第25話 初めてのクエスト
「くそっ! 仮にも僕は貴族の一員だぞっ! なんで僕らがこんなバカみたいなこと――」
引っ越しのクエストに向かう道すがら、クリフが悪態をつきつつも、地面を蹴る。
一晩たっても、クリフは昨晩の件について一言も口にしなかった。そしてそれはミアも同じ。理由はきっと自分でも今の状況を把握しきれていないから。
このストラヘイムへの転移を使えるものがシラベ先生以外にいたことも驚きだが、今ミアを最も悩ませていたのはアランとロナルドがああもミアに敵意をむき出しにしてくる理由だ。少なくとも二人は少し前までミアがSクラスからGクラスに落ちて憤ってくれていたはず。二人の性格ならいつもはあとがないミアを励ましてくれているはずだ。まさか敵意を向けられるとは思ってもいなかったのである。
「不満があるなら、このGクラス、辞めちまえばいいじゃねぇか。止めやしねぇよ」
そんなクリフにプルートが突き放すような言葉を放つ。
「引っ越しの手伝いだぞ! 君はこの大事なときにこんな茶番を肯定するのか!?」
「まあな、悔しいがあの人の授業は他とは明確に違う。第一、今まで魔法の継続の仕方など習ったことあったかよ?」
「……」
奥歯をギリギリと噛みしめるクリフ。クリフも魔導騎士学院の生徒。あの授業の異常さは重々承知している。
「確かに、【肉体強化】の継続の方法なんて、魔導学院の教科書のどこにも載っていないの」
本日の魔法の授業は、【肉体強化】を題材にした一定の状態の維持が観念し得る魔法の継続の仕方。より具体的には、一度の魔法詠唱で【肉体強化】を継続する方法。
むろん、ミア自身、この魔法を得意分野としていたこともあり、以前から使用は可能だったし、それなりに熟知しているという自負はあった。だが、【肉体強化】の魔法を継続する方法など初耳だ。
そう。【肉体強化】の魔法は、その者の保有魔力により、継続時間が決定すると一般には理解されている。これこそが、ミアがこの魔法を得意としていた理由。ミアの魔力は他よりも桁外れに多かったから、その分、継続時間も長かったのだ。
しかし、今日の授業でシラベ先生は、そんなミア達の常識をあっさり覆してしまう。
【肉体強化】の魔法語の文節の一定の位置に、『魔力使用1、効果継続』の言葉を加えるだけで、魔法の維持が可能となったのだ。
加えるだけといっても、『魔力使用1、効果継続』のように、詠唱の際、緻密な魔力操作をしなければならず、発動自体、極めて難解というわけだが。
ともかく、『解除』の詠唱が為されるまで、魔法の効果は維持されるのである。
「あれじゃない? ついたみたいだよぉ!」
ピクニックにいくようなテレサの弾んだ声により、ミア達の思考は遮られる。彼女の指先には、古い二階建ての煉瓦の建物があった。
既にボロボロであり、かなり老朽化している。
「ギルドから、聞いてるよ。あんたらが、今日手伝ってくれる新米冒険者さんだね?」
屋敷のベルを鳴らすと、年配の優しそうなご婦人が出てきて、そう尋ねてくる。
「僕らは――」
「そうです。これが、クエスト受託用紙ですので、完了したら、そこの下にサインください」
反論を口にしようとするクリフを遮って、プルートがクエストの受託用紙を渡す。
「はいはい、ご苦労様。終わったらストラヘイムで人気の特製のお菓子を用意しているからね」
用紙を受け取り、ウインクをすると、御婦人は手招きをしつつも、屋敷の中に入っていく。
こうして、ミア達の初めてのクエストが開始されたのである。
「エイトちゃん、できたぁ?」
テレサが、まるでぬいぐるみでも持つかのように木製のベッドを担ぎ、肩越しに振り返ると、エイトに問いかけた。
「う、うん、どうにか……」
額に玉のような汗を張り付かせ、タンスを持ち上げながらもエイトは大きく頷く。比較的大きなタンスだ。無論、通常人の筋力で持ち上げることなどできない。エイトが今発動しているのは、つい先日、教わったばかりの【肉体強化】の魔法。驚くべきことに、エイトは、たった一日で、この魔法を発動することができるようになっていた。
確かに、先生から各自渡された魔力操作練習用の魔法の鞄で昨晩ずっと練習はしていたようだが、まったく魔法に触れたこともない人間がおいそれと発動できるほど魔法の世界は甘くはない。先生も驚いていたし、いわゆるエイトは、魔法における「天才」という奴なのかもしれない。
もっとも、エイトにとって本日習った『魔力使用1、効果継続』はまだかなり難解らしく、まともに詠唱できていない。効果が切れそうになり次第、再び重ね掛けするという方法をとっているようだ。
「改めて思うけどよ。あの魔法の鞄による魔力操作の訓練ってマジで相当、重要だよな?」
いつの間にかミアの隣にいたプルートが、独り言のように呟く。
「ミアもそう思うの」
同感だ。もちろん、【火球】等の基本的な魔法の改良ならば、十分な鍛錬があれば可能だろう。しかし、今のエイトがそうであるように、仮に革新的な新魔法の魔法語を知っても、緻密な魔力操作がなければ、効果を付与できない。これでは、確かに魔法だけいくら習っても意味はない。シラベ先生の魔法の授業が異常に短いのもその表れなのかもしれない。
「君達、ホント、凄いねぇ!」
屋敷の主人と思しき恰幅の良い紳士が、ミア達に感嘆の声を上げてきた。
「おっちゃん、これで最後だぜ!」
プルートが、指定されたテーブルを引っ越し先の新築の居間におくと、いつになく弾んだ声色でそう報告する。
「ご苦労様。君達、それが終わったら少し、お茶にしよう」
「おう!」
「うんなの!」
「はーい!」
「うん!」
「御馳走になります」
三者三様の返答をし頷くと、ミア達は最後の仕事へと取り掛かった。
「美味しいっ!」
「うん、頬が蕩けそうなのっ!!」
大きな屋敷の居間に静置するテーブルの上に出されたお菓子を夢中で口の中に入れる。
黄色のふわふわした生地の上に、ハチミツと黄色の液体がたっぷりと乗っている。ご婦人が切ってくれたブロックを口に入れると、蕩けそうな甘露な味わいが口いっぱいに広がった。
「そうだろう、そうだろう。何せこれはストラヘイム一の菓子屋――【モンブラン】の人気商品――ホットケーキだからね」
ホットケーキか。今まで聞いたことがない名前の菓子だ。
皆幸せそうに、顔を緩めるなか、
「ホットケーキ……」
エイトだけが神妙な顔で、一言も口にせずに菓子を凝視していた。
「どうしたんだい? 食べないのかい?」
屋敷の主人が心配そうにエイトの顔を覗き込みながらも、尋ねる。
「いらないなら俺が食ってやろうか?」
エイトの隣のプルートが、フォークをプラプラさせつつもそう呟くと、
「た、食べますっ!!」
慌ててホットケーキを口に入れるエイト。そして――。
「おいしい……です」
ただ噛みしめるように呟くと、エイトはホットケーキを食べ始めた。
「【モンブラン】を経営しているのは、シラベ先生ですね?」
皿のホットケーキが空になると、エイトは運命と取り組むかのような神妙な顔で屋敷の主人に尋ねた。
「何言ってんのさ。いくらあの人が非常識でも、仮にも魔導学院の教授が商人なんて――」
クリフは肩を竦めて、エイトの疑問を否定しようとするが、
「そうだよ。菓子屋――モンブランの経営者は、サガミ商会のシラベ・サガミ氏さ」
あっさり、肯定される。
「……」
言葉も出ないミア達一同とは対照的に、
「そうですか。やはり、あの人が……」
エイトは納得するかのように数回頷いた。
「シラベ先生がこの菓子を作った? ただ者じゃねぇとは思っていたが、あの人、本当色々やってんだな」
「なんだ、先生ということは、君ら彼のお弟子さんかい?」
「ああ、先生のこと、おっさん、知ってるのか?」
「プルート! 失礼だよ!」
クリフに咎められ、
「す、すまねぇ」
肩を小さくして項垂れる。
「もちろん、知っているさ。というか、このストラヘイムの商人で彼を知らぬものなどいない。世界経済を動かしている大物だしね」
「……」
誰も口開かない中、屋敷の主人は得々と先生の説明を始める。
「手押しポンプに、時計、ガラスなど様々な発明をし、独自の武力も保有する。なんでも、数か月前のあのアンデッド事件では、多大な功績を上げて、爵位が授与されたとか」
大分、誇張もあるんだろうが、凡そ同じ人とは思えぬ所業だ。
「これもあのサガミ商会の開発した飲み物の一つだよ」
唖然とするミア達に、御婦人が黒色の飲み物の入ったカップを差し出してくる。
「っ!」
黒色の液体を飲んでみて、思わずカップから口を離す。
「ははっ! 子供には少し苦すぎたな。でも、それがねぇ病みつきになるんだよ」
「いえ、わかります」
エイトが口に含み、しみじみと答えた。
「彼が教師とは、君達は運がいい。そのことを十分に噛みしめておきなさい」
「ほらほら、あなたも若い人にそんな堅苦しいことばかり言ってないで」
「そうだったな。やれやれ、歳はとるもんじゃないな」
頭をカリカリと掻くご主人。
「まだまだあるからね。たんとおあがり」
ご婦人が奥から持ってきた追加のホットケーキの皿をテーブルにおき、ミア達も食事を再開した。
いつも読んでくださってありがとうございます!
本作品――身体は児童、中身はおっさんの成り上がり冒険記の書籍の発売まで4日に迫りました。5もう少しです。
Amazonですでに予約受付中です。ご検討いただければ滅茶苦茶嬉しいです!




