第35話 森の主の怪我
泣き喚く白髪の幼女の頭をテレサとミアが撫でて宥めて、ようやく落ち着いたところで、事情を聴取する。
「そんななりだが、君は白狼という生物の子供で、母が傷ついて狩ができぬからこの地に忍び込んで、拝借していたと?」
「そうでし」
白色の幼女は、しゅんとした顔で大きく頷いた。
「僕は、信用できませんね。第一、白狼って、この辺一帯の守り神的存在のはずでしょう? それが、盗人など――」
クリフは、疑心を隠しもせずに、肩を竦める。
「ほんとでし! ハクは、誇り高き白狼の一族でし!」
「だったら、証拠をみせてみろよ?」
目尻に大粒の涙を貯めるハクを見て、保護欲にかられたテレサとミアから批難の視線を向けられるクリフ。
「な、なんだよ! 信じられないのは君らも同じはずだろ?」
「狼の姿になれるか?」
私の問に白髪の幼女は、小さくコクンと頷くとくるんと一回転する。
突如、白色の子狼へと変わる。
「わぁっ♡」
黄色い歓声を上げるテレサと、
「……」
恍惚の表情で、子狼を抱きしめるミア。
他の男性陣は目を点にして、子狼を眺めていた。そういう私もこの不思議現象には内心驚きを隠せなかったわけだが、確かにドラハチの件もある。ムラなど剣なのに話しているし、改めて考えれば大して意外性などないな。
「先生……」
エイトのたっぷりと困惑を含有した視線に、大きなため息を吐く。
サテラやカルラとずっと冒険していたのだ。こうなった女性陣は止められないことくらい十二分に理解している。
それに、ハクは子供だ。ならば保護すべき対象。傷をつけるなど到底許容できん。
「仕方ない。彼女から事情を詳しく聞くぞ。持ってきたサンドイッチがまだあったよな?」
「うん、明日の私達の朝食だけど」
「ならば、その子に食わせてやれ。私達の分は明日、また作ってやる」
「うんっ!!」
ミアはハクを抱きながらも、牧場主から貸してもらった家屋へ入っていく。
◇◆◇◆◇◆
現在、ハクはミアの膝の上でご機嫌にサンドイッチに齧りついている。
「とすると、お前の母が怪我を負ったのは、その猿のバケモノとやらが原因だと?」
「そうでし。母上、凄く強いのに最近病気にかかって碌に動けないところを、あいつらが――」
悔しそうに下唇を噛みしめるハクを、ミアは強く抱きしめる。病で苦しんいる母と自分の母を重ね合わせてしまっているのかもしれない。
「先生!」
ミアが私に懇願の籠った視線を向けてくる。
わかってるさ。
「ハク、母の傷が治り、元の生活に戻れたら、もう二度とこんなことしないと誓えるか?」
「はいでし!」
うむ、子供は素直が一番だ。ハクの頭を撫でつつも、生徒達をグルリと見渡す。
まずは、森に怪物がいるなら、その母とやらも危険かもしれん。直ぐに保護する必要があるな。
夜間の森林探索は危険だが、この際致し方あるまい。
「直ちに、ハクの母の元まで行き、治療を行う。いいな?」
「それは構わねぇが、そのバケモノとやらはどうするんだ?」
「むろん、潰すさ。弱っているとはいえ、森の主を倒すような怪物だ。ここもいつ襲われるかわからんしな」
「わかった。じゃあ、俺達も用意しようぜ。最低限の荷物以外、ここに置いていこう」
プルートが指示を出し、生徒達は動き出す。
私はその様子を眺めつつも、口角を上げつつも頷いたのだった。
◇◆◇◆◇◆
テレサと右手をミアと左手を繋ぎながら、ご機嫌に森を進むハク。
既に、異常にテンションの高い女性陣と比較し、男性陣は眠いのか、目をシパシパさせていた。
「ハク、あとどのくらいだ?」
現時刻は午前一時。既に、三時間近く歩いている。これ以上は生徒達に負担がかかりすぎる。手頃なところで、キャンプする場所をみつけるべきかもしれん。
「もう着いたでし。あそこでし!!」
弾むように右の人差し指を向けた先には、山肌にぽっかり空いた小さな穴。
あれが、ハク達の塒なのだろう。
「もう少しだ。いくぞ」
生徒達が頷くのを確認し、ハクの先導のもと洞窟の中へ入っていく。
洞窟の内部は入り口と比較し、予想以上に広く、そして長かった。
ゴツゴツとした岩肌が露出している天然の通路を進むと20畳程度の空間に出る。
部屋の隅には一匹の真っ白な狼が横たわっていた。あの様子では、かなり衰弱している。
「母上っ!!」
ハクが子狼の姿に戻ると、母へ飛び付いていく。
「これは珍しいお客さんだねぇ」
白狼は億劫そうに、首を私達に向けてくる。後ろ半身は傷により腐っている。稀に咳もしているから、何かの感染症にかかっている可能性が高い。
この状態で食欲があるとはとても思えない。もしかしたら、ハクが食物を調達する苦労を知って無理に食しているのかもな。
「先生……」
真っ青な顔で、私の袖を握るミアの頭を数回撫でて、落ち着かせる。
「いいか、今からお前を治す。勘違いするなよ。お前自身のためではない。私の信念のためだ」
私は子供が泣く世界だけは作らない。少なくともこの私の目が届く範囲ではな。
私は母白狼に近づき、傷口を確認する。
(どうやら最悪にまでは至っていないようだな)
見たところ、ウジは沸いていないようだし、このまま回復魔法を使える。右手を掲げて、【上位回復】を発動する。
「ば、馬鹿な……」
忽ち癒えていく傷に、驚愕の言葉を吐き出す母白狼。
みたところ、結膜炎、鼻水、熱もあるし、肉球も肥厚している。症状と状況から察するに、おそらく、これは、犬ジステンパー。ニホンオオカミを絶滅に追いやったとされる悪魔の病気だ。
正直、致死率はかなり高いし、これといって効果的な治療法もない難病だ。治療しても、戻ってこれるかは半々というところだろう。
いや、ハクはまだ己で正常な判断ができるほど大人ではない。まだこの母狼が必要だ。是非とも戻ってきてもらうさ。
「Gクラスの諸君、今からミッションを一部修正する」
「一部修正?」
オウム返しに聞き返すプルート。
「そうだ。まず、白狼親子に、建物を建ててやれ。こんな場所にいれば、治るものも治らん。加えて、この母狼を、看病せよ!」
「私達、治療の仕方なんて知らない!」
焦燥溢れた声を上げるテレサに、
「心配するな。来週は一般教養の授業を一部変更して教えるさ」
私は強く断言してやる。
「で、でも、ミア達やったことないの」
ミアの躊躇いがちの言葉に、うんうんと大きく頷く他の生徒達。
「お前達はできないから諦めるのか? だとするなら、私がもう教えることはないな」
脅しではなく事実だ。やる前から諦めるような阿呆に教えるほど私は暇ではないのだから。
「わかったよ。やればいいんだろっ!」
投げやりなプルートの言葉に、他の生徒達も無言の同意をする。
「では、一時【アコード】に帰って寝ろ。早朝、また迎えに行く」
強制的に【アコード】までの転移を発動する。
「ちょっとまってくれ、先生はどうすんだよ?」
「私はここに残るさ」
プルート達には本日スパイが護衛についている。滅多なことにはならないだろうさ。
「いくらなんでも勝手な――」
その言葉を最後にプルート達の姿は消失する。
さて、色々やることが山積みだが、まずは母狼の体力を回復するアイテムの開発だな。
このジステンパーという疾病には明確な治療法がない。だからといって致死の病ではない。己の免疫能力がウイルスに打ち勝てば生存することも可能だ。この点、体力を効率よく回復してやれば、そのうち、自己の免疫能力により打ち勝つはず。
【万物開発】をいくつか検索すると、【癒しの腕輪】がヒットした。ランクDであり、材料は上位魔法の魔導書に指輪を加えたものと同じ。腕輪ならば丁度、魔鉱石の研究で、いくつか製造している。
カウントダウンが始まり、チーンという快音ともに、【万物収納】に【癒しの腕輪】が出現していた。
この腕輪は、時間経過とともにHPが回復する、という単純明快な効果。
あとは――。
「人間の姿になれるか?」
「……」
無言で頷くと、次の瞬間、白色の髪の美しい女性へと変貌する。耳が長い所など、フェアリー族と同様の外見だ。もしかしたら、精霊という奴なのかもしれんな。
「当分はその腕輪をして生活しろ」
「これ……は?」
震える手で腕輪を受け取ると、躊躇いがちに尋ねてくる。
「お前の体力を回復する腕輪だ。これで少しは違うだろう」
「……」
恐る恐る腕輪をはめると、母狼はカッと大きく目を見開き、暫し震えていた。
そして――。
「何の真似だ?」
私の前に両膝を付き両手を組む白髪の女に、私は怒気を籠めて尋ねる。今この火事場のような状況下でその手の冗談は好きではない。
「その奇跡の御業、貴方は聖霊王様ですね?」
聖霊王? そういえば、フェアリー族の信仰する精霊たちの王がそんな名前だったような気がするな。
最高位の精霊を信仰しているということは、この白狼は、精霊の類か。まあ人型になれることからして、意外性など大してないが。
それにしても、ジステンパーなどの感染症は精霊にも感染するんだな。少し意外だ。
「悪いが、私はただの人間だよ。さっきの子供達と同様にな」
「そうですか。お姿を御隠しでおいでなのですね」
「いや、違うちゅうに」
「とうとう、我らが森にも我らの守護神がお戻りになられた。もうこれであのような薄汚い猿共を、我が物顔でのさばらせることもなくなる!」
顔を上気させながらも叫ぶ母狼。
どうでもいいが、フェアリー族といい、この母狼といい、精霊族ってのはどうしてこうも思い込みが激しいのだろうか。
「ともかく、お前は重病人だ。大人しくしていろ。動けば治らん」
無理やりアイテムで体力を回復させているくらいだしな。
「いえ、しかし――」
「これは命令だ」
もうどうにでもなれだ。
「御意!」
ようやく大人しく藁の上に横になる母狼に、ハクが身を寄せて蹲る。
私も大きく息を吐くと、壁に背を付けて瞼を閉じた。
お読みいただきありがとうございます。
この事件は、次の【人間スライム事件】に少し関連があります。オードブルのようなサブイベントです。次回から戦闘シーンですので、ご期待いただければと。
書籍版はフェアリー族の出現頻度がWEB版よりも多いので、聖霊王は名前だけ結構出てきますが、まあ、精霊たちの信仰の対象と思っていたただければと。
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