第31話 迷宮第一試練
クリカラ――第50階層最奥
皇女オリヴィアが、このストラヘイムを訪れるのは二日後の月曜日からであり、本事件の本格的調査は二日後の月曜日からとなる。明日と明後日は、生徒達の迷宮探索ミッションの日だ。丁度良いと思われる。
それまでは、皇帝達の護衛にはカマーをつけた。あいつ、意外に紳士的だし、そういう意味ではスパイの次くらいには要人の警護には向いている。
今は気を取り直して、ストラヘイムの迷宮――クリカラの45階層にあるセーフティーポイントまで転移し、攻略を開始したところだ。
ちなみに、冒険者ギルドと交渉し、各セーフティーポイントにはサガミ商会の商店を設置することの許可をもらっている。
【銀のナイフ】で造った弁当や、現在独自に構想中の剣や槍などの武器を販売するつもりだ。
代り映えのない入り組んだ青色の石の通路をひたすら進むと、円柱状の巨大な広間へと至る。
広間の中央には祭壇が、奥には三メートルにも及ぶ石の扉が存在していた。
「うむ、ここが行き止まりか」
ここが、50階層の最奥だろう。一応この階層が人類の最終到達地点。
事前に聴取した情報では、歴史上ここまで到達できたものはそれなりにいるが、誰もがあの扉を開くことができず、この先に進めなかったらしい。
扉を精査するが、何の変哲もない石造りの扉だ。
十分離れた上で、【爆糸】によりかなり本気で攻撃してみるが、魔法自体が発動しない。次に、ムラにより全力で切り付けてみたが、結果は同じ。
『マスター、酷いねん!』
涙声で訴えてくるムラに、
「仕方ないだろ。お前あれだけど、一応剣だし」
適切な返答をしてやる。
『それ、理由になってへんし!』
「十分な理由だろう? 剣は本来切るためのものだ」
『儂は剣であって、剣ではあらへん! 聖剣なんやでっ! こないな薄汚い扉に切りかかれば、傷ついてしまう!!』
「はいはい、わかったよ、性剣さん」
ごちゃごちゃ五月蠅い駄剣を認識の外に置く。一度、情報を整理したかったのだ。
いろいろ試してみたがこの駄剣の切れ味は相当なものだ。鉄だろうが、鋼だろうが、鱠の様にスパスパ切れる。本人曰く、伝説とされる金属でも切断する自信はあるそうだ。
だとすると、この扉は物理に属する攻撃を一切受け付けない可能性が高い。
そして、【爆糸】が発動すらしないことから、ここでは魔法の発動自体がキャンセルされるらしい。
物理も無効、魔法も発動自体ができない。だとすると、あの扉は飾りってわけか?
いや、扉は内部を意識してこそ意味のある代物だ。ただの扉の置物をわざわざこの場所につくる意義もない。何かあるはずだ。
「あるとしたら、これだろうな」
半径15㎝ほどの円柱の祭壇へ近づき、調査を開始する。
「これってキーボードか?」
丁度、祭壇の円柱状の上面には、PCのキーボードのような外観のへこみがあった。
試しに左の人差し指で、『⏎』らしきものを押すと、機械の起動音が聞こえてくる。
そして、円柱の上面の空間に浮かび上がるキーボード。
「第一試練の応募の受託を確認。第一試練サブテスト開始。
――設問に答えよ!!」
上空に様々な形の図形が次々に羅列されていく。
なるほど、パズルか。ガチンコの頭脳勝負。面白いではないか! 最近、力押しの荒事が多くて、少々欲求不満気味だったのだ。
「私を楽しませろよ!」
歓喜に震えながらも、私はキーボードを操作していく。
『設問正答――コングラチュレーション! 第一試練サブテスト、クリア!!』
広間中に響く女の無感情な機械的な声。
うむ。呆気なかったな。もう少し、こう、脳が震える勝負が楽しめると思ったのだが。正直、期待はずれもいいところだ。
『くそっ、また負けた! 畜生がっ!!』
突如、頭に響く口惜しさをたっぷり含んだ子供の声。
「ん?」
耳を澄ますが聞こえやしない。辺りには誰もいないし、気のせいだろう。
『第一試練が解放されます!』
この機械的な女の宣言を契機に、地響きを上げて、横にスライドしていく石の扉。
ほう。あの先が第一試練ってわけか。実に面白い趣向ではあるな。
さて、第一試練とやらが解放された以上、あとは完全な早い者勝ちのゲームだ。
後日にするのは得策ではあるまい。それに御大層な試練とやらに、興味はあるしな。
私は大きく息を吐き出し、扉の奥の部屋へと入っていく。
そこはとんでもなく巨大な正四面体の空間だった。
『第一試練――【バトル・バフォメット】が開始されます』
背後の石の扉が再度、塞がる。
「閉じ込められたか。要するに、あのデカブツを倒さねば、ここから出られぬ。そういうことなのだろう」
部屋の中央には、座禅を組んで浮かんでいる頭部が山羊の怪物。
山羊頭のバケモノが坊さんの真似事か。どうにも、シュールすぎる光景だな。
「おい、ムラ、本気でいくぞ」
『はいねん』
いつものごとく、ぶー垂れるとも思ったが、素直に同意してくる。あれに、いつものようないい加減な姿勢で挑めば確実に敗北する。それを肌に感じているからかもしれない。
ムラの柄を握り、鞘から取り出す。
透明な紅の刀身に、形を変えて蠢く幾何学模様の文字。
これこそが、ムラの全力開放した姿。今の私の魔力では、所持するだけで、ごっそり魔力をそがれてしまう。
『グオオオオオオオッ!!』
山羊頭のバケモノは天に向けて咆哮し、それを合図に私達は激突した。
◇◆◇◆◇◆
山羊頭の魔物の岩石のような拳が私を頭上から圧し潰さんと迫るが、バックステップで躱す。
「ちっ!」
地面に衝突した衝撃で生じた爆風により、私の小さな身体は飛ばされてしまうが、【爆糸】の糸をクッション替わりにして空中で態勢を整える。
奴の頭部目掛けて、【氷の大竜】を発動し、【影王の掌】を同時にぶちかます。
幾多もの氷の竜が山羊頭目掛けて降り注ぎ、同時に黒色の両腕が出現する。
「グゴオオオオッ!」
山羊頭は左腕を払い、氷の竜を吹き飛ばし、その黒色の両腕目掛けて一直線に突進し、右拳で粉々に粉砕してしまう。
【氷の大竜】は、奴を貫くだけの威力がないし、【影王の掌】は威力があるがタメが必要のため、当てることができない。おまけに、奴の方が身体能力はやや上ときた。【解脱】を使えば、切り抜けられるのかもしれんが、一日一度しか使用できず、転移も使用不能となるから、明日の実習の授業は取り止めとすることになる。
「八方塞がりか……」
ムラの切れ味がどれほどよくても、当たらねば意味はない。まさに絶体絶命の状況だ。もっとも、この戦場では、魔法が使える。それだけでも幾分とましかもしれんわけだが。
それよりも――。
「不愉快だな」
なぜかさっきから強い憤りが胸の底から湧き上がってきて抑えきれない。これは、魔法という新規の概念がなければまともに戦えない。その事実故だろうか?
「いや違うな」
私は闘争で自分の不甲斐なさを憤るほどロマンチストではない。イラついている真の理由はもっと本能的で単純明快なこと。
――この私が、数十分間も、こんなただの暴れるだけしか能のない山羊野郎から逃げてばかりいる。その事実がひたすら不愉快なのだ。
「不快だぞ、お前」
自分でもぞっとするような声を上げつつも、【爆糸】から地面に着地する。
『マスター?』
恐る恐る尋ねてくるムラの声はいつになく、震えていた。
「こいよ。スパッと殺してやる」
その宣言とともに、私は口端を上げた。
『グガァァァァァッ!!?』
反射的に後ろに飛び抜く、山羊頭のバケモノに向けて私はゆっくりと歩を進めていく。
そんな自殺行為に、山羊頭のバケモノは唸り声を上げて、油断なく身構えるだけで、身動き一つしない。
「どうした? こないのか?」
構えすらとらずに、カラカラとムラの剣先を引きずり近づく私から、山羊頭のバケモノは咄嗟に数歩後退りする。
『グオオオオオオオッ!!』
その事実に怒りの咆哮を上げ、私に向けて疾駆し、右拳を放ってくる。
途端、山羊頭のバケモノの動きが緩慢になる。
(今の俊敏性なら、この程度か)
ここでそんな意味不明な言葉を吐き捨てると、私は身を捻ってゆっくり迫る奴の右拳を鼻先スレスレで避けると同時に、力任せにムラの柄を持つ右腕を上げて、奴の右脚を根元から切り落とす。
ムラを握る右腕に激痛が走る。これはどうやら折れたな。無理な動きをした付けだ。致し方あるまい。
「グガオオオオオッ!!!」
右脚を失いながらも、奴は器用にも残された左足でバックステップして私から距離を取る。しかし、痛みからか、バケモノはその山羊の顔を顰めて片膝をつく。私はそんな奴の馬鹿馬鹿しいくらいスローな挙動を眺めながら、ムラを左手で握り直し、左足を蹴り上げ、奴までの距離を詰める。
再度、左足に生じる背骨に杭が打ち込まれたような激痛。左脚も折れた。
これで私の機動力は半減した。
しかし――
「私の勝ちだ」
突如忽然と現れた私にキョトンとした顔をしている山羊頭の頸部に狙いを定め、ムラを全力で横薙ぎにする。
巨大な首が宙に舞い、地面に落下し、その身体と頭部が硝子様に砕け散る。
『【バトル・バフォメット】の勝者――グレイ!
・グレイに【バフォメットの角笛】と【Sランクの魔石3個】が贈呈されました。
・グレイの潜在能力の一部解放――【永久工房】の解放レベル5%→10%。
・グレイのHPとMPの完全回復。
・第二ステージが解放されます』
そんな機械的な女の声と共に、私の意識は薄れていく。
『第一試練がクリアされました!! 第二ステージが解放されます』
――その日、ストラヘイムの上空から、女性の声が鳴り響いたのだった。
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