第15話 新称号獲得
さて、今回の研究は佳境を迎えている。
【小鬼殺し】を選択すると地面に直径二メートルにも及ぶ金属製の箱が出現する。その中に、素材を入れて、魔力を込める。
今私は一冊の本を手にしている。
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〇術名:【小鬼殺し】
〇説明:使用することにより、小鬼殺しの称号を獲得する。ただし、一度使用すると魔導書は消滅し、二度と同様の魔導書を創造することはできなくなる。
〇呪文:――
〇ランク:称号付与魔導書
〇マスターまでの熟練度:――
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うーむ、ランクが、称号付与の魔導書となっている。使えば称号を得られるんだろうが、これって、魔導書と呼んでいいものなのだろうか。
まっ、あるんだ、考察は後でも構わないか。とにかく使用してみないことには始まらない。
本に手を触れると、真っ黒な靄が本から放出され、それらが私の中に急速に入っていく。
「ぐう」
視界が歪むほどの大激痛。奥歯を食い縛ることにより、どうにか耐えると、近くの細マッチョの座していた石の椅子に腰を掛ける。
数分後、やっと身体の正常運航を確認し、称号に解析をかける。
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〇称号名:【小鬼殺し】
〇説明:小鬼族に対する絶対的優位性を獲得する。
〇常時発型効果――小鬼殺し:小鬼族のみに対し、全ステータスは著しく向上し、全ての攻撃がクリティカルとなる。
〇特殊効果:【鬼殺界】の能力を使用可能。ただし、一日一度のみ使用可能であり、使用日は常時発型の効果は消失する。
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私の持つブレインモンスターなる称号と異なり、この称号は解析が可能らしい。予想通り、小鬼族に対する絶対的優位を示す称号だ。
特殊効果の【鬼殺界】とやらがよくわからんが、使用すると常時発型の効果が消失するのはいただけない。ぶっつけ本番は危険と解すべきだろう。
ともあれ、これでこの洞窟の最奥にいるバケモノと互角以上の戦いができるはず。
これからが、正真正銘の真剣勝負となろう。気を引き締めて行こうと思う。
だが、その前に――。
「出てこいよ。これ以上の覗きは少々、趣味が悪いのではないか?」
部屋の入口付近へと視線を固定し、そう言い放つ。
「おいおい、マジかよ。初めてバレたな」
入口の前には、赤髪に無精ひげを生やした壮年の男が佇んでいた。
この男については、心当たりはある。
最近のゴブリンの襲撃。そして、この状況でのセバスチャンのトート村への視察。導かれる事実など一つだけだろう。
「それは知っている。セバスチャンの関係者であろう? 大方、冒険者か、それに類似した職種」
男は、軽装であり、いわゆるライトアーマーといった極めて動きやすい出で立ち。こうして私と話している間も、常に周囲に気を配っており、隙というものが感じられない。この世界で初めてお目にかかる人間社会での強者というやつだ。
「察しがいいねぇ。ホント、気色悪いガキだよな、お前」
「あんたのしょうもない感想などに興味はない。あんたの目的を教えてもらおう」
「言わずとも、見当くらいついてんだろ?」
「セバスチャンに頼まれて、小鬼共の調査でもしていたか?」
「なぜ、そう思う?」
面白そうに、赤髪の男は、そう尋ねてくる。
「言わずもがなだ。第一、この洞窟の小鬼は、いくら何でも増えすぎだろうよ」
以前、馬車でジレスから聞いた情報では、小鬼の集落はどんなに多くても三〇~四〇匹単位。通常は、一〇~二〇匹程度が精々。だが、今回トート村を襲った数は百を優に超えていた。しかも、この洞窟内には、希少種と言われる魔法を使えるゴブリンメイジも複数いた。さらに、小鬼隊長やさっきのゴブズとゴブラは、この浅域付近に生息する魔物にしては不自然に強すぎる。
この洞窟の小鬼の集落に、異常事態が起こっているのは阿呆でも思いつく。
「ああ、おそらく、ここの小鬼の首領のクラスは、ロード。まだ、卵の状態で、大した力もないが、孵化すれば、俺でも手に負えなくなりかねん」
この男のステータスの平均値は、D+。筋力と俊敏性に関してはCもある。まごうことなき強者だ。この洞窟のゴミ屑のような小鬼などでは相手にすらなるまい。要するに、強者たるこの男が警戒を要するほどの魔物が、この洞窟の主たる小鬼の王ってわけだ。
「要するに、私に共闘しろと?」
「そうだ。お前の強さと異常性は、承知した。お前は魔法が得意、俺は剣、どうだ? 適切な役割分担だとは思わねぇか?」
今の今まで覗き見しているようなストーカー野郎だ。信用性には疑問はあるが、この男の強さはおそらく本物。少なくとも、今の私にとって利にはなっても、害にはなるまい。
「わかった。短い間だろうが、よろしく頼むよ、根暗なストーカーさん」
「ああ、こちらこそだ。いかれた、殺人鬼殿」
お互い額に青筋を漲らせながらも、私達は握手を交わした。
洞窟の奥へ、奥へと進むと大きな通路へと変わり、周囲の景色も一変する。
「これは、食料庫か」
赤髪の男――シーザー・カルロスが、眉を顰めつつもそんな素朴な感想を述べる。
「だろうな」
周囲の棚に積まれた肉の山を見れば、それ以外の選択肢などありようもない。
「あれをみろ」
温かみの一切が消失したシーザーの声に促され、その中の一か所を視界に入れ、
「は?」
間の抜けた言葉が口から漏れ出す。だって、そうだろう。こんなの想像できるもんか。
「そうか……ははっ、そうだよな」
諦めにも似た言葉が自然に口から滑り出す。相手は小鬼。元来、鬼といえば、人食いと相場は決まっている。これも、当然に、予想すべき事柄だった。
だが、駄目なんだ。この行為だけは、私は絶対に許容できない。だって、これは理屈ではなく、本能に近い私の原点なのだから。
「お、おい、グレイ、落ち着け!」
焦燥たっぷりな、シーザーの声が奇妙なほど遠くに聞こえる。
「私は、落ち着いているよ、シーザー」
――規則正しく並べられている子供達の頭部をぼんやりと眺めながら、私はそう断言した。
「遅くなって、すまない」
私は近づき、最前列の子供の頭をそっと撫でる。
多分、私は、このとき、この戦いの意味を変えたんだと思う。
「行こう。シーザー」
「ああ」
私達は、通路の奥をさらに進んでいく。
「なあ、グレイ」
「なんだ?」
「俺、謝るぜ」
「藪から棒にどうした?」
「お前は、殺人鬼なんかじゃねぇよ」
「当たり前だ」
「そうだな」
「だったら言うな。ほら、どうやらそろそろ終着点だ」
私達の前には、武骨で大きな石の扉が聳え立っていた。
蹴破り、中に入ると、そこは教室ほどもある広い空間が広がっており、その部屋の中心の木製の机で、緑色の肌の青年が肉を食いちぎっている。
「ギイイイィィ!」
部屋にいたゴブリン十数匹に囲まれるが、【鎌鼬】により、細切れにしておく。たちまち、部屋には私とシーザー、そして、肌が緑色の青年しかいなくなってしまった。
「余は食事中である。失せよ」
配下の小鬼が殺されたのに、眉一つ動かさず、木製のナイフとフォークを動かし、肉を口に運ぶ。
随分、余裕だな。無理もないか。
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〇蛇鬼
ステータス
・HP:D(――/100%)
・MP:D-(――/100%)
・筋力:C(――/100%)
・耐久力:D+(――/100%)
・魔力:D-(――/100%)
・魔力耐久力:C-(――/100%)
・俊敏力:D-(――/100%)
・運:E+(――/100%)
・知力:E-(――/100%)
〇種族:ゴブリンプリンス
〇称号:ゴブリン族の王子
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この周辺では、圧倒的だ。こんな奴に攻め入られればミラード領など数日で壊滅する。
今の私よりも格上である上に、魔力耐久力がC-もあり、私にとって天敵に近い。
ここでシーザーの協力を得たのは、最良だったかもしれん。
「断る」
【風付与】を施した短剣で料理ごと、机を一閃する。
食事を妨げられ、初めて不快そうに私に視線を向ける緑色の肌の小鬼――蛇鬼。
「お前、個人に恨みはないが、お前は私の不文律に抵触した。よって、考えつく最低な方法で、狩らせてもらう」
蛇鬼は立ち上がると私達二人を興味なさそうにグルリと眺め、
「筋張っていて不味そうだな」
そんな素朴な感想を口にする。
「滅びな、人食い小鬼がっ!」
シーザーが腰の長剣を抜き放ち、奴に叩きつける。
こうして、私達の戦闘は開始された。
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