第11話 腐りきった旧態依然
さて、トート村に向かうとする。
自室の部屋にサテラとジュド兄妹を呼び寄せる。
サテラも連れていくのは、この子は下手に置いていくと、きっと、勝手に出歩き、逆に危険だから。
「サテラは、絶対にフードを脱いでは駄目だ。君を連れていく条件がそれ。いいね?」
「はーいっ!」
元気よく右手を挙げるサテラに苦笑しつつも、私達が襲われた場所まで一斉に転移する。
驚愕の表情で、キョロキョロと周囲を窺うサテラとジュド兄妹。
(ほら、ぼさっとしない。早く案内したまえ!)
小声で、促し、私達は森へと入っていく。
「あの……さっきのは?」
「うん?」
「ここまで移動した」
「ああ、あれは、僕の転移の能力だよ」
ジュドが躊躇いがちに尋ねてくるので、そう答える。
「転移……」
聞くところによると、この獣道を進めば、約一日かそこらで、トート村へとつくらしい。
別にそこまで緊急性があるわけではない。夜が更けたら、ストラヘイムへ戻り、宿で一泊してから、また行進することにする。
半日後、夜が更けたので、ストラヘイムの宿に戻り、次の日また、森を突き進む。
やっとのことで、トートの村へついた。
「これはひどいな……」
目の前に広がる惨状に思わず、そんな感想が漏れる。
ここを見分しに来た義母の部下もよくもまあ恥ずかしげもなく、税を免除しないといえたもんだ。ある意味、その外道っぷりには感動すら覚える。
田畑は焼けただれ、夥しい量の血痕。焼失した建物さえも散在している。
これでは、相当な数が死んだな。
「まずは、怪我人の治療からだ。案内しろ」
「はいっ!!」
ジュドはぼんやりとこの惨状を眺めていたが、弾かれたように先導していく。
そこは掘立小屋のような場所だった。
室内に入った時点で、膿の独特な匂いが嗅覚を刺激する。見なくてもわかる。きっと肉は腐っているな。少々、事態を甘く見過ぎていたかもしれない。
「小僧、誰じゃ! ここは遊び場ではないぞ! 早くここから立ち去れっ!!」
白髪の老人が、私を見ると怒髪天を衝く勢いで怒鳴ってくる。
「治せる人を連れてきたんだ」
「治せる人じゃと!? こんな子供に何ができるっ!!? 早く出て行かんか!」
「傷の程度を見させてもらうぞ」
老人には目もくれず、私は膝を付くと、近くの患者の精査を開始する。
「こら、勝手に触れるなっ!!」
すごい剣幕で、肩を掴まれる。
「気が散るから、その爺さんを外に連れていけ。邪魔だ」
ジュドは頷くと、今も喚き声を上げる爺さんを引きずっていく。
傷口は膿が溜まっており、案の定、多量の蛆がわいていた。
「可視粘膜蒼白……脱水、呼吸促拍、くそ!」
黄疸もでているし、おそらく、敗血症、多臓器不全も起こしかかっている。いつ死んでもおかしくない。こんなのは治療ではない。ただの病人の収容所だ。
「胸糞の悪い!」
落ち着け! 私らしくない。この蛆のいる状態で魔法を使えばどうなるか予想が付かない。蛆がいる状態で修復されたら、意味はないのだ。
やはり、セオリー通り、蠅蛆症の第一選択――傷口の蛆を摘出し洗浄するしかない。その上で魔法を使い癒す。だが、魔法で敗血症まで治癒できるのか?
いや、今は考えるのは後だ。どの道、治療するしかない。
アイテムボックスから、調理用の鉄の窯を取り出し、下位魔法――水弾を操作し、水を入れる。
まさか、先日、料理の店舗のため買い込んで置いた調理器具がこんなところで役に立つとは思いもしなかった。
無数の蛆が蠢く様を血の気の引いた顔で見降ろしているカルラとサテラ。
「綺麗な布をありったけ持ってこいっ!!」
二人は私の声が聞こえているのかいないのか、茫然と身体カタカタと震わせているだけ。
「早くしろっ!!!」
怒鳴りつけるとようやく二人は、泣きながらも、ヨロヨロと動き出す。
「今、山神様に清めていただいている最中じゃ! 早く離れよっ!」
白と赤の服の司祭風の老婆が、先ほどの老人とともに姿を現し、そんな頓珍漢な言葉を吐き出した。
「そうじゃ、よそ者の小僧は直ぐに失せよっ!」
老人共は、次々に部屋に入ってくると、好き勝手放題、罵声を浴びせてくる。
これはある意味、末期的だ。泣けてくるほど救えない。
「ジュド、この者達を助けたければ、この大馬鹿共を叩き出せ!」
「わかりました。すいません大ババ様出て行ってもらいます。皆、頼む!」
ジュドの指示により、若い者達が騒々しく喚く老人達を強制的に外へと連れ出す。
「その窯の水を沸かして、そこに木の櫛と布を入れろ!」
あまり意味はないが、消毒もしないよりはましだ。
水弾の水圧を低く、そして、水を線のように細くし、傷口に浴びせる。
ズルッと、多量の蛆が流されて、傷口からでてくる。よしこれなら――。
水で蛆を洗い流し、そして木の櫛で奥に潜む蛆を取り出し、念入りに水で洗う。これをひたすら繰り返し、ようやく全ての蛆を摘出し終わったところで、右手の掌を患者に当てると、【中位回復】を詠唱する。
傷口の三分の一が癒える。もう二度使用すると、九割方が回復した。感覚的には、結構な魔力を消費する。現在、傷は軽度、これなら、蜂蜜をつけて、綺麗な布にでも巻いておけば、治るだろう。
「すげえ……」
ジュド達の茫然とした声。
「何、ぼさっとしている! 熱湯に入れておいた布はもう冷えているか!?」
「は、はい!」
「ならば、良く手を洗ったうえで、そこの蜂蜜を患部に塗って、水をよく絞った布を巻いておけ! 次いくぞ。押さえてろ!」
「はい!!」
……
…………
………………
三五人目の最後の患者の治療が終わり、私は地面に腰を下ろす。正直、もうフラフラだ。頭がガンガンするのは、おそらく、魔力欠乏症からだろう。気を抜くと気絶するかもしれない。
この村の老人達の気狂いっぷりからすれば、ここは敵地に等しい。気絶するのは自殺行為だ。
しかし、私にはまだやることはある。
「グレイ様、大丈夫?」
サテラが、心配そうに顔色を伺ってくる。
「ああ」
立ち上がると、
「大将!」
頬を涙で濡らしながらも駆けてくるジュド達。
「患者の状態は?」
「皆、顔色がよくなって、呼吸も落ち着いているよ!」
カルラの涙声の言葉に、軽く頷き、アイテムボックスから、仕入れた米――リーソと肉や山菜を取り出し、床に置く。
リーソ(米)は、今朝、ジレスとの取引で購入したものだ。仕入れていてくれたらしい。
「かなり衰弱しているから、栄養価の高いものを食べさせる必要がある。それらを鍋で茹でて食べさせろ。ただし、少しずつ、ゆっくりだ」
床に置く。そろそろ限界だ。宿に戻ろう。
「サテラ、一旦宿に戻るよ」
「はいっ!」
私の身体に飛びつくサテラを視界に入れ、転移しようとするが、鍬や剣を持つ数十人の村人達に取り囲まれていた。
「何の真似だ?」
「その者は悪魔の化身! 逃がせば村に災いが起こるぞ!」
司祭風の老婆が、両目を狂気に血走らせながらも人混みから出てくる。
よくわかった。この村が不幸なのは、こんなクズのような奴らがいるからだ。
「悪魔の化身ね。そうやって、自己に反する立場の者を排除してきたのか? 老婆よ、お前のやったことは、傷ついたものに対する最悪ともいえる拷問だ」
「嘘を吐くなっ!!」
「騙されないぞ、悪魔めっ!!」
私達のやり取りに、顔を見合わせる村人達。一応武器を持っているが、誰もが私達に向けていない。声高らかに私への罵声を口にしているのは、あの爺さん達だけだ。
「皆もあの血色の良い顔見ただろう!? 膿の匂いも消えている! 全部、この人が、治してくれたんだ!」
ジュドが説得しようとするが――。
「黙れ! この罰当たり者が! 貴様が呼び寄せた悪魔により、あの者達は穢れてしまった。きっと、山神様がお怒りになる。あーあ、大変じゃ、大変じゃ、皆の者、早くそこの悪魔を殺せっ!」
ヒステリックな声を上げ、私を指さす老婆。
ここまで腹が立ったのは、そうはない。この者は下手な盗賊共よりもずっと、質が悪い。
「そうじゃ、殺すんじゃ!」
「大ババ様の命じゃぞ!」
次々に、周りに指示を飛ばす老人共。
「邪法を受けた者は清め直さねばならぬ。直ちに隔離せよ!」
まずいな。まだ、治りきったわけではないし、皆ガリガリであり、栄養状態が最悪だった。傷を負ってから何も食べさせていなかったのだろう。また、放置されれば、今度こそ確実に死ぬ。
さて、どうするか。この最悪の状態でも、この程度の者達なら瞬殺できるだろうが、手加減は一切できそうもない。強制されているものまで殺しては本末転倒だし、サテラを危険に晒すわけにもいかない。一時、ストラヘイムの宿の自室へ転移するほかないか。
老婆は、勝ち誇ったように、右手に握る杖を私に向けるが、誰も俯くだけでピクリとも動こうとしない。どうやら、村人全てが狂っているわけではなさそうだ。
「何をしておる。早く殺さんかっ!」
老人の一人が激高するが、
「ふざけんなぁぁっ!!!」
雷鳴のような女性の咆哮に遮られる。その女性は、ジュド達の仲間ではなく、武器を持ち、私達を取り囲んでいる側にいた。
「あんたは、清めるって言って、祈ることしかしなかったじゃないっ! 私のお兄ちゃんは、どんどん弱っていって、三日前死んじゃったわ!」
「何をいう! 穢れた肉体は滅びるが、その魂は、山神様の治める天上の国へと昇華される。それは羨むべきことなのじゃ!」
「そうじゃ! 死を誇れぬとは罰当たりめがっ!!」
青筋を立てて、狂ったよう喚き散らす老婆と、その取り巻きの老人たち。
この手のクズの理論は、どこの世界、どの時代も同じだな。
「ふん、そんなに羨むならお前達も、その天上の国とやらに、是非訪れてみたらどうだ? 力は貸すぞ。清く正しいお前達ならば、きっと、天上の国とやらでも上手くやっていくことができるだろうさ」
「ま、惑わされるな、同胞達よ! これは、この悪魔の甘言じゃ!」
村人達を盾にし、私から距離を取るべく後退する老人達。
「殺せ! その悪魔を殺せ!」
悪魔、殺せ、コールが、老人達から巻き起こる。
「確かにその人の言うことも一理ある。ゴブリンの襲撃を受けたとき、年寄会の連中はどこにいた? 後ろから偉そうに、命令していただけじゃねぇか! なぜ、そんな奴が命懸けで戦い傷ついた者達を清められんだ?」
「ええ、こいつらは、私達の村のため何もしてこなかった。ただ、私達に山神様のために死ねと命令してきただけ。私知ってるのよ。あんたら、ライ麦、かなりの量貯め込んでるでしょ?」
「はあ? それホントかよ?」
「本当よ。だって、私、兄ちゃんのための祈祷の費用のために、そいつの倉庫に、山でとれた山菜を運んだことある。そのとき、山の様なライ麦が収められていた」
「おいおい、それって洒落になんねぇぜ。この村のどこにそんな余裕があるんだよ!?」
憤怒の声が断続的に上がる中、
「なあ、領主様に直談判しに行ったとき、帝都から来ているはずの役人がなぜか既に帰った後だったんだ。あれっておかしくね?」
坊主頭の男性がボソッと疑問を口にする。
「そんなことはどうでもいい! 早くその悪魔を殺せ!」
老婆の顔からは血の気が引いており、滝のような汗が流れている。私にも事の顛末が見えてきた。
そんなとき、恐る恐る右手を挙げる中年男性。
「悪い、怖くて今まで言えなかったんだけど、俺、真夜中にトイレに起きたとき見ちまったんだ。大ババ様の家の中に、目つきの悪い剣士風の男が入っていくのを」
「おい、目つきの悪い剣士っていえば……」
「ああ、奥様が帝都から連れてきた剣士様だ」
目つきの悪い剣士とは、義母が帝都から連れてきた傭兵で、奴に気に入られているのをいいことに、使用人達に暴力を振るう下種野郎だ。
「くそがぁ!!」
怒気が形を成したらこんな感じなのだろう。一瞬にして、目の据わった村人達に、逆に取り囲まれる老婆達。
「そういや、直談判の日をお役人様滞在の最終日にこだわったのはあんた達、年寄会だったわよね?」
兄を見殺しにされた女性が、武器を振り上げ、年寄会とやらに迫る。
「そこまでじゃ」
背後から聞こえる制止の声。
肩越しに振り返ると、仙人のような小柄な翁と、目を見開く白髪の執事服を着た男が視界に入る。
「「「「名主様!!」」」」
「グレイ様!」
「はは……マジか」
事態は最悪を爆走していることを、確信しながら私の意識は闇の中に沈んでいく。
瞼を開けると、私を抱き枕にして眠るメイドのお子様。
そして、囲炉裏を囲みながら、名主とセバスチャンがいた。
「僕は、何時間眠ってた?」
「あれから、約五時間ほどです」
マインドゼロでぶっ倒れたのは初めてだ。五時間で意識を取り戻すものらしい。いい経験になったかも。なんて、現実逃避している場合でもないか。
「どこまで聞いた?」
「村人達から粗方は」
「父に言うの?」
だとすれば、今すぐこの領地を離れる必要がある。ジュド達を途中で放り投げるのは、不本意だが、これも運命だ。仕方ない。最悪、他国への亡命も考えて行動すべきだろう。
「言いませんよ。ところで、坊ちゃん、治癒の魔法を使ったのは本当ですか?」
今更、魔法の行使を秘密にしておく必要もない。ここに私がいる時点で、既に転移系の能力があるのは察知されていると解すべきかもしれない。
「本当だ」
「ああ! 聖人様!」
突如、拝みだす名主に、大きく息を吐くセバスチャン。
「説明を求めるよ」
「やはり、お知りにならなかった。治癒魔法を使用できるのは、我が帝国では、三人だけ。勇者様、聖女様、賢者様です」
「僕は邪悪な悪魔らしいけど?」
「皮肉を仰いますな。仮にも当主のご子息を殺そうとしたのです。あの者達は、こちらで処分いたします」
怖いなぁ。セバスチャン、掃除屋でもあったわけね。まあ、そんな気はしてたけど。素人にしては凄みがあり過ぎだし。
「あれらは、僕の殺人未遂以外に何をしていた?」
「奥様のスパイですよ。かなりの金銭を得ていたようですね。加えて、奥様の命で、食い扶持を減らすため、祈祷と称し、病人を一か所に集めていたらしいです」
怪我をして、労働力として使えなくなると即殺処分。端から、怪我人は一人も生かすつもりはなかったわけだ。あの義母、死んだ方がいい。心の底からそう思う。
「ところで、僕を崇めるのはやめてください。正直、あまりいい気分はしません」
未だに私に手を合わせ拝む名主に、眉を顰める。こういう迷信深い精神を下種に逆手に取られた。この者達はなぜ、その事実から学ばないのだろう。
「申し訳ありません。聖人様」
まったくわかっていなさそうだが、八つ当たりをするのは趣味じゃないし、義母と同レベルになったかのようで、著しく不快だ。
「で、セバスチャンは僕をどうしたいの? 僕は、あんな女の傀儡にすぎない父を支える気はこれっぽっちもないよ。無論、クリフも同じ」
「理解しています。貴方は誰かの下につくような方ではない」
「僕の行為を黙認するってこと?」
「はい。ご自由になさいませ」
セバスチャンの表情からは偽りか否かは読み取れないが、少なくとも敵意のようなものは感じられない。まっ、あくまで今の時点での話だろうけど。
「患者達は? 食事は口にした?」
私のその疑問に目を細めると、
「御心配いりません。皆ちゃんと食べました。峠は越えたかと」
そう断言する。
「そう。もう少し寝ていいかい?」
ここで、宿屋に転移すれば、サテラを起すしさ。
「ええ、ご随意に」
「セバスチャン、患者の看病……頼む……」
今度こそ私の意識は暗い闇へと沈んでいく。
お読みいただきありがとうございます。