第4話 魔導騎士学院臨時理事会 ジークフリード・グランブル
「今から、グレイ・イネス・ナヴァロ卿の教授罷免についての協議を開始します」
進行役を押し付けられた哀れな黒髪の青年が深いため息を吐きつつも、議題を提示する。
「グレイなるものは、下級貴族出身、しかも一三歳の小童に過ぎん。しかも、彼奴は、受験生の分際で教官の真似事をしたのだ。それが原因で教授会では彼奴の不合格が決定していたはず。それをジーク、貴様が他の教授達を謀り、よりにもよって彼奴の教授の承認をしたのだ。恥を知れぃ!!」
教頭が席を勢いよく立ち上がり、唾をまき散らしながら喚き出す。新たに挿げ替えられた半数の教授達からグレイに対する侮蔑の言葉が飛ぶ。
(あ奴め、ここまでやるか)
あの御前会議の後、皇帝ゲオルグにグレイの教授就任につき承認を求めてから、通常ではあり得ないことの連続だった。
急な魔導騎士学院の臨時理事会の開催、そして約半数の教授が辞任の意を示し、それらが承認されてしまう。
ここで教授の地位を失わせる方法は、理事会と教授会の二つの方法がある。
理事会で罷免するには本人の同意が不可欠であり、例え理事であったとしても自由に罷免などできない。
教授会での罷免は本人の同意は不要だが、その代わり教授達の八割が教授に相応しくない特段の事由の存在を決議する必要がある。
このように、魔導騎士学院の教授に就任することは当然のこと、辞任するにも多大な労力がかかるのだ。現に辞任は数えるほどしかなく、あっても一身上の都合ばかりだ。
それが一度に半数が辞任するなど前代未聞。というかあの濃い教授達が大金を積まれた程度で従うものか。これは本来起こり得るはずがないことなのだ。そう、あの狂信者の関与がなければ絶対に!
(おそらく、内務卿から伝わったのじゃろうな)
ジークが皇帝ゲオルグに承認を申請したのは、御前会議の後。あの狂信者は一足先にあの場から退出していたはず。とすると、親友の内務卿からグレイの教授の承認の事実を耳にし、より効率的に事態を利用しようとしたのだろう。
(破滅へ向かって泳がされているとも知らず、哀れなもんじゃて)
あの狂信者の目的はグレイという怪物にこの帝国の舵取りをさせること。そのためなら、元の同胞だろうと、仕えるべき上皇だろうと平気で犠牲にする。そんな狂気性が奴にはある。
要するにこの新しい教授達は、悪役として国家の礎になることを宿命付られた子羊というわけだ。
もっとも、そんな背景事情を知っているのは、あの御前会議の出席者のみ。他の残された半数の教授は知る由もない。
「御言葉ですが、教授の承認には、一定の功績と教授会の八割の承認が必要ですぅ。彼はいくつかの遺失魔法を蘇らせたという類まれなる功績がありますし、教授会も絶対数の八割が賛成しておりますぅ。教授の承認手続きは適正に為されているのですぅ」
「そうだな。教授会のグレイ卿の教授就任決議の適正性については、俺も証明するぜ」
戦闘魔法科の教授がレベッカに賛同し、元の半数の教授達も次々にグレイの教授承認につき賛成の意を示す。
「あの小僧の罷免は上皇陛下がお望みのこと。お主ら、上皇陛下の意に背くつもりか!?」
上皇の名を出せば、全てがまかり通る。その下らん慣習こそがこの国に巣食う早急に摘出すべき癌だ。
「教頭、貴方にもお分かりのはずだ。グレイ卿は一度教授会が承認した以上、罷免するには教授の八割が『教授に相応しくない特段の事由』の存在を決議する必要があります。今の時点では、到底満たしてはいません」
「奴はまだ子供で、しかも下級貴族出身なのだぞ!!」
「それらは、いずれも教授に相応しくない特段の事由には含まれませんよ」
「上皇陛下が――」
「この特段の事由はあくまで、教授になってから判明した資質に関する事項。まだ教授としての活動をしていないグレイ卿が満たすはずもない。例え上皇陛下が相応しくないとおっしゃっても同じことです」
法務科の教授が即座に教頭の言葉を遮り、至極全うな反論を口にする。
ぐぬぬと唸り声を上げる教頭に、騒々しく罵声を口にする新たに就任した教授達。まるで教頭が大量増殖したようで、鬱陶しいことこの上ない。
進行役を押し付けられた黒髪の青年――オスカー・ランズウィックが大きなため息を吐くと、
「このままでは平行線だと思います。要は、グレイ卿の教授としての資質が議論となっている様子。ならば、彼が担任した一年後の定期試験での生徒達の成績により判断してはいかがでしょう」
代替案を提示してくる。
別段、反対の声は起こらなかった。というか、それしか方法がないことくらいこの場の全員がわかっていることだ。
どの道、グレイは遺失魔法を復活させるようなバケモノだ。奴が教える生徒が一定の成績をとれぬはずもないし。
「ならば、奴にGクラスの担任をさせるべきじゃ」
「流石にそれはぁ……」
言葉に詰まるレベッカ。他の教授達も次々に否定の声を上げる。
ここで魔導騎士学院のクラスは実力順に、S、A、B、Cがあり、入学試験の成績によって各クラスに振り分けられる。
そして一年に一度の定期試験により合格した者のみが進級する。さらに、この試験で一定の成績を収めた者は一段上のクラスに上がり、不合格となったものは一段下のクラスへ下がる。こんなシステムとなっているのだ。
この点、最下位のCクラスに在籍し、二回連続で不合格になったものは、Gクラスという特別な矯正クラスへと入れられる。ここで基礎からやり直し、一年後の定期試験を受け合格すればCクラスへと昇格した上で進級し、不合格ならば強制放校となる。
Gクラスはこのように基礎固めを行うという名目ではあるが、実際に受けられる授業数は激減するし、何より他の生徒からの侮蔑の視線は、モチベーションを著しく低下させる。
現に自暴自棄になり途中で自主退学したり、諦めて鍛錬や学習を止めてしまう生徒がほとんどであり、実際に進級できたものは数えるほどしかいない。
よって、生徒達の間で、Gクラスは通称廃棄クラスと称され、ますます蔑まれるという悪循環に陥っているのだ。
「貴様らがあの小僧をそれほど優秀だと言うのだ。どのクラスでも別に構わんだろ」
したり顔で宣う教頭を視界にいれ、思わず殴りつけてやりたい衝動にかられる。
こいつらがここまでグレイの教授就任を拒む目的くらい容易に推測できる。
爵位は慣習上、魔導騎士学院の卒業資格が必要だが、あくまで慣習であるから、教授資格で代用できる。逆に言えば、魔導騎士学院の生徒でも教授でもない者は爵位が持てなくなるというわけだ。
これを根拠にグレイの爵位を否定し、門閥貴族共がラドルの地をそのマテリアルと共に収奪する。そんなところだろう。
だがあのグレイがそんなことを許すはずもない。仮にそれを強行すれば、グレイと門閥貴族共の間で戦争が起きる。勝者など考えるまでもなくグレイだろう。その事実こそが、軍務卿が目論む中央集権の手っ取り早い方法というわけだ。
どの道、クラスの編成など、細かな決定事項は教授会の過半数によって決せられる。過半数は奴らが取っている以上、ルールは奴らに握られているわけだ。
(これも狙っていたのか!)
軍務卿に壮絶に悪態をつきつつジークも最後の抵抗に打って出る。
……
…………
………………
「私が余計なことを口走ったせいで申し訳ありません」
会議の終了後、進行役を押し付けられた生活魔法研究科の教授――オスカー・ランズウィックがジーク達旧教授陣に頭を深く下げてきた。オスカー・ランズウィックの名前は最近頻繁に耳にする。確か、新種の生活魔法を開発した天才だったか。
このタイミングで教授に就任したのだ。ガチガチの上皇派かと思っていたのだが、この様子から察するに、断れず成り行きで仕方なくなっただけなのかもしれない。
「いや仕方のないことじゃ。気にするな」
とはいえ、ジーク達の完全敗北に近い内容だった。
教授会の決議でGクラスとされた生徒達を全員全校生徒中40番内に入らせなければならない。そんなこと、いくらグレイでも不可能だろう。
(だが、諦めるわけにはいかんのだ)
グレイは間違っても聖人君子ではない。必要であるなら、二度と立ち上がれぬよう徹底的に蹂躙する。その姿勢は先の王国軍との戦闘でも明らかだ。ここで目を瞑れば、祖国に無数の血が流れる。それだけは避けねばならない。
一歩踏み間違えれば内乱勃発。ここからは、針の穴を通すような慎重な行動が要求される。
できるできないではなく、やらねばならないのだ。これから高確率で起こる血みどろの未来の回避方法をジークは必死で模索し始める。
お読みいただきありがとうございます。
話が2話になっていたので修正しました。混乱させてしまい申し訳ありません。




