第14話 救出と探求心
予想以上に、小鬼隊長は俊敏だった。しかも、生存本能が著しく刺激されているせいか、文字通り風のように森内を疾駆している。
あっという間に、トート村から『古の森』に至り、木々を凪倒しながらも、森を爆走する。
ついに、断崖絶壁の壁の面にぽっかり空いた洞窟前まで来た。
洞窟の前には二匹の小鬼。
小鬼隊長は、地面に両膝を付き、愁眉を開くが、直ぐに、数語、見張りの小鬼達に命じる。
報告されると厄介なので、二匹の小鬼は、【鎌鼬】により、粉微塵にする。
即座に円環領域で洞窟内を探索すると、気を失ったカルラを担架のようなもので、運んでいる二匹の小鬼の姿を映し出す。
カルラには傷どころか、衣服の乱れすらない。どうやら、間一髪のところで間に合ったようだ。だが万が一がある。何より、ここは『古の森』、ミラード領ですらない。もう自重をする必要はあるまい。何せ奴らは私の庇護下にある村を襲ったのだから。
「では、蹂躙を始めるとしよう」
無慈悲に、そして、一切の希望を与えぬほど徹底的に。それが、薄汚いハイエナへの牽制ともなろう。
だが、そうだな。小鬼隊長よ。お前が必死に逃げてくれたおかげで、どうにか間に合ったのだ。感謝はせねばならんな。
「案内の褒美をやる。眠れ」
恐怖で硬直化している小鬼隊長の首を右手に持つ短剣で一閃する。
【風付与】を施した短剣は、まるで豆腐のように、その首の切断を可能とする。
地面に転がる小鬼隊長の胸部から魔石を取り出すと、私は制圧を開始した。
洞窟内はかなり広く、迷路のようになっていたが、円環領域があれば迷うわけはない。エンカウント次第、小鬼共を殺害する。
一直線で突き進んだ結果、苦も無く私はカルラが連れ込まれた区画へと入ることができた。
そこは牢獄。ボロボロの服を着た女達が、ロープで繋がれ拘束されていた。
その死んだ魚のような目を見れば、ここで何が行われていたかなど容易に想定し得る。大方、彼女達は、トート村やこの周辺から拉致されてきたのだろう。
私にとって彼女達の重要度は大して高くない。カルラの保護を優先させてもらう。
そして、カルラはある個室へと運ばれる。
「放せっ!!」
意識を取り戻したカルラに、丁度、数匹のゴブリンが群がったところだった。
あの小鬼共の隆起したある部分を鑑みれば、本当に危機一髪ってところだったな。
カルラの無事にどこか胸を撫でおろしつつも、ゴブリンの首を全て、【鎌鼬】により切断する。
首がゴロリと地面へ落下し、持ち主をなくした胴体から噴水のごとく緑色の血液がぶちまけられる。
「カルラ、大丈夫?」
カルラは、茫然と私を見ていたが、
「グレイ様っ!」
ジワッと涙をにじませると、抱き着いてくる。
正直、私よりも背丈はカルラの方が、遥かに大きく、視界は完全にふさがれてしまっている。だから、彼女が今どんな表情をしているのかは不明だ。だが、きっと泣いているんだと思う。彼女はまだ子供、よほど怖い思いをしたのだろうし、当然かもしれない。
だから、背中をそっと叩いて落ち着かせる。
しばらく、私を抱き締めていたカルラは、私から離れると真っ赤になって俯いてしまう。
「グレイ様、見た?」
ゴブリン共に抵抗した際に破けたと思われる右胸を隠しながらも、上目遣いでそう尋ねてくる。
正直のところ、視界が遮られていたから見えてはいない。カルラに抱き着かれていたので、触れてはいたけど。とはいえ、こんな時にどう答えればいいのかが、私にはわからない。別に激怒している様子もないし、変質者扱いされることはあるまい。
「いや。それより、これに着替えなさい」
話題を変えるべく、アイテムボックスから私の着替えを取り出し、差し出す。
「う、うん」
カルラは上着を受け取ると後ろを向き、ボロボロの上着を脱ぎ始めたので、私も、彼女に背を向けて両腕を組む。
「グレイ様、もういいよ」
「ああ」
振り返ると、いまだに、顔を紅潮させながらも、絡ませた両手を忙しなく動かしているカルラが目に留まる。
「どうした?」
「助けてくれて、ありがと」
「礼は不要だ」
むしろ、大人が子供の身を案じない社会などいっそ滅んだほうがいい。そう考えているから。
それよりも、この事件はまだ終わっちゃいない。トート村からさほど離れていない距離に、この洞窟はある。
今の今まで襲われなかったのが不思議なくらいなのだ。放置しておけば、遅かれ早かれ、トート村は再度襲われる。この巣自体を消滅させておく必要があるのだ。
「ねぇ、グレイ様」
「何だ?」
「あたい、グレイ様なら嫌じゃないよ」
そんな意味不明な言葉を最後に、カルラは再度、背を向けてしまった。
やはり、子供のしかも異性の思考は私には少々、レベルが高すぎる。
ともあれ、時間も押しているし、そろそろ、行動に移そう。
この洞窟の小鬼共の頭領は、かなりの強者だ。足手纏いを連れて勝利できると考えるほど私はおめでたくはない。
一方、この娘もサテラ同様、私と一緒に戦うと聞かなそうだ。しかも、直ぐに無茶をするから非常に危なっかしい。有無を言わさず、ストラヘイムの自室まで転移させるのが吉だろう。それに、ここの洞窟の惨状は子供には聊か刺激が強い。
「カルラ、少し目を閉じて欲しい」
「え?」
「だから、目を閉じて欲しい」
少しの間、目を見開いていたが、急速に頬が赤く染まり始める。
「う、うん、わかった」
もはや、林檎ように全身を朱く染めたカルラは、両手を胸のところに添えると、素直に瞼を閉じ、僅かに顎を引く。ヘンテコな挙動を示すカルラに、首を傾げながらも、私はストラヘイムに、カルラを転移させた。
これで問題のほとんどが片付いた。後は増え過ぎた悪質な獣の駆除だけだ。そして、その獣の親玉は少々、骨が折れる。
この度手に入れた小鬼隊長の魔石は、かなり強力であり、新魔法の開発にはもってこいだろう。
検索していくと、奴らを屠るのに最適な魔法を発見した。
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★【小鬼殺し】
〇設計素材:Fランク以上の小鬼の魔石三個、Fランク以下の小鬼の魔石五〇個、Fランク以上の小鬼の歯、三〇個、Fランク以上の小鬼の心臓三個。Fランク以下の小鬼の角と心臓五〇個。
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何ともえぐい素材だな。だが、この洞窟には小鬼隊長クラスが他に二匹いるし、条件なしの小鬼ならそれこそ死ぬほどいる。
このような魔法とは到底思えぬ異質な魔法には興味がある。ただ、可能な限り目立たずに収集しなければならないから、結構な時間がかかるのが難点といえば難点だが、カルラを無事保護した時点で緊急性は消失している。トート村内に侵入した小鬼も数匹にすぎず、ジュド達でも十分対処可能だろう。何より、問題視する必要がない明確な理由もある。
要するにだ。今の私には時間がたっぷりあるというわけ。ならば、この魔法の作成に入らせてもらう。
私は部屋を出ると、監獄内にいる全ての女達の拘束倶を【鎌鼬】により完全破壊した上で、全員をトート村の名主宅前へと転移させておく。
一応、女性の一人に、カルラは無事保護したから心配いらない旨の手紙も持たせた。これで、帰宅時間を気にせず、探究心を満たすための冒険に精を出すことができる。
私は入り口の小鬼隊長の死体から素材を確保した後、円環領域で小鬼を探し、接近、殺し、問答無用で素材を集めていく。
元より、人に仇なす性質の悪い獣を憐れむほど、私は愛護の精神に富んではいない。故に殺すことに躊躇いなど微塵もなく、エンカウント次第、即殺処分を実行していく。
中にはゴブリンメイジなる魔法を使う個体がいたが、長い詠唱をしている間に、首を落とした。
そんなこんなで、大した時間もかからず、十分な数の小鬼の素材を確保することができた。
あとは、Fランク以上の小鬼二匹で、コンプリートする。
そして、そのFランク以上の二匹はこの奥の部屋にいる。
「グギィ!」
部屋の前の見張りの二匹が、私を目にして、武器を向けてくるが、【風刃】で両首を切断する。
素材はもう必要十分だが、一応、解体してアイテムボックス内へ放り込んでおく。
これで未知の魔法への道が開ける。年甲斐もなくワクワクするな。とっとと殺して、素材を採取しよう。
布のカーテンのようなものを通り抜け、部屋に入ると、二匹の鬼が石の椅子に踏ん反り返っていた。
二匹の鬼の傍には、耳が長く、背中に羽を生やした美しい女性と美少年が首輪で繋がれていた。
あれは、どうみても人間ではあるまい。
「人間のオスの餓鬼か。ゴブラ、貴様のその悪趣味どうにかならんのか?」
細マッチョの鬼が、うんざりしたように、隣の異様に腹が出た鬼へ視線を向ける。
「ゴブズ、私達の愛に勝手に口出ししないでくれるかしらぁ。でも、確かに可愛い顔ねぇん。あのバカ共にしてしては中々センスあるんじゃなーい」
腹の出た鬼は私を舐めまわすように凝視してくる。
「うーん、決めた! この子、私がもらったわぁ」
両手を組んで、私に熱い視線を送ってくる腹の出た鬼。
「勝手に話を進めているところ悪いんだが、尋ねたいことと頼みたいことがあるのだがいいかい?」
「家畜が、何、勝手に口を開いている!?」
私の疑問に蟀谷に太い青筋を張らせながら、激憤をぶつけてくる細マッチョの鬼。
「いいから答えろよ。なぜ、お前達はそこまで流暢に人語を解せる? お前達二匹は、小鬼ではないのか?」
さきほどの小鬼隊長は、魔物のカテゴリーだったが、こいつらは、角と牙の生えていることを除けば、外見上は大柄な人間と大差ない。
「くふふ、この子、私達があのお馬鹿さん達と同じといっているわよぉ」
「不快な奴だ。我らは、上位小鬼、あんな低能な生物と同じなわけがあるまいっ!」
要するに魔物共にも階級があるんだろうさ。以後の研究素材としては興味があるが、この者共は実験動物にするにも下品すぎる。
「理解した。ならば、お願いの方だ」
「へー、何かしらぁーん。優しくしては、だ・め・よ。私は家畜が痛みに悶える顔が好きなんだからぁーん」
「いんや、そんな難しいことではないさ。実に簡単なことだ」
私は堪えようもない知的好奇心を無理やり抑え込み、ニッコリと微笑む。
刹那――二匹はバネ仕掛けのように椅子から立ち上がり、私から距離を取る。
「き、気を付けろ、ゴブラ! こいつどこか変だ!!」
「ええ、わかってるわ」
細マッチョの鬼――ゴブズは長槍を、腹の出た鬼――ゴブラは大斧を手に取ると、私に構えて身構える。
「お前達の歯と魔石と心臓をおくれ」
両手の掌を上にしてそう催促をする。
私の要求に、二匹とも頬を盛大に引き攣らせ――
「グオオオオオオォッ!!」
「ガアアアアアァァッ!!」
雄叫びを上げて、私に突進してくる。
私は【鎌鼬】で二匹の両手両足を根元から切断する。
「わ、私の足がっ!! 手がっ!」
絶叫を上げる二匹など歯牙にもかけず、まず、ゴブラに向き直ると、ゆっくりと近づいていく。
「く、くるなっ!」
「断るよ」
私は右手を上げて――。
「くるなぁぁ、バケモノぉっ!!」
解体作業に入ったのだった。
――以降、放送禁止
……
…………
………………
結局、ゴブラを解体した後、ゴブズも無事解体した。ゴブズは、必死で命乞いをしていたような気もするが、心底どうでもいいので無視して続行した。
素材も手に入り、私個人としては、ホクホク気味なわけだが、問題がないわけではない。
「お願い、許してぇ……」
両手を組み祈り、震えながら、懇願する背中に蝶の羽の生えた金髪の女性に、
「僕ならどんなことでもいたしますから、命だけは! どうか! どうか!」
額を地面にこすりつける透明の翅を有する美少年。
「聖霊王様、もう嘘はつきません、ちゃんと毎日、お祈りもいたします。だから、助けてください!!」
一心不乱に、天に祈る真っ赤な翼のある赤髪のお姉さん。
「あのな。私は君らを助けに――」
「「「お慈悲をっ!!」」」
まったく人の話を聞いちゃいないな。
私は無差別殺人主義者ではない。知性がある人とその類似知的生命体には、それなりに敬意を払って応対する。
ただ、快楽に溺れるしか能がない人外の危険生物に、慈悲を与えるほど私は愛護精神に溢れていないだけだ。
遂に大声で泣きわめき始めた彼女達に、面倒になった私は、全員トート村の名主宅前まで強制転移させたのだった。
お読みいただきありがとうございます。




