第59話 光の塔へ
皇帝ゲオルグ達と別れ、サガミ商会の自室へ戻る。
少々、今後の方針につき、考えたかったからだ。
保護した子供達は、ムンクの死により、洗脳状態が解けており、無事意識を取り戻していた。ただ、かなり、衰弱していることからも、数週間の治療が必要だ。故に、私達の商会が保護することとしたのだ。
今回の件で、【ラグーナ】という組織への認識につき、一部修正する必要がある。
【ラグーナ】には、間違いなく地球出身の指揮者がいる。そして、今まで起ったことはいわば前菜。奴らはこれから益々攻勢を深めてくるだろう。これ以上失いたくないなら、早急に力を付けなければならないのだ。組織自体の力はもちろん、己の力も!
死以前の記憶は今や全くないに等しいが、それでもこれだけは断言できる。今の私は全盛期の一割の力にも及んでいない。これでは黒幕を相手に一か八かの賭けのような戦いに身を投じるしかなくなる。そんな不合理なこと私は断じて許容し得ない。
私は勝負とは闘争にいきつくまでの過程+αだと考えている。基本、闘争前の過程でどれほど、勝利条件を掴むかにより勝敗は分かれる。+αはあくまで実力が拮抗したときの運的要素に過ぎないのだ。
このまま私が敗北すれば、私の仲間達は皆、仲良くあの世行き。よくて黒幕の実験動物へとなり下がる。その未来だけは絶対に防がねばならん。
つまり、私個人の実力アップが最優先となる。
一つは魔法の開発だ。現在Sランクの魔石が数個あるが、今ある材料で無理に新魔法を作成しても、大して役にはたつまい。ダンジョンで高ランクの魔石と素材を取得し、より強力な魔法を検索して見つけ、それの作成を目標にするほうがより効率的だ。
あとは、【永久工房】の能力把握だろうな。
【魔法の設計図】が魔法についての開発能力なら、【永久工房】はアイテムの開発能力。方向性が真逆だ。これを上手く使用できるようなるのが当面の目標だろうさ。
さて、もう【解脱】使用の制限は切れている。能力向上における最適な行動を起こすことにしよう。
私はストラヘイムの南方に高く聳える光り輝く塔へと向かう。
「やはり、入口はなしか……」
一応、一回り調査してみたが、噂通り、入り口は見当たらない。
中に入れないならこんな建造物、邪魔で迷惑なオブジェに過ぎんな。
しかし、今までの傾向からいって、これが無意味に出現したとも思えない。
だとすれば、きっとその答えはあの場所にあるはず。
私はクリカラ――第50階層最奥へと転移する。
扉をくぐり、試練の間とやらへ向かう。まだ、この部屋は禄に調べていないが、私の予想が正しければ、ここにあの塔へと至る手段があるはず。
結論をいえば、試練の間には扉のようなものはどこにもなかった。
唯一目を引いたものは――。
「これは魔法陣か?」
部屋の隅にある地面に描かれている真っ赤な円形の模様。円の中にはいくつもの幾何学的文字が一定の規則に従って描かれている。
「これがゲートだろうな」
あの光の塔が出現したこと及び、次のステージのアナウンスからも、たどり着ける場所のはず。だとすれば、答えはこれしかない。
ポケットから銀時計を取ると、魔法陣の中に放り投げる。
時計は、魔法陣の上空へ到達すると、煙のように消失する。
予想的中だな。では入るとしよう。
魔法陣に私も足を踏み出した。
◇◆◇◆◇◆
そこは、先ほどの試練の間のような個室だった。ただし、決定的に違うのは、床も壁も天井すらも、そこは辺り一面黄金色に染まっていること。
あまりの金ぴかっぷりに、目がチカチカする。このダンジョン、相当趣味が悪いと言わざるを得ない。
部屋の中心には、石碑のようなものあるので、近づき確認する。
「英語?」
その石板には、英語で次のように記載されていた。
『クリカラハードモード――【不実の塔】へようこそ。
力だけでは前に進めず、知能だけでは敗北する。待つのは栄光か死の二択のみ。
賢い臆病者は去れ。無謀で愚かな勇者だけ、武器を片手に前に進むがいい。
諸君の健闘を祈る』
実に不愉快な文だ。この施設を作った者からすれば、人の生き死になどあくまでゲーム感覚なのだろう。
まあいい。どの道、後戻りはできぬし、確かにこの施設に興味があるのも事実。精々利用させてもらうとしよう。
「出口は……」
周囲を見渡すと、部屋の奥の壁の一部が変色している。おそらくあそこが扉であり、この【不実の塔】とやらのダンジョンの入り口。
私は床におちた懐中時計を拾い上げ、調査すべく一部赤色に変色している石壁に右の掌を当てると、景色が歪む。
「おいおい……」
馬鹿馬鹿しい現象に、私は思わず首を左右に振る。
当然だ。そこは無数の階段が上方へ向けて連なる空間だった。
階段は、ご丁寧に金色に染まり、幅が7~8メートルはある。そして階段の先の一定の位置は広場のような空間となっており、そこには山羊のバケモノが座禅を組んでいる。
あのボスがこの空間ではただの雑魚扱いってことか。
『なあ、マスター、こんな非常識な場所の探索など儂、反対や。さっさと帰って皇女ちゃんたちとムフフしよう』
この異常極まりない光景を見てから、ムラが必死に説得をしてくる。
「却下だ」
あのレベルの魔物が雑魚。命懸けの闘争が最も実力アップの道。それは私の本能が理解している。この場所は、丁度良いリハビリの手段となることだろう。
「いくぞ」
『……はいねん』
追い詰められ、死を悟った溝鼠のような諦めの入った声色で同意の言葉を紡ぐムラの柄を掴み鞘からその紅の刀身を抜き放つ。そして、私は最も近い山羊のバケモノへ向けて歩き出したのだった。
お読みいただきありがとうございます。これで三章の本編は終了です。数話の閑話が続き、四章へ突入します。
では、四章でまたお会いできるのを楽しみにしております。




