それは同感だが、独自性は成功についての極めて重要なファクターとなる。それだけは、彼ら自身に是非とも見つけてもらいたいのだ。


「独自の産業か……」


 顎に手を当てて熟考し始めるダイマーに、


「何かヒントのようなものはないかな?」


バルトがそんな頓珍漢なことを聞いてくる。別にこれは頓智(とんち)や謎かけをしているわけではない。領地に特有の産業の開発は私よりも、本来彼らの方が知っているはずなのだ。

まあ、確かに彼らは本来商人ではない。この手のことには疎いのも確かか。きっかけになるアドバイスくらいは必要なのかもしれん。


「そうですね。では、この領地で最も尊い伝統は何ですか?」


 伝統は元来、その土地との結びつきが強い。そこから、とっかかりが掴める可能性が高い。


「伝統かぁ……あったかなぁ」


 両腕を組んで考え込むバルトに、


「うーむ」


 相変わらず、顎をさすりながら唸り声を上げているダイマー。

 そんな頼りない男衆を尻目に、筆頭メイドのメイさんが、お茶を私達の前に置くと、


「白輝虫(はくきちゅう)ではないでしょうか?」


 有難いアドバイスをしてくれた。


「ああ!」


 ダイマーが両手で膝を叩き、


「確かに、そんな伝統があったね」


 バルトが何度も相槌を打つ。

 いやいや、そんな伝統って、あんたら、一応貴族だろう? 伝統を舐めすぎだって!


「その白輝虫(はくきちゅう)とは?」

「白色の糸を出す虫のことじゃ」


 おいおい、白色の糸って、それってまさか……。


「その虫って美しい光沢のある糸を出す虫のことですか?」

「そうじゃ。我らの数世代前まで宮廷に献上していた一級品じゃったよ」


 どうやらビンゴだ。私が知る最も近いものはシルクだ。


「過去形ですか。なぜ、その一級品が廃れてしまったので?」

「その糸があまりに扱いが難し過ぎたんです」


私の疑問には、メイさんが答えてくれた。


「そういえば、君の実家、伝来、白輝虫(はくきちゅう)の糸の製造を行っていたね?」

「ええ、織れる糸とするには独特の加工技術が必要なのですが、当時大流行した病で製法を知る者が全て亡くなってしまい、それ以来……」

「作らなくなってしまったと?」

「はい。元より猛毒のある扱いに難しい虫ですので、危険を冒してまで育てることはなくなったと祖母から聞いたことがあります」


 なるほどな。このマグワイアー家はミラード家などと比較し、裕福ではないが、切羽は詰まっていない。富より安全をとったというわけか。


「白輝虫(はくきちゅう)はどこで取れますか?」

「蛾の幼虫ですので、裏の森の中に行けば採取できると思います」


 ならば、十分な量の白輝虫(はくきちゅう)を捕獲してから、それらでいくつかの実験を試みるべきだろう。

 面白くなってきたぞ。丈夫なシルクか。もしかしたら、掘り出し物なのかもしれん。

 産業のとっかかりは掴んだ。あとは、デザイン力だ。


「この領地で織物のセンスがある人っていますか?」

「……」


 ダイマーに、バルト、そしてメイさんの三人とも当惑気味に顔を見合わせる。

 うん? 私、今何か変なこと言ったか?


「あのぉ?」

「織物は、アンナお嬢様が大の得意ですよ」


 そう端的に教えてくれた。なるほど、私が知らぬグレイの記憶ってやつか。


「ああ、そうでしたね」


 誤魔化すように相槌を打つ。

 さて、これで条件はそろった。あとは実行するのみだ。


            ◇◆◇◆◇◆


 マグワイアー家の屋敷の裏の森を探索し、白輝虫(はくきちゅう)の繭状態や生体を数十匹、捕獲し、実験を行う。

 結果、いくつかの最重要事項が判明する。

 一つ、この白輝虫(はくきちゅう)、解析の結果、魔物にカテゴライズされており、魔石がとれること。

 二つ、白輝虫(はくきちゅう)の糸は耐熱性、耐衝撃性、耐魔力性の三つの特性を備えていること。

 三つ、繭から採取した糸は、針金のように硬質であるためこのままでは衣服を編むことができないこと。

 正直言おう。なぜマグワイアー家はこんな奇跡の糸を捨てる判断をしたのだろうか。正気を疑う。これは、偶然出土するに過ぎないマテリアルなんぞよりも富を生み出す最上の宝。まっとうな経営判断ができるトップなら、どんな犠牲を払っても研究開発を推し進めることだろう。宮廷に献上されていたなら、政府もこの糸の重要性を認識してしかるべきだ。少なくとも接収されているはず。全てが不合理で噛み合わない。

 ともかく、クリアしなければならぬ条件が今回、明らかになった。

 第一に、この白輝虫(はくきちゅう)の糸の改良方法。つまりは、衣服として編めるまで柔らかくしなければならない。

 第二は、この白輝虫(はくきちゅう)の繁殖と毒抜きの方法だ。

 単純だがかなりの難問だ。だが、過去に造られていたってことは、解は必ずあるのだ。

 文献の一つでも出てくれば、とっかかりになるのだが……。


「改良の方法について何か心あたり、ありませんか?」


 ダメ元でメイさんに尋ねてみた。


「申し訳ありません。グレイ坊ちゃま」


 すまなそうに、首を左右に振るメイさん。

それはそうか。そんな都合の良いものを知っていれば、疾うの昔に実行していることだろうし。

 

「そうですか」


 だとすると、手掛かりがありそうな場所で情報を調査しなければならんな。

 もちろん、最初から私の商会で全て調査してもいいが、それでは時間がかかりすぎる。仮にもマグワイアー家と帝国政府が匙を投げた案件だし。

 それにサガミ商会はこの領地では部外者。私達が一から十まで全て開発し、その富を吸い上げるなら、それはウエィスト商会の奴らと変わらなくなってしまう。何より、それでは領民たちからの信頼を確保し得ない。

 この領地での領民は将来のサガミ商会の重要な顧客だ。我らが商会は、彼らの良き協力者という位置付けがベストなのだ。

 だとすれば、私たちは補助に徹し、可能な限り開発はこの領地の領民主導で行っていくのがベスト。是が非でもとっかかりを彼らに掴んでもらいたい。

 

「もしよろしければ、私の実家に案内しますけど?」

「それはありがたい。お願いします」


 メイさんの実家は、代々白輝虫(はくきちゅう)の開発に携わってきた。手掛かりがあるとしたら、そこだろうから。



 マグワイアー領は自然豊かな領地。メイさんの実家は白輝虫(はくきちゅう)が生息する森の真南の小さな村落にあった。

案内された年季の入った建物に入り、応接間のような広い部屋に案内される。

 部屋内には村の重役と思しき数人の老人達が長型のテーブルの各席に座していた。


「坊ちゃま、御無沙汰しておりますじゃ」


 腰が折れ曲がった白髪の老婆が席から立ち上がり、頭を下げ、他の老人達もそれに倣う。

 彼女が、メイの祖母であり、シロカネ村の村長なのだろう。


「ええ、ご無沙汰しております」


 私も姿勢を正すと一礼する。もちろん、まったく覚えちゃいないわけだが、私は幼い頃、メイの実家に度々訪れたことがあったらしいことは耳に入っている。

 老婆に座るよう勧められ、指定の席に腰を下ろすと、


「本日はどういった御用ですかな?」


 単刀直入に用件を尋ねられた。


「白輝虫(はくきちゅう)の糸の改良方法の調査のためです。ご存知ありませんか?」

「白輝虫(はくきちゅう)……変わったものに興味がおありのようですじゃ。理由をお聞かせ願いますかな?」

「この領地の改革のためです」


 忽ちギュウギュウに押し込められた虫かごのように騒がしくなる一同を、老婆は右手でそれを制すると、私に刺すような視線で射抜いてくる。


「それは、坊ちゃまが将来、この領地のご当主になられる。そう考えてよろしいのですかな?」


 そうか。この妙な雰囲気は、その危惧のためか。

 私がマグワイアー家の次期領主候補となれば、この領地に無用な争いが生じかねないとでも危惧しているのだろう。

 まったく、もうそういう次元の話ではないというに……。


「勘違いなされているようですが、私は既に子爵として、ラドルに領地を有しております。

 今更この地を統治する意思などこれっぽっちもありませんよ」

「子爵……」

「そんなバカなっ!」


 さらに騒めく室内に、


「ええい! 主たち、少し五月蠅いわ! 今儂が坊ちゃまと話しているところじゃぞっ!!」


 老婆とは思えぬ大音量を叩きつけた。

 一気に静まり変える部屋の中、老婆は私を神妙な顔で凝視しつつも、


「ならば、なぜこの領地を改革しようと?」


 革新の理由を尋ねてくる。

 ふむ、この老婆、頑固そうだし、こちらが事情を話さねば、きっと欲しい情報は得られまい。

 私が口を開こうとすると――。


「お祖母ちゃん、それは私から話します」


 メイドのメイさんが私に目配せをしてきた。

確かに、部外者の私から話してもこじれるだけだ。身内の彼女からこの領地の置かれた状態を説明してもらおう。



「そうですか……ノバル伯爵に鉱山について因縁を付けられているとは聞いていましたが、そんな顛末になりましたか……」


 先ほどとは打って変わって老婆たちから敵対心が消えている。

 この変わりよう。私がノバル伯爵の傀儡になったとでも思っていたのかもな。


「おわかりいただいたようで何より。いずれにせよ、この領地には改革が必要です。ご協力いただけますか?」

「それはもちろん……と言いたいところですが、儂らも白輝虫(はくきちゅう)についてはほとんど知らんのです」


 これもメイさんの事前の話通りか。


「別に詳しい製法ではなくてもいいんです。かつてみた光景について覚えていることだけで構いません」

「覚えていること……」


 老婆は天井を見上げて唸り声を上げていたが、思いついたように顔を向けてくる。


「そういえば、幼い頃無断で工房に入ったとき、祖父が何かを混ぜ合わせていました。当時、いつも優しい祖父から鬼のような剣幕で怒鳴られたので覚えていますじゃ」

「大釜で混ぜ合わせる……」


 何か引っかかるな。大釜で混ぜる。その行為自体は産業では一般的なものであり、大して意外性などないはずだ。仕事場に子供が無断で入れば、怒りもするだろうしな。

 なのに、この老婆の発言に私は強い執着を感じていた。


「その時の様子、もっと詳しく教えていただけませんか? できる限り詳細にです」

「はあ……」


私のテンションの高さに、老婆は躊躇いがちにも当時を懐かしむように話始めた。



「なるほどな。そういうことか……」


違和感について大方の予想がついた。

この私の予想が正しければ、当時のマグワイアー家と宮廷は苦肉だが、賢明な決断をしたのだと思う。

私が想像していた以上に、この帝国という国の統治は数世代まではしっかりしていたということなのかもしれん。

 

「坊ちゃま、何かお気づきになられたのですか?」


 メイさんの好奇心溢れた言葉に、大きく頷くと、


「ええ、製法自体は大分見当がつきました」


 あとはいくつかの実験を繰り返すだけで、解には辿り着けよう。

 なぜなら、製法自体は大して難解ではなく、問題は別にあったのだから。

 私は老婆に視線を向けると、


「貴方の祖父が亡くなったのは、疫病なんかじゃありませんよ。その糸の製造によるものでしょう」


 そう断言した。

 だとすると、私たちが抱いていた疑問についても説明がつく。

 まずは、なぜ、当時の帝国宮廷とマグワイアー家は危険だからという理由であっさり製造を中止したのか。

 無論、毒虫の繁殖や飼育の困難性もあったのだろう。

だが、この糸から得られる利益を鑑みれば、危険というだけで取りやめるのはいささか弱い。

要するに虫だけじゃなく糸も強毒であり、その製造過程で発生した毒は作業者の全身を蝕んでいたのだと思う。

 この帝国はまともな医療機関はない。特に疫病が流行ると、村ごと死滅したりする。

だからこそ、毒に犯されていることに本人たちも気づかず、この糸の生業が成立してしまっていた。

そして、老婆の祖父はこの糸の有する危険性を重々承知していたのだろう。後継者を頑なに育てなかったことも、老婆が仕事場に入った時に大激怒したこともそう考えれば頷ける。

 老婆の祖父はおそらく糸の無毒化を試みているうちに、働く作業員もろとも失敗し死亡してしまう。

 事故現場から、危険性を認識した当時のマグワイアー家とその報告を受けた帝国政府は、この糸の開発を無期限で凍結したとすれば、全ての辻通が合う。

 まあ、今更証明する手段はないわけだが……。


「製造自体が危険だから禁止した。だとすると、糸の開発は断念するしかありませんね……」


 残念そうに、メイさんがそんな見当違いなことを口走る。


「もちろん、開発はしますよ」


 あの糸は奇跡の糸。まだまだ秘密はありそうだし、研究開発をしない手はない。


「危険なのですよ! 誰が行うんです!?」

「私ですよ」


 当然だ。そんな面白そうなこと、誰かに譲るつもりは毛頭ない。


「いえ、いえいえいえ、それは絶対にダメでしょう!」


ブンブンと右手を振り、激しい拒絶の意を示すメイさんに、


「私に考えがあります。いくつかの手順さえ踏めば、危険度は相当程度抑えることができますよ」

「私は反対です!」

「貴方の意思にかかわらず、私はやります」


 危険を理由に未知の開発を躊躇うのは、政治家として正しいのだろうが、いかんせん私は元来研究者。危険だけで、開発を断念するような精神構造を持ち合わせちゃいない。

 それに研究開発には大なり小なり危険はつきものだ。それを顧みず続けてきて科学は発展してきたのだから。

 

「どうしても翻意してくだされないと?」

「ええ、無理ですね」


 先ほどとは一転私達二人の険悪な雰囲気に周囲の村の重鎮たちがゴクリと唾をのみ込む。


「では、私もその開発に加えさせてください」

「はあ? できるわけないでしょう?」


 そんな馬鹿なことをいうメイさんを一蹴するが、


「できるできないでありません。私もやります」


 頑としてそう主張した。


「御自由に。どうせ参加はさせませんしね」


 さて、もう話は済んだ。ここにいる理由もあるまい。

 席を立ち上がると、


「私を参加させなければ、アンナお嬢様にその件をお伝えします」


 強い口調で言い放つ。

 まいったな。それはまずい。まずいぞ。母上殿なら事情を知れば、泣いて反対しかねん。

 この事業には母上殿のセンスが必須なのだ。ここで臍を曲げられてしまえば目も当てられん。

 

「わかりました。ですが、研究についてのブリーフィングへの参加だけです」


 短時間の会議ならメイがいても何ら、問題はないしな。


「いえ、すべてに参加します! 命に別状がないなら、別に構いませんよね?」


 この人、こんな頑固で面倒な人だったか? もっと話が分かる人だと思っていたのだが……。

 だが、マグワイアー家からも参加者がいた方が、外聞的にも都合がよいのも確かだ。

 丁度いいかもしれんな。


「断わっておきますが、危険度を抑えることはできても、なくせるわけではありません。それこそ死の危険は付きまといますよ?」


 メイはゴクリと生唾を飲み込むが、


「望むところです」


 頑として主張した。

 まあ、いい。多少当初の予定とは違ったが、研究の下地は敷いた。あとは実行に移すのみ。

 私は今度こそ、一礼すると村長宅を後にしたのだった。



お読みいただきありがとうございます。

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