第46話 不測の事態
羅生門最奥
羅生門とかいう日本式の城の最奥の座敷牢で、真っ赤な紐により、私は拘束されていた。
どうもさっきから意識が朦朧とし、まともな思考が働かない。これは確信に近い予感だが、意識を失ったときが私の最期。今の私、グレイという存在は綺麗さっぱり消滅し、他の別の存在へと生まれ変わる。
普段の私ならこんな術、大した苦労もなく解除が可能だろうが、いかんせん、魔力操作が上手くできないのだ。繊細な調整が必要な術の解除などすれば、暴発は必至。少なくともこの首に巻き付いた紐の効果を助長するのは目に見えている。今は耐えて機をうかがうべきだろう。
どうにも自身の体たらくっぷりは否めないな。
マーサが異常をきたした後だ。この身の制約が解除されるまでは尋問は引き延ばした方がよかったのだろうか?
いやあのままこの外道を好きにさせれば、サテラやジュド達私の仲間が鬼化されていた危険性もある。私自身が動いたことは別に誤っちゃいない。それに、そんな弱腰は私らしくない。
要するに、私のミスはこの状況を予測し、打開策を事前に用意していなかった。そのことに尽きる。
やはり、早急に己についての迅速なてこ入れが必要となるな。そして、その状態の理想形はきっと……。
「まったく、しぶといですねぇー。この【羅生門】内で、私の【血魂布】をここまで耐えた者など初めて見ましたよぉー」
【青髭】が忌々しそうに、乗り移ったリーマンとかいう青年将校の顔を歪めつつも、そんな反論に困る感想を述べてくる。
「そうか? この程度ならあと何日経とうと、私を支配することなどできぬよ」
「それはやせ我慢ですねぇ? この状況でみっともぉーないですよぉー」
腰に両手を当てて、悪質な笑みを浮かべ私を見下ろしてくる【青髭】。
「そう思うなら、とっとと私を鬼化してみたまえ」
「……」
途端に無言になる。
「どうした? できぬのか? お前のいうように今の私は無力だ。勝ち誇るなら私を屈服させてみるのだね」
もし、それをこの者が為したなら、私もそこまでの人間だ。そのときはこの愚者もろとも滅びてやるさ。
もっとも、この数時間の茶番を鑑みれば、それは不可能と思えるがね。
「バケモノがぁ、調子に乗るなぁーですよぉー!」
ヒステリックに声を張り上げ、【青髭】は私の顔面の殴打を開始する。
奴は強い鬼作成のため、当初拷問を慣行し、私に絶望とやらを呼び起こそうとしていた。
しかし、あのサームクスでの拷問官と比較して技術的にあまりに拙いものだったから、つい口を出してしまう。
結果、奴は真っ赤になって激怒した後、早々に拷問を引き上げて、この実力行使に至るわけだ。
「化け物のお前に化け物扱いされるとは、逆に新鮮だよ」
「負け惜しみですねぇ。あと数時間もすれば、貴様の鬼化は完成し、私の最高作品となるのですっ!」
「そうできるのを願っているよ」
歯軋りをしていたが、一転薄気味の悪い笑みを浮かべる。
「ならば、あの白色髪のアバズレを捕らえて――」
「おい、小僧。それ以上の口上は、お前にとっての鬼門だ。口を開かぬのが吉だぞ?」
口から吐き出された言葉は、私自身でさえもぞっとするような悪意に満ちていた。
この状態になってから、どうにも己の感情を制御し得ないな。
「……」
【青髭】が僅かに頬を引きつらせつつも、喉を鳴らすのが聞こえる。そして、丁度そのとき、頭に響く女の声。
『称号――【人間道】の解放条件を満たしました。グレイ・イネス・ナヴァロの肉体と精神の再構築を開始いたします。
常時発型効果【正覚者】の稼働を確認。グレイ・イネス・ナヴァロと魂で接続した者に【覚者】が受け渡されます。
――【人間道】の完全解放まで、残り84%』
狙っているのかと思えるほどの最悪のタイミング。今まで綱引き状態だった【血魂布】と私の精神の綱引きが、私のこの肉体と精神の再構築により、一気に劣勢に陥ってしまう。
よりにもよって、なぜこの時に、【人間道】が解放される? 今も魔力と体力をゴリゴリ持ってかれている。きっとこれは、長くは持たないぞ。
「どうやら、そろそろ限界が間近のようですねぇー」
私の全身から噴き出す脂汗に、単細胞も気づいたのか顔一面を狂喜に染め、余裕の言葉を宣い始めた。
この馬鹿はしばらく放っておこう。今はこの最悪の状況を全力で切り抜ける必要がある。
私は丹田に魔力を流し込み、循環を整える。この作業を全力で行うことであと一、二時間は持つ。
あまりの虚脱感に意識が薄れかかったとき、轟音とともに座敷牢が僅かに振動する。
「何事ですっ!?」
【青髭】は鬼達に報告を求め、顔を悪鬼の形相に変え、複数の映像を出す。そこには、私の見知った仲間達が映し出されていたのだ。
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