第62話 暗躍
そこは、冷たい石に四方を囲まれた薄暗い部屋の中。四人の仮面をつけた男女が、円卓に座している。
その部屋の中に新たに悪質なマスクで覆い、フードを頭からすっぽりかぶった男が姿を現す。男は頭の先から足の指先まで全て真っ黒なカラーで統一されており、闇と完璧に同化していた。
「皆様方、ご機嫌麗しゅうございます」
仰々しく、胸に右手を当てて会釈をする黒ローブの男。
「遅いぞ、貴様、この儂らを何時間待たせるつもりだっ!!」
和服を着こなす筋肉質の大男が、蟀谷に太い青筋を漲らせつつも、雷鳴のような声を上げる。
「これは失礼」
悪気など皆無な様子で、黒ローブの男は円卓の席につく。
その様子に、和服の男はさらに声を張り上げようとするが、
「時間も押している。諍いならあとにしたまえ」
白服の長い金色の髪を後ろで縛った一二、三歳ほどの少年の言葉に、和服の男はギリッと奥歯を噛みしめるが、大人しく両腕を組んで口を閉ざす。
「では定例会を始めよう。まずは進捗状況から。パンドラ」
「あいよぉー。今、愛しく可愛いあたしのシチカちゃんは馬糞臭い蛮族共をぶっ殺しまくってまーす」
露出度の大きい黒色の衣服をきた赤髪をボブカットにした女――パンドラが、弾むような声で報告する。
「はっ! その割に随分てこずっているようだが?」
鼻を鳴らす和服姿の大男に、
「仕方ないしょ。領土は広いし、シチカちゃん、元は日本の高校生の素人ちゃんだしぃ」
パンドラは頬を膨らませて、泣き言を口にする。
「平定にどのくらいかかりそう?」
「後、一年もあれば」
「我らが動けぬとは面倒なこと事この上ないな」
野性味のある顔中にピアスをした緑髪の青年が興味なさそうに呟く。
「仕方ないしょ。あたしたちがやっちゃ意味ないし。それにここで協議会に出張られても厄介だしねぇ」
パンドラは左手で頬杖を尽き、自らの赤髪を右の人差し指でクルクルと巻き上げつつも、ぼんやりとそう口にする。
「その件だけど、ゲートの接続ができなくなっているとの報告が上がってきている。原因は目下調査中だよ」
「「「「……」」」」
金髪の少年のこの言葉に一同から会話が消えた。
その重苦しい静寂は――、
「餓鬼共の仕業か?」
和服姿の大男の疑問の声により、遮られる。
「いや、奴らの目的は一貫して協議会。ゲートを壊すのはその目的に相反する。奴らではないさ」
「とすると、協議会?」
「はっ! 馬鹿馬鹿しい! あの偽善者共が己の管理下にない世界を許容するはずがなかろう!」
和服姿の大男が吐き捨てる。
「だとすると、誰がゲートの機能を停止したってんだ? あれは俺達クラスでもなきゃ、傷一つ付けられねぇぜ?」
緑髪の男の問に、
「僕はあえて協議会の関与を疑っている」
金髪の少年は言葉を切ると、真っ黒な石の天井を見上げ呟いた。
「ゲートの接続不能が罠ってわけぇ?」
「うん。この接続不良はおそらく一時的なもの。協議会のエージェントがこの世界に潜入済みなのはまず間違いないよ」
「舐めやがってっ!」
緑髪の青年が激高しつつも右拳をテーブルに叩きつけると、その上に置かれたグラスが倒され、中の真っ赤な飲み物がぶちまけられる。
「八つ当たり、やめてよぉ。服に染みがついたらどうしてくれるわけぇ?」
批難の声を上げるパンドラなど歯牙にもかけず、席を立ちあがる緑髪の青年。
「どこに行くつもりだい?」
金髪の少年の質問に、
「知れたこと。鼠共を探し出し、殺す」
緑髪の青年は端的に答える。
「無理だね。ゲートの破壊は大罪。こんなぶっ飛んだことをするんだ。この件には十中八九、グリードが絡んでいる」
「あの糞ピエロかっ!!」
その名を耳にした途端、全員が顔中を嫌悪で歪めつつも、次々に悪口雑言を吐き出す。
「仮に僕らについて奴が正確な情報を得ていたのなら、とっくの昔に戦争になっている。つまり――」
「まだまだ、協議会は確信までは持っていない。そういうわけですねぇ?」
黒ローブがさも愉快そうに喜色たっぷりの声色で金髪の少年に念を押す。
「目立った動きをしなければ、奴らは直ぐにこの世界から姿を消す。あの御方がこの世界で目的を遂げるまで、奴らとドンパチやるわけにはいかないんだ。当分の間は君達には大人しくしてもらうよ」
金髪の少年の命に、同席者達は沈黙でそれに応じた。
「それはそうと、青髭からの情報が途絶したわぁ。どうも、負けたみたいねぇ」
パンドラの報告に、
「はあ? 出鱈目抜かすな! あんな雑魚でもあの御方が直々に力を与えているんだ。それに青髭は、あの鬼も所持しているんだぞ! この世界の原始人共に負けるはずがねぇだろ!」
緑髪の青年は激高し、反論を口にする。
「そういわれても真実よぉ。現在情報が錯綜しているけど、山賢王とかいう子供がラドルの民を率いて、ラドア地域の王国遠征軍を壊滅。同時に、青髭の姿も消えたのぉ」
「協議会かっ!」
床に唾を吐く緑髪の男。
「その子供、確か、あの餓鬼共の遊びを退けた奴か?」
身を乗り出す和服姿の大男。
「だろうね。帝国は君の管轄だけど、そこのところどうなの?」
「グレイ・イネス・ナヴァロ男爵殿ですよ」
即答する黒ローブの男。その声には、たっぷりの狂喜と狂気が含有されていた。
「アストレア、詳しく教えてよ?」
「まだ収集した情報が不十分でありますし、もう少し待っていただきたいですねぇ」
嘘をつけ。それが満場一致で出された答えだった。アストレアは根っからのストーカー気質。興味を抱いた者の情報ならば、好み、癖はもちろん、全身の黒子の数まで探ろうとする超ド級の変態だ。知らぬはずがないのだ。
「まあいい。青髭からの鬼化のデータの引継ぎは?」
「今まで自動送信されてきた分は確保済みぃ」
金髪の少年は満足そうに頷くと、再度、アストレアに視線を向けると、
「アストレア、その子供の処理は君に任せるよ。早急な処理をお願いね」
命を下す。
黒ローブの男――アストレアは立ち上がると優雅に一礼し、
「あの御方の御心のままに」
その姿を消失させた。
「いいのか? あいつ、きっと悪い癖が出たぜ?」
緑髪の青年の言葉に、
「確かに受肉が為されなかったとはいえ、仮にも鬼界の鬼神が滅びたのだ。舐めてかかるべきではないな」
和服姿の大男が相槌を打つ。仮に、鬼神の受肉がなされていたら、この世界にとって魔王の襲来を超える最大級の災厄となる。この世界の住人に抗うすべなどないからだ。
「彼はあれでいいのさ。悲痛と絶望の中の死だろうと、安楽な死でも、どの道同じ死だ。結果は変わらないよ」
「まっ、あの変態、メッチャキモイけど、実力だけはあるしねぇ。別にいいんじゃないー。じゃあ、話も済んだようだし、私はシチカちゃんのところへ帰るわぁ。じゃ!」
パンドラの姿が煙のように消えてなくなる。
「勝手な奴らだ」
悪態をつきながら姿を消す和服姿の大男と
「けっ! 俺達に協調性など求めんじゃねぇっ!」
捨て台詞を最後に、部屋からその存在を消失させた緑髪の青年。
「さーて、グリード、今度は君の好きにはさせないよ」
そう呟く金髪の少年の瞳の奥には、強烈でそして深く暗い感情が蠢いていた。
お読みいただきありがとうございます。
これで二章は終了し、次回からは三章に突入です。この話は以後の事件の予告を兼ねた内容になっております。頭の片隅にでも入れておいていただければと。
投稿はストックがたまり次第、ペースを次第に上げていければなぁと思っています。
では、次回から三章、引き続きお読みいただければ幸いです。




