第26話 お前達だけの英雄だ
クエストが終了しご主人にクエスト完了の判を押してもらった。現在冒険者ギルド会館へと向かっているところだ。
「サガミ商会か。最近ライゼに進出した商会だったような……」
「ああ、最近、貴族の子弟に人気のある呉服店や、食堂と提携している商会だよ」
クリフが両腕を組みながらも、得意げに答える。
「知っているの?」
「当然だ。僕は貴族社会の一員だからね。たしなみは熟知しているつもりさ」
「そういえば、以前、お父様がそんな名前の商会と取引しているって言っていたような」
頬に人差し指をあてて、テレサがぼんやりと呟くと、
「ハルトヴィヒ伯爵様ほどの大貴族ともなれば、それはそうだろうね……」
クリフは少し悔しそうに口にした。
「なあ、エイト、お前、シラベ先生のこと知っていたのか?」
このプルートの疑問はこの場の全員が抱いている事項。少なくとも先生についてエイトはミア達が知らぬ事実に納得していたようであったから。
「いや、今回の件でシラベ先生とは初めてあったよ」
エイトの顔をマジマジとみるが、どうにも嘘をついているようにも誤魔化しているようにも見えない。
「まっいいか。俺達の先生には違いないんだしな。それはそうと、今日一日で俺達、【肉体強化】はかなり慣れたよな」
「うんうん、私も、まだまだいけるよぉ!」
「君はそうだろうね」
半眼でテレサを眺め見るクリフに、
「それって、どういう意味!?」
テレサがプーと頬を膨らませると、クリフは慌てて目を反らした。そんなに怖いのなら端から変なちょっかい出さなければいいのに。
「エイトも最後は、【肉体強化】の成功率が上がっていたじゃないか?」
「うん。でも、まだ効果の持続はできないからね。これから自室に戻って練習さ」
エイトが頷いたとき、遠方に見えてきたギルド会館へと職員が慌しく飛び込んでいく。
どうしたのだろうか。職員さん、やけに焦っていたようだったけど。まあ、冒険者になったばかりのミア達には無関係なことだとは思うのだけど。
ギルド会館へ入ると、数人の怒声が耳に飛び込んできた。
「それで、ムンクがあいつを裏の広場に連れて行ったと!?」
「はい! 一触即発の状況でして!」
「あの怖い者知らずの馬鹿野郎共がっ!! 最悪の奴に喧嘩を売りやがって!」
長い金色の髪を後ろで縛った美青年が、カウンターに拳を振り下ろし、その一部が破砕される。
「落ち着け、ウィリー! お前までカッカしちまったら、益々収拾がつかなくなるぞ」
「しかしだな、シーザー、あいつらが下手に逆鱗に触れようものなら――」
「わかっている。俺が行こう。シルフィ、あんたもいいか?」
シーザーと呼ばれた赤髪に無精髭の男性が、隣の青髪の美しい女性――シルフィの意思を確認した。
「もちろんだ。ただし、そのムンクとかいう小僧のためではないぞ?」
「安心しろ。それは俺も同じだ」
シーザー、シルフィ、そして、ウィリーと呼ばれた金髪の男性は建物の出口付近にいるミア達の方へ小走りで向かってくるが、ミア達を発見し、立ち止まる。
「お前ら、あいつの生徒だな。なら、少々手伝ってもらうぞ。ついてきな」
「おい、シーザー! 子供達を巻き込むなんて――」
「俺だけで怒り心頭のあいつを止められると思うか?」
ウィリーは悔しそうに下唇を噛みしめると、
「すまないな、君達も付いてきて欲しい」
ミア達に頭を下げたのだった。
ギルド会館を出て、裏手にある広場までミア達は全力で走る。
突如前方で爆音が上がり、砂煙が巻き上がる。
「まずいな。急ごう!」
シーザーが苦々しげに呟き、走る速度を上げる。
忽ち、ミア達はシーザー達三人から引き離されてしまうが、それでも懸命に走った。なぜだろう。このとき、ミアにはそうしなければならない。その強烈な感情に突き動かされていたのだ。
広場前は人集りができていた。野次馬達は全員例外なく、口を半開きにしつつも、真っ青な顔で、広場の一角を凝視していた。
そこには、ぼろ雑巾のように仰向けに倒れている紫髪の男と空中に浮遊する屈強な男達。
そして、中心には仮面の小人が佇んでおり、その全身には陽炎のように絶えず赤色の霧がゆらゆらと揺らめいていた。
「た、助け――!」
浮遊している男性の一人が、涙と鼻水を垂れ流しながらも、そう懇願するが、シラベ先生は、右手を伸ばし、空を掴むようなしぐさをする。
その異様な光景を視界に入れた瞬間、ゾクリとミアの背筋に電撃が走る。
(……)
全身から滲み出る赤色の靄も、仮面越しに男達を睥睨するその赤色の瞳も、どうしょうもなくミアは恐ろしかった。膝がガクガクと笑い、歯が打ち鳴らされる。
「術式解体!」
シルフィが叫ぶと、屈強な男性たちは地面に落下し、うちのめされ、呻き声を上げ始める。
「シルフィ、なんのまねだぁ?」
「もういいだろう。あんたの勝ちだ」
「勝ち負けの問題ではないのだよ」
首を左右に振り、再び男達へと視線を移すシラベ先生。男達から悲鳴が上がる。
「終わりだ!」
シーザーが私達を親指で指差すと、初めてシラベ先生が私達を見る。心臓が跳ね上がるも、直ぐにシラベ先生から焼け付くような圧迫感が消失した。
そして、再び優しいいつものシラベ先生に回帰すると、人混みに姿を消してしまう。
「あいつが、怖いか?」
歯を打ち鳴らすミア達を見下ろし、神妙な顔でシーザーが尋ねてきた。
「ふんっ、怖いものかっ!」
「怖くないの!」
「怖くありません!」
「ああ、俺達の先生だぞ! 怖いわけなんてあるかっ!」
「そうだね! 先生優しいもの。怖くなんてないよ!」
ミア達は次々に絶叫するが、こうもみっともなく膝が笑う状況下では説得など大してない。
「ありがとうよ」
シーザーはミア達の返答を聞き、優しく微笑み、
「これだけは信じてくれ。あいつは、お前達だけの英雄だ」
そう告げると、ついてくるように手招きをしてくる。
(震えないでなの!)
言うことが効かない足を叩き、ミア達はシーザーの後を追った。
ギルドへ戻り受付でクエスト成功を報告しクエストの成功報酬――1000Gを受け取る。シラベ先生にあらかじめ報酬の一人当たり200Gは全額もらってよい旨の指示を受けていた。
初のクエストで、【肉体強化】の絶好の訓練にもなり、しかも報酬まで受けることができたのだ。本来なら、ウキウキして帰路についているはずなのに、ミア達の足取りは重かった。
「多分、僕のせいだ」
重い沈黙を破ったのはエイトだった。
「あん? それ、どういうことだ?」
プルートが眉を顰めて、エイトに尋ねる。
「あいつら、僕が前に所属していたファミリー――ブレスガルムのやつらだ。先生は僕を助けてくれたから、それで……」
俯き、右拳を固く握り震わせるエイトに、プルートが笑顔を向けてくる。
「よかったじゃねぇか。それであの人に学べるんだからよぉ。お前、きっと何か持ってるぜ?」
「まっ、気に入らない平民の言葉だが、今回ばかりは僕も賛成だよ。先生は僕らと同じ貴族社会の一員であり、誇りある魔導騎士学院の教授。あのような下品な平民共を教育する責務がある。先生はそれを執行にしたに過ぎない」
うーん、彼らが全員、平民とは限らないと思うんだけど……。
「はっ! 貴族様も十分すぎるぐらい下品だと思うがね!」
「何だとっ!?」
いがみ合う二人に、テレサがエイトの前に行き、腰に両手を当てて、
「エイトちゃんは私達と同じ先生の生徒。だから、先生はきっと、エイトちゃんを守ろうとしたんだと思うよ。それに、私のお父様ならあんなものじゃすまないと思うしさ。きっと血達磨ね」
肩を竦めて首を大きく左右に振りつつ、テレサが物騒な感想を述べる。
「まあ、天下のハルトヴィヒ伯爵様ならそうだろうね」
クリフがそんな身も蓋もないことを口にする。
「エイトは気にしちゃだめっ! 多分、先生もそう言うと思うの!」
「そうだぜ。第一、お前、少し気にし過ぎだぜ。もっと気楽にいけよ」
プルートはエイトの背中をおもむろに叩く。
「ひへっ!」
バチィという音とともに、エイトは地面を転がる。
「あれ?」
「あれじゃない! 彼が大怪我でもしたらどうするつもりだい?」
クリフの批難たっぷりの声に、
「す、すまねぇ、大丈夫か、エイト!」
弾かれたようにプルートはエイトまで駆けよると、右手を差し出す。
「う、うん。大丈夫。別にどこも怪我していないよ」
プルートの手を取り起き上り、土を払うエイトに軽く息を吐くと、プルートは道端に積んであった石材までいくと持ち上げる。
「苦労なく持てる……まさかっ!」
プルートはポケットから、シラベ先生からもらったカードを取り出す。
「……くくっ! マジかよ!」
歓喜の声を上げた。
「どうしたんだい? いつもにもまして、君、変過ぎるよ!」
「カードを確認しろ! 筋力が大幅に上昇している。レベルも上がっているぞ!」
プルートの言葉に、ポケットからカードを取り出し確認する。
ミアの筋力がG(34%)からG(89%)まで、レベルも6から7へ上昇していた。
「私も上昇してたよぉ」
テレサが兎のようにぴょんぴょん飛び上がり、
「僕もだ!」
エイトが顔中を歓喜に染める。
「僕も上昇している! だとすると、これいつ?」
「いや、今日やったことっていえば、あのクエストだけだが……まさか、クエストをクリアすると能力が上昇するってことか?」
「そんなバカな……」
クリフが頬をヒクヒクさせて、プルートの言葉を否定する。
「そうだよな。そんなふざけたことあるわけないよなぁ……」
「でも、そうじゃなければ、上昇している理由がないよ」
エイトの独り言のような意見に、ミア達は顔を見合わせ乾いた笑い声を上げる。
クエストをクリアしただけで能力が上昇するなんて聞いたこともないし、もしそうなら、忽ち、世界は冒険者で溢れかえっているはずだ。
十中八九、この現象は、あの歩く非常識のような先生が原因。
「どうせ、次のクエストをクリアすればはっきりするの」
「そうだな。うん、その通りだ」
言い聞かせるようにプルートが頷く。無理もない。とても信じられるような話ではないのだから。
同時に、心の底ではそれが、真実であることを固く信じてしまっていたのだ。
「いこうか」
「うん!」
ミアは大きく頷き、ワクワクした感情をどうにか押さえつけながらも、先生との待ち合わせの空き地まで、足を動かしたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
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