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第43話 奴隷解放の説得


 元ルネットの任侠一家――リバイスファミリーのジルは、数人の部下とともに、ストラヘイムの南東にある歓楽街を訪れていた。

通り過ぎる背中や腰を開けさせた蠱惑的な女性達に、隣のジルの部下――テツがゴクリと喉をならす。

ここは、ストラヘイム一、暴力と性が支配する場所。ここをジルが訪れた理由は、無論、女を買うためではない。この地を支配する二人の人物を説き伏せるためだ。


「お前ら、ここからは魔境だ。気合をいれろ! 俺達の行動で、このストラヘイムでの餓鬼共や他の奴隷たちの運命が決まるんだ!!」

「……」


 皆、無言で頷いてくる。その顔からは躊躇いなど微塵も感じられなかった。

 多分、わかっているんだ。この商談が成功すれば、ストラヘイムにおける奴隷制度自体が事実上消滅する。

遠くない将来、人身売買のような下種で歪な取引から、職業あっせんの一つにすぎなくなる。むろん、当面の奴隷的色彩は否定しきれまいが、それでも間違いなく大きな第一歩となりえるはず。

 ジルは目の前の紅に塗り尽くされた四階建の建物の扉をくぐる。


「いらっしゃい。旦那たち、どんな子をお探しですかぁ?」


 胸元の開いた二十代後半の女性が、すり寄ってくるので、


「俺達はこういうものだ。商談にきた」


 銀の懐中時計の紋章を見せると、忽ち顔色を変えて奥の部屋へとそそくさと逃げるように入っていった。


「兄貴……」


 テツが焦燥たっぷりの声を上げてくる。


「心配いらん」


 そうはいったものの、あの様子だとあまり歓迎はされていないようだ。難しい商談になりそうだ。

 

 しばらくすると、奥から大きく肩と腰を露出させたドレスを着た女性が姿を見せる。


「わっちがこの娼婦街の元締めをさせていただいている『華兎(カト)』でありんす。芸名ではありんすが、どうぞお許しあれ」

「サガミ商会――人材勧誘部門、部長のジルだ。よろしく頼む」

「ええ、聞いていますとも、(まだら)様も既にお越し頂いております」


(まだら)とは、この界隈を中心とする奴隷商たちの大元締めだ。むろん、偽名だろう。


「そうか。では、案内を頼む」

「はい。ではこちらへ」


 華兎(カト)が階段を上り始め、ジル達も彼女の後に続く。


            ◇◆◇◆◇◆


 通されたのは、かなりの広さのある真っ赤な絨毯が敷き詰められた部屋だった。

 部屋の中心の大きな円卓には黒と白の縞柄の上下の衣服に頭巾を着用した金髪の優男が座っていた。

 おそらく、あれが(まだら)だろう。

 華兎(カト)は、(まだら)の隣座り、ジル達に席に座るよう求めてきた。

 ジル達も席に着き、姿勢を正す。

 ここからは、ある意味、気が抜けない闘いになる。


「我らとの商談の機会を持っていただき、感謝する」

「構わないよぉ。君らサガミ商会は僕らのお得意さんだしぃ。ねぇ、華兎(カト)さん?」

「そうでありんすね」


 二人の言葉から滲み出る鋭い棘、相当警戒されているな。

 無理もない。サガミ商会という組織に所属して、どれほどの強大で恐ろしい組織であるかは魂から理解した。

 世界経済を動かすだけの財力、販売力、開発力を有し、独自の武力も有する。

 そして、あの帝国中で有名なアンデッド襲撃事件で、圧倒的な武力を示したことで、世界中の組織から注目されることとなる。

 ジル達はそんな世界でも有数の商会の使者。だからこそ、一介の奴隷商や、娼婦たちの元締めに過ぎない華兎(カト)(まだら)は警戒せざるを得ない。


「今日、馳せ参じた俺達の提案は二つある」

「伺いましょう」


 (まだら)は右の掌を上にして、ジル達に進めてくる。


「一つは今後、奴隷の購入を我らサガミ商会が一挙に請け負うこと」


 初めて、(まだら)が目をすぼめ、


「私に奴隷を他に売るなとでも?」


 さっそく核心をついてきた。


「その通りだ。我らの商会が彼らへの債権を全て買い取ろう」

「債権? 彼らは奴隷のはずだけどぉ?」

「今後、建前上、奴隷ではなく、(まだら)さん達が債権を有する債務者としたい」

「あーなるほど、要するに金銭の対価として売られたものだけ身請けしたいってわけ? 犯罪者はいらなーい。そういうこと?」

「その通りだ。罪を犯して、国から買い受けたものは奴隷だろうが、好きにするがいい」


 ジル達が犯罪者の面倒まで見る義理はない。あくまで解放対象は、やむにやまれぬ事情により、奴隷にならざるを得なかったもの達だけだ。


「何となく君らのやろうとしていること、私、わかちゃったかなぁ」


 ジル達のこの提案に対する(まだら)の見解は不明だが、意図は伝わったようだ。ならば、次に説き伏せるべきは華兎(カト)


「二つ目は、華兎(カト)さん。私達の商会に雇われないか」

「サガミ商会はんは、娼館経営にも手を広げはるつもりでありんすか?」

「いんや、我が商会は風俗経営を原則行わない。全員、我が商会が経営する【銀のナイフ】等の料理店や衣服の職員として雇いたいと考えている」

「あらあら、本気かーい? 彼女達が、どのくらい稼いでいるのか君は知っているのぉ?

多分君達の給料よりも上だと思うけどぉ?」


 (まだら)が小馬鹿にしたような口調で、口を挟んでくる。


「彼女達の中で、給与が高いのはごく一部だけだろう? それに、俺達の給与はあんたらとそう大差ないさ」

「なんだと?」


 初めて、(まだら)から笑みが消えた。


「俺は人材勧誘部門の部長といったはずだ。俺達の商会は実力主義だからな。俺もそれなりの金額を受け取っている」

「へ、へえ、信じられないね」

「そうかよ。じゃあ、これが証拠だ」


 テーブルに腰の短剣を投げ出す。

 

「これは?」

「最近、仕事の成功報償として、会長から特別にいただいた品だよ」


 (まだら)は、鼻で笑うと短剣を手に取り精査していたが、眼つきがギラギラしたものへと変わる。


「これを本当に君がもらったと?」

「ああ、誓ってもいい」

「くそっ!!」


 短剣をテーブルに放り出し、近くの椅子を蹴り上げる。


(まだら)はん、それは?」


 困惑気味に華兎(カト)(まだら)に尋ねる。


「マテリアルさ。しかも相当レアな品とみた。それだけで、億を超える値がつくよ。ふん! 何が、私と同じくらい稼いでるだ。私よりもらっているさ。誓ってもいい」

「こ、これが……」


 華兎(カト)が、テーブルの短剣をおっかなびっくり触れる。

 億を超えるか。そうだったのか。流石にそこまで価値があるとは、思いもしなかった。


「で? 華兎(カト)はどうするよ?」

(まだら)はんは?」

「聞くなよ。私は金が稼げれば形式などどうでもいい。儲かればいいんだ。彼らは私に金を運んでくれる金の卵。それが答えだよ」


 どうやら、(まだら)からは了承をもらえたようだ。だが、(まだら)は生粋の商人。元より了解はもらえるとは思っていた。問題は――。


「わっちは……皆に聞いてみないと」

「バッカだねぇ。身体を売って得られる数十倍の金銭が将来、転がりこんでくるかもしれないんだ。本来、迷う余地などないと思うんだけどねぇ」


 (まだら)からの侮蔑のたっぷり籠った発言に下唇を噛みしめる華兎(カト)

 彼女の不安もよくわかる。ジルとて、サガミ商会へ入った当初はそうだった。

 だが――。


「心配いらない。我らのグレイ会長は素晴らしいお人だ。きっと君達を導いてくれる」


 もっとも、あの天邪鬼の会長なら、楽な道は用意してはくれないだろうけど。


「でも……」

「君が躊躇うのは、【ラグーナ】との取引だろ? 逆らったら、ここの遊郭の娼婦全てが命の危険にさらされるしねぇ」


 嫌らしい笑みを浮かべつつも、(まだら)は叫ぶ。


「心配いらない。我らが会長ならお前達全員を【ラグーナ】から守って――」

「それはどうかのう」


 扉を開けて数人の黒服の男達が雪崩れ込んでくる。その中心には、長い顎鬚を垂らした白髪の老人が、杖に寄りかかり佇んでいた。


「ちっ!」


 (まだら)が席から立ち上がると、舌打ちをして身構える。今までになく焦っている。まさか、あの老人――。


「なあ、あの糞餓鬼の部下はどいつだぁ?」


 老人の背後から紫髪の男が姿を見せる。その爬虫類のような澱んだ両眼を向けられ、背筋にうすら寒いものが走る。


「その別嬪さんと、金髪の優男は儂も知っちょる。グレイの部下ではない」

「ならば、そこにいる奴らだなぁ!!」

「ひっ!?」

 

 華兎(カト)の口から小さな悲鳴が漏れる。

無理もない。比喩でもなく、紫髪の男の口角が耳元まで裂けていたのだから。どうやら、この者、正真正銘、人間を辞めているようだ。


「これはこれは、【ラグーナ】最高幹部――四統括の毒酒(どくしゅ)さんじゃないですかぁ。こんなコソ泥のような真似をするとは随分と落ち目ですねぇ。あっそうか、元々、コソ泥でしたねぇ」


 くすくすと笑う(まだら)


(まだら)、ぬし、やはり、裏切ったのぉ」


 忌々しそうに、毒酒(どくしゅ)(まだら)を睨む。


「端から、あんたらの仲間になったつもりはありませんのでねぇ。それより、良くここに気付きましたねぇ。私の部下が裏切りましたかぁ?」

「そうだ! (まだら)! あんたの組織は俺が全て頂く!!」


 背後の小太りの中年が、(まだら)を指さし、そう宣言する。


「お前ごときには無理だよ」


 (まだら)は、そう断言する。


「テツ、お前達、二人を頼むぞ。無事、皆の元まで、届けてくれ!」


 グレイ会長にもらった短剣を掲げて、身構える。

 毒酒(どくしゅ)とあの紫髪の怪物相手では、どう考えてもジルでは分が悪い。それでも、やり遂げねばならんのだ。

もう少しで、奴隷という存在が事実上消滅させられるかもしれないんだ。あの先代が大好きだった子供たちが不幸に頬を涙で濡らすこともなくなるのだ。


「でも、兄貴!!」

「テツ!!」


 テツに激高すると、涙を袖で拭きながら、華兎(カト)を背中に乗せる。他の部下の一人も、(まだら)を背負った。


「馬鹿が、逃がすと思うてか!」


毒酒(どくしゅ)が右手を掲げると、岩が槍となって四方八方から、テツ達に向けて降り注ぐ。無詠唱の土魔法だろう。


「【鎌鼬(かまいたち)】!」

 

ジルの詠唱により、岩の棘はバラバラに分解される。

 間髪入れずに、


「【炎舞(フレイムロンド)】!!」


 ジルの言霊を契機に生じた炎の波が、毒酒(どくしゅ)達を飲み込み襲い掛かる。

 

「んなっ!?」


 毒酒(どくしゅ)の部下の驚愕の声。

 しかし、次の瞬間、炎の波は弾けて吹き飛んでしまう。

 眼前には、紫髪の男の紫色の髪が部屋一杯に広がって、毒酒(どくしゅ)達全員を覆っていたのだ。


「ふん! 助けなどいらぬわ!」


不快そうな毒酒(どくしゅ)に、


「早く部下を向かわせろ。本当に逃がしちまうぞ!」

「わかっとるわい! 貴様ら、行け‼」


 およそ十人の黒服が窓へ向けて疾走する。


「させるか!!」


 再度、鎌鼬を放とうとするが――。


「ぐっ!!」


信じられないことに、小柄な毒酒(どくしゅ)に頸部を掴まれ持ち上げられていた。


「三下が、いい気になるんじゃないわい。グレイならともかく、貴様など儂の相手になるものか」

「まぬ……けっ!」


 唾を毒酒(どくしゅ)の顔に吐きつけてやる。


「貴様ぁっ!!」


額に太い青筋をいくつも漲らせながら、毒酒(どくしゅ)はジルの頸部を締める右手に力を籠める。

 骨が軋む音が鼓膜を震わせ、七転八倒の痛みが全身を走り抜ける。

意識も忽ち霞んできてしまっている。どうやら、最期も近いらしい。そのはずなのに、ジルは、意外にも頗る冷静だった。

ジルは死ぬ。それは間違いない事実だ。だが、ただでは死なない。このジジイも道連れにしてやる。

会長からもらった短剣――【爆雷】は、雷と爆発を操るマテリアル。こんなときのために、懐中時計には、火薬を多量に詰めている。突き刺せば、大爆発を起こす。


(グレイ会長、恩を仇で返してすいやせん)


 会長がジル達に銃火器の使い方を教えてくれたのは、あくまで生き残るため。こんな使い方、絶対に許さないだろう。

 だが、それでもジルには会長を守るという使命がある。紫髪のバケモノに、毒酒、両者を相手にすれば、会長とて、万が一があるかもしれない。ここで毒酒だけでも、屠っておく。


(先代、若頭、アリアお嬢様を頼みます。グレイ会長、おさらばです!)


 渾身の力を振り絞り、【爆雷】を、懐中時計に突き立てようとする。


「惜しい! でもぉ、ざんねーんでしたぁ!!」


 弾むような陽気な声。刹那、後頭部に激痛が走り、ジルの意識は真っ白に染め上げられる。



お読みいただきありがとうございます。

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