第8話 課題開始
Gクラスに与えられた敷地は実のところ、結構な広さだ。一応、場所は提供したぞという奴らの意図が透けて見える。
今、魔導騎士学院で最も基礎的な魔法とされる【風刃】を題材に、教授しているところだ。まずは最も慣れ親しんでいる魔法を自在に使用できるようにならなければ、新魔法など夢のまた夢だ。
「マジで前途多難だな……」
悪い意味でも、概ね予想を裏切らない状況となっていた。
テレサは何度も詠唱を行っているが、最も基礎的な魔力制御が無茶苦茶だ。あれではいくらやっても魔法は発動し得まい。
クリフにおいては魔力制御自体はできているが、魔法語に込める必要魔力量に足りていない。おそらく、暴発の恐怖から無意識に注ぐ魔力をセーブしてしまっているのだろう。
対して仏頂面で、斧により大木を打ち付けているプルート少年。見かけと相反し、虚弱体質であるプルートがこのような肉体労働を行うなど、非効率に過ぎる。
最後のミアは――。
「【風刃】!」
「うおっ!!?」
風の刃がプルートの顔面スレスレを通りすぎ、大木を薙ぎ払う。
切断され落下してくる樹々を躱し、涙目になりつつも、
「おい、殺す気かっ!?」
ミアに批難の声を上げる。
「やっぱり、駄目なの……」
シュンと気落ちした表情で右手を眺めるミアに、
「ざけんな! もう少しで真っ二つになる所だったぞ!!」
プルートはミアに畳みかけるが、
「君もぼさっとしているのも悪いんじゃないのかな」
クリフが皮肉を口にする。
「あっ!? ざけんな! 今の状況見てどの口がほざきやがる!!」
「君、平民の分際で生意気だよ。口の利き方に気を付けろ!」
遂に睨み合い、そして罵声の浴びせ合いにまで発展してしまう。
対して元凶のミアは魔法の制御が上手くいかないことにショックを受けて、大木によりかかり、ションボリしてしまう。
テレサにおいては、地面に咲く花を摘んで、花飾りを作り始めていた。
(ここは学級崩壊した小学校かねっ!!)
内心でそんな絶叫を上げつつも、頭を抱えた。
第一の課題をクリアするのに必要なのは、三種類の新しい中位の魔法の獲得。【風刃】でつまずいているようでは論外なのである。
ジークから渡された資料からも、彼らは日々の努力ができる人物であることが伺われるし、クリアするだけの才能もある。魔法の修行にも日々、真剣に取り組んでいるとは思う。
なのにこうもグダグダなのは、彼らの心の中でどこか自分に甘えがあるから。
悲観的になり思考停止を起こすことはもちろん、喧嘩したり、遊び始めるなど言語道断だ。
「やめた」
そうであるなら、やり方を軌道修正する必要がある。そのたるみきった負け犬根性ではどの道、私の課題にはついてこれない。早々に命を落とすのは目に見えている。
「スパイ、いるか?」
「御身の傍に」
顔まで黒布で隠した黒装束の男が私の傍に跪いていた。
「はいはい、注目!!」
私は両手を叩き、全員の視線を無理やり私に向けさせる。
「今からこの男と戦ってもらう。勝利条件はない。生きていろ。それだけだ」
「はあ? 何言ってやがるっ!?」
案の定、眉を顰めて高圧的に反論を口にするプルートに、
「そうだよ! Gクラスの担任なんだ。君もどうせ、この学院からの排除対象なんだろ? なら黙ってなよ。僕自身で合格を勝ち取って見せる!!」
威勢は良いが根拠が皆無の言葉で自身を鼓舞するクリフ。
私は生徒達に視線を向けもせず、スパイに近づくと、
(あの四人にとびっきり恐怖を与えろ。ただし、傷つけることは厳禁だ)
スパイは顎に手を当てて考え込んでいたが、
(あのもの達に恐怖を与え、五体満足であればよいのですね?)
五体満足。まあその通りだな。スパイはできる男だ。任せて大丈夫だろう。
(うむ。頼むよ。私は次の仕込みに少し席を外す)
(御意!!)
頭を垂れるスパイを尻目に私はストラヘイムのサガミ商館一階へと転移した。
◇◆◇◆◇◆
Gクラスの敷地へ戻ると、真っ青に血の気の引いた顔の四人の子供達。
全員が先ほどまでの威勢は完璧に消失していた。
クリフは蹲り頭を抱えて、¨ごめんなさい。ごめんなさい。もう逆らいません! だからもう蜘蛛は嫌ですっ!!¨と呟き、プルートは、無言で自身の身体を抱きしめ震えるのみ。
テレサは、樹木に向かって¨ふふ、そこの蜘蛛さん、毛むくじゃらでいい足してますねぇ¨などと乾いた笑い声を上げている。
ミアに関しては、泡を吹いて完璧に気絶していた。
ふむ。立ち上がりとしてはばっちりの仕上がりだな。
「整列!!」
私が声を張り上げるが、反応一つしない。うむ、私としたことが、恐怖が足らなかったか。
何事も始まりが肝心。まずは、逆らう気が起きないほど、魂の底から恐怖を与える必要があるのである。
「スパイ君、どうやら、君の教育が足りなかったようだ。私は席を外すので頼むよ」
「御意!」
スパイが一歩踏み出すと、クリフとプルートはまるでバネ仕掛けのように立ち上がると、私の前に背筋をピンと伸ばして立つ。
対して、テレサはミアの元まで行くと、
「ミアちゃん、起きないとまたあの子達が迫ってくるよ。いっぱい、いっぱい迫ってくるよ!」
意味わからぬ発言をしつつ、ミアの両肩をグラグラと揺らすと、パチッと目を開けて立ち上がり、血相を変えて参列する。慌ててミアに遅れんとテレサも列に加わろうとした。
「うむ、揃ったようだな」
最後のテレサが並んだのを確認し、私は満足そうに頷いた。
『ほんま、マスター、えげつないで』
そして呆れ切ったムラの言葉を聞き流し、私は各人に指示を出すことにした。
ともかく、早急に下位の魔法を自在に扱えるようになることがひとまずの出発点だ。今のプルート達では此度の課題すらもクリア不可能。このまま次に進めば、十中八九、死亡するしな。
まずはテレサからか。魔力制御を学ばなければお話にもならない。丁度良い魔法具がある。
アイテムボックスから鞄を取り出し、テレサの前に置く。
「これは何!?」
スパイが姿を消して安心したのか、先ほどまでの強烈な不安を微塵も見せずに、テレサは目を輝かせて鞄を手に取ると精査し始めた。
(恐ろしく切り替えの早い娘だ)
『ほんまになぁ、儂も見習いたいわ』
今回ばかりは、ムラに同意見だ。こうもあっけんからんな様子から察するに、テレサには私達の常道の教育方法は効果が薄いかもしれん。
「それらは魔法の鞄だ。調整しろ」
これは、【動く貯蔵庫教育Ver】。商会員の物流の便宜のため、ジレスからサンプルとして魔法の鞄を仕入れた上、技術部に調査させていたのだが、そのいくつかを魔法教育目的で永久工房により改良を加えたものだ。先ほど【リバイスファミリー】が営む託児所から借りてきたのである。
魔法の鞄と比較し、最大50倍もの容量があり、イージー、スタンダード、ハード、プロフェッショナル、ゴッズの5段階の調整ができる。ハードをクリアすると以後の調整は不要となるが、調整自体はでき、ゴッズモードをクリアすると、鞄は黄金に輝き、鞄の中にクリア賞品が出現する。そんなシステム。
一定の順序で適する魔力を籠めれば鞄の色が変わり、音声で次の魔力量を指導するというナビゲーション付き。ゲームのような方式となっているから、集中力のない幼い児童にもできる親切設定。
つまりだ。これは幼い児童用の魔力制御能力獲得のためのアイテムってわけ。
「えー!! テレサ、調整は苦手だよ!」
口を尖らせて反論を口にするテレサ。まったく、先ほどあれほど怯えていたのと同じ少女だとは思えん。言い換えれば、彼女の思考の先が読めないということ。私が最も苦手とするタイプだ。
「知っているさ。苦手というよりできないんだろう?」
「……うん」
悔しそうに下唇を噛みしめつつも小さく頷く。
「その魔法の鞄のナビに従い色を染めて見せろ」
「だから――」
再度、口を開こうとするテレサの抱える魔法の鞄から、
『さあ、皆、まずは魔力2を鞄に籠めてねぇ。できるかなぁ♬』
聞こえてくる甘ったるい女性の声。
「ふへっ!?」
テレサはキョロキョロと周囲を見渡し鞄から声が出ていると知り、歓喜一杯の顔で子犬がじゃれるように無邪気に鞄と戯れ始めた。
当面、テレサはこれでいい。
「さて、次は――」
異母兄――クリフに視線を向けると、ビクッと身体を硬直させる。
今までの経緯からもリンダ同様、私はこの子供に良い印象は微塵も持っていない。
確かに、クリフは傲慢で、浅慮で、世界を知らない。義母やリンダと共に、使用人達を虐めていたことについては不快以外の感情を覚えない。
だが、それだけなのだ。義母やズークのように人の領分を踏み越えた罪を犯したことはない。まだ17歳という年齢も鑑みれば、まだ戻れる……はずだ。
教育一つで人がどれほど変わるのかは、何よりこの私が一番知っている。まだ見放すには早すぎる。そんな気がするのだ。
それにミラード家にはセバスチャンやダム達がいる。次期当主であるクリフの改心(洗脳)に成功すれば事は万事上手く運ぶ。うん。何とも良い考えではないか!
「クラマ!」
ちょび髭を生やした鷹の様に鋭い眼の男が姿を現し、
「我が至高の主よ。お呼びいただき恐悦至極にございます」
右手を胸に置くと恭しく頭を下げる。
「すまないが、そこの子供と遊んでやって欲しい」
クラマはクリフに視線を固定し、目をスーと細め、
「手荒になってもよろしいですかな?」
「ああ、構わんよ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! なぜ僕が!? 第一、彼女と扱いがあまりに違い過ぎるでしょ!!」
母犬から引き離された子犬のようにいつになく懸命な救助の視線を投げかけてくるクリフににっこりと微笑み、
「連れていけ!!」
断罪の言葉を紡ぐ。
ふふ、悪いな。異母兄殿。テレサと違い君に一切の遠慮などないのだよ。君には立派にミラード領の人柱となってもらおう。
「い、嫌だぁ!!」
無様で情けない悲鳴を上げつつも、悪逆に顔を歪めたクラマに後ろ襟首を掴まれ、クリフは森の中へと引きずられていく。文字通り死ぬ思いすれば、暴発の恐怖など吹き飛んでいることだろう。
『悪魔や……南無』
そして心底、ドン引きしたようなムラの声が私の頭の中に反響したのだった。
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