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身体は児童、中身はおっさんの成り上がり冒険記  作者: 力水
第二章 受験とラドル解放戦編
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第56話 人の道

 

 光の一切届かない闇の中で、私は仰向けになっていた。

 もっとも、周囲は暗闇ではあるが、海底のような寒々しさはなく、まるで天気の良い春先に芝生に大の字になっているような独特な爽快感がある。

その清涼感は――。


「やあ」


 私の前に立つピエロの恰好をした気色の悪い男により妨げられる。


「珍しい汚物がいるな」

 

 相変わらず(・・・・・)、胸糞の悪い姿をしているな。別にこいつが客観的に殊更醜いということではなく、単に私の脳が勝手に補完した決して拭えぬイメージってやつだ。


「へー、ボクを覚えているのかい?」

「まあ」


 こんな濃い奴を忘れるわけないだろう。まあ、またすぐに忘れると思うがね。


「で? 何の用だ?」


 不愉快な奴だが、無意味に出張ってくるような奴ではないからな。

 

「外で何が起きているか知っているかい?」

「大雑把にはだがね」


 【人間道】とかいう力を獲得する際に、無様にも三下(青髭)に攫われ、おまけにルチアとかいう娘を助けるために、心身ともに疲弊し、この心象世界に一時退避したらしいな。

 我ながら笑うしかない無様さだ。能力の制限がついている状態で何の対策も立てずに、不特定多数のものと会うなど、たるんでいる証拠だ。


「なら話が早い。今回に限り、君に力を貸そうと思う」


 こいつらに力を借りるのも、関わるのさえも正直二度と御免だ。


「余計なお世話だ」

「嫌われたもんだね。でも、いいのかい? このままでは仲間が傷つき死ぬよ」

「私にとっても良い教訓になることだろう」

「天邪鬼なのは死んでも変わらないねぇ」


さも呆れ果てたかのように、肩を竦める。


「そうかね?」

「うん、そうだよ。でもねぇ、説得の必要なんてそもそもないんだ」

「もっと、要点をまとめてから発言してもらいたいのだがね」


私の皮肉など聞く耳すらもたず、奴は話を続ける。


「君は家族や仲間を見捨てない。いや、見捨てられない。仮にそれができるのならば、今君はここにいないから。大方、青髭()相手ならあの子達でも対処可能。そう考えているんじゃないの?」

「……」


 見たところシルフィは別格な強さを持っていた。彼女ならあの程度相手に後れなどとるまい。


「残念だけどさ。ついさっき、伝説の鬼が爆誕したのさ」

「伝説の鬼?」

「ああ、鬼神を自称する滑稽な道化だ」


お前に道化扱いされるのだけは、その自称鬼神とやらも納得はいくまいよ。


「もったいつけるな。どれほどの強度なのだ?」

「協議会の災害指定ランクで、推定S」

「推定S……」


相手が災害指定ランクSなら、今のあの者達では荷が重い。というか即殺されるのが関の山だな。 


「少しは話を聞く気になったかい?」

「話してもらおう」


 糞ピエロはニタリと頬を凶悪に歪ませると、


「その前に君に会わせたい子がいる」


肩越しに振り返る。そして、片目を瞑って姿を煙のように消失させた。

 そこには無精髭を生やした青髪の青年が佇んでいた。


「お前があの小僧なのでしょうか?」

「そうなるね」


 会話の流れから言って、この者が青髭本来の姿なのだろう。


「あの小生意気な餓鬼が、まさかこんなおっさんだったとは、驚きを通り越して、呆れますねぇ」


 大げさに首を左右にふる青髭。


「いやいや、私こそいい年して絶望云々をほざくその陳腐な演技に感心しているところだよ」

「ワタシは演技などしたつもりはないのですが?」


 ピクピクと左頬を動かし、青髭は私に問いかける。


「悪いがね、君をそそのかしたあの汚物のように、真の邪悪は決して自慢げに自己の罪をひけらかしたりしないものなのだよ」


懺悔の言葉は、主に罪の意識からの独白だ。だが、グリード達のような真の邪悪は、呼吸をするように悲劇と惨劇をばら撒く。

己の行為の結果により、莫大な人の命が消費され大勢が泣くことになっても、奴らにとってそれは必要不可欠な行為であり、罪の意識など微塵も抱いちゃいない。ただ、惨劇という名の演劇だけが淡々と上演されるだけなのだ。

まあ、この世界の私は当然のこの真理を忘れているようだがね。真なる邪悪というものに触れていないせいか、それとも肉体に精神が影響されているのか、興味は尽きないが。


「ワタシが悪ではないと?」

「そうなるね。君からは私達のような悪臭がしない。私の見立てでは、君は小悪党が精々だろうさ」

 

 未熟な私でさえも、最後は青髭の違和感に気付いていたくらいだし、今の私なら造作もないことだ。


「小悪党か……随分あっさり言ってくれますねぇ……それにしては、多くの命を奪い、苦しめてきたわけなんですがねぇ」


 青髭は寂しそうに俯き、息を大きく吐き出した。


「ときに、君はこの世界で自分のした行為に後悔しているかい?」

「していないといったら嘘になりますねぇ」


 青髭にとってよほど悲痛な質問だったのか顔を歪める。この返答で答えなど聞くまでもない。

 もっとも、若者らしい誤った思考に陥っているようだがね。


「断わっておくが、罪の意識と後悔は違うよ。前者は人として必要なものなのだ。それがないものに人を名乗る資格などない」


 そうだ。それこそが悪魔か人かの分水嶺。罪の意識ないものを私達は一般に悪魔と呼ぶのだから。


「ワタシの行為のせいで多数の人命が失われましたから」

「ふむ、逆に聞くが君はもう一度同じ状況、立場に置かれて、違う道をとれると思うかね?」

「それ……は……」


 下唇を噛みしめると青髭はゆっくりと首を左右に振り、


「ワタシはきっと同じ行動を選択するでしょうねぇ」


 そう寂しそうだが力強く断言した。


「そうかい。なら君は後悔していないってわけだ」

「ワタシが後悔していない……? それは違う! 毎日、あれほど――」

「くどいのは好きじゃない。それは罪の意識であり、後悔ではないよ。

君は苦悩しながらも、自らの意思で最善を尽くした。例えそれがいかに悪辣で許しがたい罪であっても、己の大切なものを守るため最後まで戦い抜いたのだ。君のした行為には正直、嫌悪感しか覚えないが、その君の心だけには敬意を表しよう」


 青髭は呆気にとられたように、仰向けに寝ている私をマジマジと見下ろすと、


「何ですか。その上から目線……」


 乾いた笑い声を上げ始めた。


「そんなにおかしいかね?」

「ああ、ホント、おかしいですねぇ。でも、やっぱり、ワタシはお前が嫌いです」


 さもおかしそうにそう宣言する。


「奇遇だね。私もだよ」

「ふふ、お互いこの点では気が合いますねぇ」

「遺憾ながら」

「グリード、あとは頼みます!」


 青髭は背後に軽く振り返り、叫び声を上げる。


「君ぃ?」

 

 このタイミングででてくる悪逆ピエロの名。これほど不吉なものはない。


「お前のその言葉は、この数年で私が一番聞きたかった言葉でしたよ」


 青髭が柔らかな笑みを浮かべると、突然眩く発光する。


「おいっ! さっきから――」


 眉を顰めてその意思を問いかけようとする。だって、それはかつて嫌というほど目にしてきた未練を投げ捨ててしまった馬鹿の顔だったのだから。


「ありがとう」


 そんなバカな言葉と共に青髭の全身が弾けて光の粒子となり、


「っ!?」


 私の意識に入ってくる。

 

「そうか、そういうことかぁっ!! グリードォォォッ!」


このとき、ようやく奴の意図に思い当たり、怨嗟の声を上げていた。

 闇の奥から現れる悪逆ピエロ。


「いやー、相当怒っているみたいね?」

「当然だ。貴様、どこまでこの私を愚弄すれば気が済むのだ?」

「ごめんごめん。でももう動けるよね?」

「ああ、さっきの若者の犠牲のおかげでな!」


 飛び起きると、ケタケタとさもおかしそうに笑うグリードの胸倉を掴み、言い放つ。


「いかなる理由があるにせよ、彼は罪を犯し過ぎた。救えないのはわかっていたはずだけど?」

「だからといって、私の復活の生贄に使うなど飛躍し過ぎだ!」


 この私の休止(スリープ)状態は十中八九、【人間道】なる称号による肉体と精神の改変のせいであり、青髭の鬼化の能力が直接の原因ではない。

肉体と精神を改変するのだ。莫大なエネルギーが必要とされるはず。グリードは、青髭に細工をし、その命により私の改変に必要なエネルギーを補填したのだろう。

簡単に言えば、命という薪をくべることによって改変効率を著しく上昇させたわけだ。


「もう彼の命は君の状態回復に使用された。今さら君が何を言おうとその事実は戻らない。

 このまま仲間を見殺しにするのか、あの愚かな鬼を滅ぼし君の仲間を救うのか。それしかとりえる選択肢はない」

「貴様……」


 この脅迫のようなやり方。目的達成のためなら手段を一切選ばない思考、グリードは全く変わっちゃいない。


「それと彼の唯一の渇望を預かってるよ」

「唯一の渇望?」

「うん、『妹を頼む』それが、彼の最後のただ一つの希望さ」

「救えるのか?」

「彼女は既に鬼化しているんだよ。救えると思う?」

「いや、無理だな」


 私の推測では死者しか完全なる鬼化はできまい。ならば、既にその妹とやらは死んでいる。死者は生き返らない。それがこの世の絶対にして不可侵の法則だ。だから、今の私ができるのは彼女を送ってやることくらい。なるほど、相当胸糞の悪い展開になりそうだ。


「今の君ならそのふざけた能力も十分に扱えるだろう。じゃあ、健闘を祈るよ」


 胸倉を掴んでいた極悪ピエロの姿が突如消失し、再び静寂の闇に包まれ、眼前に映像が出現する。


――――――――――――――――

〇ミッション名:鬼神討伐

〇説明:異界アルテリアで受肉した鬼神――酒呑童子(しゅてんどうじ)を討伐せよ!

〇ミッションランク:S

――――――――――――――――


あの糞組織とは既に完璧に縁を切っている。今更、ミッションもクソもないだろうに。

まあいい、今回だけは私にも十分利がある。奴の策に乗ってやるさ。

 さて早速、今回のこの茶番の現況について調べるとしよう。


――――――――――――――――

〇称号名:【人間道】

〇説明:衆生がその業の結果として到達する六つの道――六道の一つであり、人が至る究極の道。苦楽の先に解脱し仏になりうる唯一の道でもある。

常時発型(パッシブ)効果

 ・正覚者:魂の接続のあるものに強制的に『悟り』を開かせる。

 ・真破邪顕正(はじゃけんしょう):あらゆる陰邪に対する圧倒的優位性(シューペリオリティー)獲得。陰邪に相対したとき、全ステータスは著しく向上し、全ての攻撃がクリティカルとなる。また、破邪の結果、成長速度は著しく向上する。

〇特殊効果:【解脱(げだつ)】の能力を使用可能。ただし、一日一度のみ使用可能であり、発動解除後24時間は一切のギフト、異能、魔法が使用不能となる。

――――――――――――――――


 要するに化け物に対する優位性の獲得だ。相当使える能力なのは間違いあるまい。

正直、今の私ならあの手の力だけの単純馬鹿を屠るのは容易い。問題はこの深層領域をでれば、私は全ての記憶を失うという事実。心身ともに未熟な私なら、敗北すらもあり得る。

 だとすれば、突破の鍵はやはり、この【解脱(げだつ)】だろうな。

 このような異能に頼った力業など不快極まりないが、私はこんな場所で終わるわけにはいかぬ理由がある。手段に拘っている余裕などないのだ。

それに、この窮地を切り抜ければ、精神が私そのものである以上、教えられなくても勝手に以前の感覚を取り戻していくことだろう。


「では、始めるとしよう」


解脱(げだつ)】を発動すると同時に、深層領域から私は現実へと帰還した。


 

お読みいただきありがとうございます。

二章ももうあと二話なので、可能な限り早く投稿します。(数日内)

面白く感じましたら、ブックマークや評価を頂けると滅茶苦茶嬉しいです。テンションが上がり、日々の執筆活動の励みになります。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 最初の頃は楽しかったのになぁ… ここらで離脱。 もう読まないな。
[気になる点] 誰?ってなった。感想欄で補完
[一言] あー、そういうことになるのかあー ちょっと私には分かりにくかったなあ…それは確かにあったけども?みたいな 説明不足ってのが個人的感情です
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