第10話 食事と調達
「これ、大将の作った料理の方が美味いですね」
長い黒髪を後ろで一本縛りにしたイケメン少年――ジュドが、肉を噛みしめながらも、しみじみとそんな有難迷惑な感想をいう。
「うん、あたいもそう思う!」
前の顔の半分を隠れるほど長いシンメトリーにした黒髪の少女――カルラも、兄の言葉に相槌を打った。
うーむ、さっきから一々私の料理と比較するから、店員の目が怖いんだが。
「郷に入っては郷に従え」
「どういう意味?」
キョトンとした顔で、尋ねるサテラ?
「違う土地に入ったならば、そこでの習慣ややり方に従うのが賢い生き方である。そんな意味だ。今は、ここの料理を楽しみなさい」
「了解!」
「はーい」
食べると、サテラは、遂に、私の肩に頭をのせて寝てしまった。
「早くて明日、遅くとも、明後日には、トートの村に向かう」
「「はいっ!!」」
快活に返事をする二人に、苦笑しながらも、笑みを消して彼らと向き合う。
「君らに僕は一〇〇万Gを貸した。利子は特に設けない。だが、そうだな、僕がミラードの地を去るまでに、返してみせなさい」
一応、頷くが、二人とも俯いている。その悲壮感溢れる顔から、何か伝えたいことでもあるのだろう。
「何だ? 言いたいことがあるなら、聞くが?」
「本当に、グレイ様、ミラード家を出て行っちゃうんですか?」
カルラが、両手を絡ませ、忙しなく動かしながらも、尋ねてくる。
「まあな、知っての通り、僕はミラード家といっても、外様だからね。残ったところで、あのクソ義母共に一生扱き使われて終わるだけさ。それは死んでも御免だ」
「で、でも――」
カルラの言葉を両手で遮り、
「これは確定事項だ。変えるつもりはない」
シュンと世界の終わりのような顔をする二人に、深いため息を吐く。これだから、私は子供が苦手なんだ。
「心配せんでも、それまでに、君らに生きていく為の術は全て教えるつもりだ。あとは、君らで相談して決めなさい。ただし、これだけは約束して欲しい」
「約束?」
「後悔してもいい。失敗しても構わない。ただ、己の行動に常に誇りをもって臨みなさい」
「「はい」」
二人が頷くのを確認し、私も笑みを浮かべ、スープを口に入れる。
「確かに、このスープ、味が薄すぎるな」
そんな、元も子もない感想を述べたのだった。
◇◆◇◆◇◆
次の日、ジレスと取引をし、五〇万Gを確保する。その後、ストラヘイムの大通り沿いにある大きな商店の倉庫まで連れてこられる。
「グレイさん、我がジャーモ商会が集めさせていただきました。ライ麦、五〇〇俵、どうぞお持ちください」
たっぷりとしたあごの肉をさすりながら、イコセが、丁寧に言う。
「四〇〇俵のはずですが?」
「はい、一〇〇俵は色を付けさせていただきました」
「いや、流石にそれは――」
一〇〇俵は色がどうこう言う問題じゃない。一俵二〇〇〇G、相場の半額だ。
「貴方は、我ら商人の未来を切り開いた。これは私からの貴方への投資でもあります。是非お納めください」
『時計』の件か。断ると、逆に無礼だな。
「ありがとうございます」
「いえいえ、またのご利用、お待ちしております」
感謝しつつも、アイテムボックスにライ麦五〇〇俵を入れると、ジレスと共に、ジャーモ商会を後にする。
次は、回復手段の確保だ。
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★【中位回復】
〇設計素材:G+ランクの魔石二〇個、ドクタミ草一〇〇g、アジタリス一房、癒石五個。
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アジタリスは、『古の森』の底なし沼に生息している食肉植物――カニバルフラワーのドロップアイテムだ。このカニバルフラワーは、花びらが口となり、噛みついてくる平均ステータスG+の魔物。しかも、花びらに毒があるというオマケつき。実際にかなり貴重なものなのだと思う。
あとは、ドクダミ草と癒石。
ドクタミ草は薬草としては、市場に多量に出回っており、直ぐに確保できた。
そして、同時に少し値が張ったが市場で蜂蜜も購入する。蜂蜜は、天然の抗生物質として用いることができるからだ。無論、本来の抗生剤ほどの力はないが、それでも多少は違うはず。
問題は、癒石。教会が所持しており、結構なお布施が必要となるらしいこと。しかも、転売が禁じられているというオマケつき。仕方なく、現在、教会を訪問している。
「癒石を一〇個ほど、いただけないでしょうか?」
神父らしき、初老の男性にそう尋ねると、私をジロジロと観察すると、大きく息を吐く。感じ悪いな、この神父さん。
「癒石は、神の御慈悲により、賜ったもの。子供の遊び道具ではありません。親御様とご一緒においで下さい」
そうきたか。要約すると、金がある親同伴で出直してこいだろう。この犬を追い払うような態度に、サテラは頬を膨らませ、ジュド兄妹は、怒りを顔一面に浮かべる。
頼むから大人しくしていろよ。怒らせたら売ってもらえなくなるんだからな。
「これは父に頼まれたものです。そこを、どうか、お願いできないでしょうか?」
布袋を開けると、カッと目を見開いていたが、不機嫌な顔を一転笑顔に変える。
「少々、お待ちください」
部屋の奥に速足で姿を消す神父。癒石は、鉱山で多量に産出されるし、販売は教会の専権であることもあり、比較的安価だ。相場の寄付金は、一個につき、一〇〇〇Gらしい。私が包んだのは、癒石一〇個の相場の値段である一万Gの約一〇倍の一〇万G。神父のこの態度も頷ける。
無論、多く包んだのは、神を信仰してのことでは断じてない。ただ、この手の坊さんには、下手にケチると後で面倒なことになるのを知っているから。
やはり、小走りで私の元まで来ると、布の袋を渡してくる。
「敬虔な信徒に神のご加護があらんことを」
ありがたい(?)癒しの言葉をもらい、私は癒石を手に入れた。
教会を出て、宿泊先の宿屋に戻ろうと、踵を返したその時、一瞬遠方の今にも馬車に乗り込もうとする桃色の女性が目に留まる。奇妙な懐かしさを感じ、その後ろ姿を眺めていたが、
「あれ? これ?」
私の頬を流れる液体に気が付く。
「涙?」
疲れているんだろうか。説明不能な喉を掻きむしられるような激情に、顔を歪めていると、
「グレイ様?」
心配そうに私の顔を覗き込むサテラ。
「心配ない」
そうさ、気のせいだ。私は自分に言い聞かせつつも、宿へと戻る。
そんなこんなで、私は、初めての回復魔法――【中位回復】を得た。
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〇術名:【中位回復】
〇説明: 中位の効力を有する回復魔法。
〇呪文:聖なる癒しの力よ、大いなる救いの光とならん。
〇ランク:上位
〇マスターまでの熟練度:0/100%
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上位の魔法だ。なぜか、ジレスから購入した魔法の入門書には、癒しの魔法については記載されていなかった。
仮にも上位ランクの魔法だし、それなりに効果があるはず。仮に完全に治らなくても、マスタークラスとなったらもう一度試みればいいだけの話だ。
お読みいただきありがとうございます。
本日、もう一話校正が済み次第投稿します。
※少し、癒石の値段がわかりにくかったので修正しました。




