プロローグ
灰色の海に私は浮かんでいた。灰色というのは私の勝手な主観であり、黒と白が螺旋状に絡み、混じり合った紐の海といった方がより正確かもしれない。
ともあれ、私はそんな得体のしれない海を漂っている。
(へ~、今度の迷い人はおっさんか……)
頭の内部に直接反響する少年の声。
「誰かね?」
声が出ることに僅かに、安堵しながらも、あの声の主らしき者に尋ねる。
私の視線の先には、ボンヤリとした人型の塊があった。無数の真っ白の粒子が生き物のように蠢き、人の姿を象る様は、虫が這いまわるようで思わず眉を顰めた。
(僕を見てもそのリアクション、君変わっているね)
白色の物体の声色には、若干の戸惑いが見て取れた。
ふむ、そのリアクション、私の視界が狂っているわけではないわけか。だとすると、この現象の候補は絞られてくる。
「話を進めて欲しいのだが?」
(うーん、どうも、調子狂うなぁ~)
「誰かね?」
これ以上、無駄な会話に付き合うほど私は暇じゃない。だから語気を強めて再度尋ねる。
(……わかったよ。僕は――そうだね、水先人とでも考えておくれよ)
水先人とは、特定の場所へ安全に運航するように導く案内人をいう。とすれば、いくつかの候補は消える。
「どこへのだろうか?」
(異界アルテリア)
「ふむ、いくつか疑問はあるが、ならば、さっさと案内してもらおう」
(……)
絶句する案内人。
「談話の途中で、押し黙るのは人によっては失礼にあたる。気を付けたまえよ」
(君、絶対変だよ)
そんな真昼間に幽霊と遭遇したかのような声色で、人の形をした白い物体は声を張り上げる。
「それも、タブーだな。やれやれ、今時の若者は、礼儀作法の一つも知らぬと見える」
呆れかえった私は、首を左右にゆっくりと数回振る。
(あのね、僕は君より圧倒的に年上なんだけど)
「それなら、より問題だと思うがね。それはそうと、早く、話を進めたまえ。君と違って、私は忙しいのだよ」
(調子狂う……マジで、調子狂うなぁ)
ぶつくさ文句を垂れ流しながらも、パチンと指を鳴らすと私の前に、ボードとペンが並ぶ。
触れると、ボードに文字が浮かび上がった。
「これは何だね?」
(それは設問。その設問の正答率によって、成長率や与えられる恩恵が決定されるってわけ。精々頑張りなよ。まあ、たかが人間にはどう頑張っても解けないと思うけどさ)
そのとげのある声からも、この子供(のような大人?)はへそを曲げてしまったらしい。どう取り繕っても中身は子供に過ぎないな。
「問題は二〇問か。いいだろう」
しょせん、子供の遊びだが、たまにはこの手の遊戯も悪くない。
私はペンを持つと、ボードにペンを走らせる。
……
…………
………………
『試験終了。相模白部、正答率一〇〇%』
頭の内部に反響する無機質な女の機械のような言葉。
(……嘘だよ)
明らかに動揺した子供の声。
「嘘と言われてもな。卑怯だのズルなどという批判は受けつけぬよ。第一、このような子供だましのお遊びに付き合ってやったのだ。感謝して欲しいものなのだがね」
(子供……だまし?)
「ああ、もしくは、自身の頭脳に絶対の自信がある若造の作りそうな面白みのない問題といえばいいかな」
もっとも、実のところ、最後の設問だけは、私としても多少、興味がそそられたわけだがね。
『相模白部に特別ボーナスが与えられます。
ギフト――《魔法の設計図》を獲得いたしました。
ギフト――《円環領域》を獲得いたしました。
ギフト――《万能アイテムボックス》を獲得いたしました。
ギフト――《万能転移》を獲得いたしました。
相模白部が保有する称号――《ブレインモンスター》は、設問の正答率100%の成果により、種族に影響を与えます。『人間』から、『全ての〇〇を〇〇〇もの』へと進化いたしました。
以上で全行程を終了し、相模白部の転生の儀を開始いたします』
(嘘だ、僕は信じない……)
未だに頭を抱えて病んだ声でブツブツ呟いている白色の子供を尻目に、まるで市役所の役人のように淡々と手続きを完了していく機械音の女の声。このギャップは中々にシュールだ。
『それでは、《アルテリア》の世界を存分にお楽しみください』
その声の直後、黒と白の螺旋状の帯が、濁流となって、あっという間に私を飲み込んだ。
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