雑用係が勇者パーティーから追放されました!?
n番煎じの追放系の短編
A──殺しきれなかった心は、いつまでも無様に生き続けているよ。
その時は唐突に訪れた。月日は巡り、世界は幾度となく色を変えていった。それと同時に世界は闇に染められていき、毎日のように誰かが息絶える。剣を交え、魔法が交差する世界を闇に染めるは、魔王。魔族を率いる魔王を打ち倒すは、女神に選ばれた勇者とその仲間たち。
「お前、もう良いわ」
「正直役に立ちませんものね」
「雑用なら私たちでも出来るようになってるから」
「足手まといだし」
冷たく言い放たれた言葉に、ヒロは目を白黒させた。あまりにも唐突に突き放され、その心は驚愕と当惑が交差し、思考停止。今まで雑用をしてきたヒロは、あっさりとパーティーを追い出されてしまった。
雑用は俺達でも出来る。攻撃も回復も出来ないお前がいても邪魔なだけ。魔王目前にして雑用係がパーティーにいる意味が分からない。もう必要ない。お前はもう、仲間じゃない。
ヒロは今まで一緒にいて、つらい、苦しい、悲しいなど思ったことは無かった。敵に襲われケガをしても仲間がいたから、乗り越えられてきたと思っていた。そう思っていたのは、俺だけだった。闇に染まる世界で、窮地に追いやられた人々を救えば感謝され、勇者たちの善行は広まっていく。
勇者たち、の中に雑用係のヒロがいることを知っている人は、いないに等しいだろう。そのぐらい影が薄い存在だった。それでも、旅をする中で笑い合い、励まし合い、支え合っていた。だが仲良しごっこもここまでということだ。勇者たちは、皮肉を込めた笑みでヒロを送り出す。
「ま……まじかよ……」
頭が混乱して、道中何度か吐いたヒロは小さく呟いた。町の近くで馬車を降ろされ、誰もヒロの顔を見ることなく去っていった。投げ出された荷物を持ち、やっとの思いで町に辿り着いた。全身が震えて、立つことも難しい。面と向かって言われるのがここまでキツいとは思わなかった。
何がいけなかった? 俺はどうすれば良かった? 答えてくれよ。俺の人生を否定しないでくれ。
「ははっ……全員くたばっちまえ……」
全ての思いを怒りに変えて、立ち上がる。まだ足は震えていた。
その町にしばらく居座る事にした。持っていたお金は少ないため、すぐに底をついてしまうだろう。それなら早めに働き口を探さなければならない。この町周辺はまだ平和だった。
雑用係として料理をしていたヒロは、飲食店の仕事に就くことができた。店の空き部屋を借りて寝泊まりし、数日間は日給を貰うことでやりくりしていた。
時折勇者たちの話を耳にした。凶暴化した魔獣を打ち倒しただとか、闇に染まった町を救っただとか。良い話しか聞かない。それだけで街中が活気づく。本当に素晴らしい。
どこか遠い話──鼻が高い? 頭が痛い。もう俺は無関係なのだから、とヒロは顔を伏せる。素直に喜べないのは、酷い言葉を吐かれたから? もうそんなことはどうでもいい。
ここの暮らしも充実して、町の人の交流も上手く行っている。旅をしていた頃と比べては、夢にうなされているのは内緒だ。
あれから数日後、突如世界に光が満ち溢れた。空から光の粒が舞い落ちて、弾けて消えていく。
終わったのだ──魔王を恐れる日々は。この光は女神からの玉音で、光の粒を通してそう伝えられた。
誰もがそのことを祝福し、大いに盛り上がった。お祭り騒ぎは数日間続いていた。ヒロも食事を用意することで息をつく暇も無かったぐらいだ。
「勇者様は──」
「勇者一行は、全滅したらしい……」
あ。
心臓が一瞬止まった気がした。何もかもがゆっくり動いて見える。ヒロはどこからか聞こえてきた会話の内容に息が詰まらせた。一瞬のことなのに、ヒロの顔は真っ青で近くにいた人に心配された。
「……ははは、ざまぁねぇ」
くたばっちまえ。本当にくたばっちまった。ユウもヒメもマホもトーカも、誰も生きて帰って来ないなんて、嘘だろ。俺の怒りは誰にぶつければいいんだよ。ふざけんじゃねぇよ。
頭がぐちゃぐちゃに煮えている。焦点も合わなくなって来たので、家に帰って休むことにした。
世界が勇者たちを崇め称えた。これまでの善行を、魔王討伐の功績を。勇者たちを貶すものは女神が許さなかった。誰もが、勇者たちを褒め、哀れみ、祈った。
せめて、墓前に唾でも吐いてやろう。そう思い立ったヒロは、勇者たちが祀られた聖地に向かった。勇者たちの墓前にはひっきりなしに人がやって来る。唾をかけるほどの余裕がないほどにもみくちゃにされた。
魔王討伐前に助けた人たちもいたが、当然ヒロの顔を覚えている者はいなかった。勇者たちは愛されてた。俺も、愛し…………た。
墓を埋め尽くす大量の花。綺麗に整えられた聖地。綺麗だった。
ヒロはその帰り道、とめどなく溢れ出す涙が頬を濡らした。体中の水分が無くなって、干からびそうになるぐらいには泣いていた。喜びか、悲しみか、恨みか、蔑みか、自分でもよくわからない涙だった。
忘れる事なんて、到底無理だろう。
ユウの嘘なんてすぐに分かるし、ヒメもマホもトーカも目を見て話していなかった。なんで俺のためにそんな悲しそうな顔をするんだろう。その原因は俺なの、俺がいるからそんな顔をさせてしまうの。俺は俺自身が許せなかった。何もできないのに、優しい皆に縋って、邪魔をしていたんだ。
わかってる、わかってた、わかってたんだよ。
4人が自身の心を殺してまで俺に冷たくしたことは。一緒にいたんだから、よくわかる。どんな思いで告げたのか、考えるだけで苦しかった。優しい人たちだから、心を殺さないといけなかったんだろう。でも、殺しきれてなかったよ。
──相変わらず、演技は下手くそだよな。合わせるこっちの身にもなれよ。
◇◇◇
力の無いヒロは勇者と幼馴染だった。剣の扱いも上手くないし、魔法も弱々しく、力は勇者より劣っていた。それでも正義感は強く、魔王に支配されゆくだけの世界でのうのうと生きるなど出来るわけないと、勇者と共に旅に出た。
友人同士のぶらり旅。なんて言えない殺伐とした旅路では、凶暴化した魔獣や、襲い来る刺客の魔族を倒していく。その役目は剣を振るう勇者。力なきヒロは幾度となく攻撃されそうになり、守られていた。戦闘時はお荷物状態のヒロも、料理の腕前は良く、買い物上手でもあった。
立ち寄った町では、城から逃げ出したというお転婆お姫様が仲間入りした。城ではいつも座学、剣術、魔法を学び遊べないから窮屈だった、と言っていた。特に回復魔法やサポート系に長けているお姫様の存在は大きなものだった。一流の料理人の料理を食べていた舌は、ヒロの料理に慣れるまで時間を要したが、今では一緒に料理をする仲になっていた。
旅の途中、凶暴化したドラゴンと接触。そのドラゴンを討伐するために駆り出された魔法使いたちがいた。全員でドラゴンの体力を削り、勇者がトドメを刺す。お姫様が魔法使いたちを回復させていき、ヒロは料理を振る舞った。その中の1人の女性魔法使いが頭を下げた。感謝されるほどのことはしていないと、勇者が首を振る。
その魔法使いは故郷を闇に染められ、家族を喪ってしまった。元凶である魔王の討伐に加わりたいと言う。そうして攻撃力に長けた魔法使いが仲間入りした。ヒロはどこか伏せがちな魔法使いに声をかけ続け、魔法使いを勇気づけた。今では魔法使いから声をかけることの方が多くなった。
世界の半分が闇に染まっていた。とうとう人間も凶暴化する毒に侵され、至る所で戦争が勃発。4人の目の前に現れたのは、凶暴化の症状が見られる盗賊だった。
虚ろになった盗賊を倒すも、リーダーを思しき男は何度も立ち上がる。その拳が血に塗れようとも仲間を背に戦うことを諦めない。勇者も剣を鞘に納め、持っててくれとヒロに投げ渡す。
盗賊の男同様に、拳だけでの一騎打ちをすることにした勇者は拳を握った。既に血を失い過ぎてフラフラだった盗賊の男は勇者の胸元に倒れ込み、気を失った。
気が付いた盗賊全員を介抱した後、リーダーは非礼を詫びた。魔王なんぞにひれ伏す気は無いとリーダーは盗賊を解散させ、勇者の仲間になった。解散した元盗賊たちはリーダー応援隊として再結成していた。ヒロの料理をえらく気に入って、作っている最中も隙あらば盗み食いしているのでお姫様に引っ叩かれ、ケンカになり、それを止めるのがヒロの役目になっていた。
「本当に、ヒロを追い出す気ですの?」
「ああ」
お姫様のヒメが問うと、勇者のユウが頷く。その隣で魔法使いのマホがゆっくり口を開いた。
「それはユウにも、ヒロにも酷な選択なのでは……」
「そうか?」
気の無いユウが首を傾げた。
ヒロはここまでよくついてきてくれた。どんな過酷な状況でも、弱音を吐かなかった。自分が強くないから何もできないと零してはいたが、そんなことはない。守っていた以上に、支えられていた。一緒にいた日々は、どこまでも優しかった。
魔王と戦う時はすぐそこまで迫っていた。勇者にだけ聞こえる女神の声は柔らかく、時に残酷に聞こえた。闇に染まる音が早まっていく。
「なんでヒロを追い出すんだ?」 元盗賊のトーカが聞いた。
「……まぁ、うん」
煮え切らない返事にトーカは苛立ち、ユウの胸倉を掴み上げる。ヒメもマホもトーカも、ヒロのことを認めていた。ユウもそれを知っている。伊達に幼い頃から一緒にいたわけではない。友人として、ヒロが認められていることは嬉しいことだ。ユウ自身も、ヒロを認めているのだから。
それでもそんな酷な選択をしたのは、ヒロのためを思ってのことだった。旅をはじめてから捨てたものも失ったものも多い。ヒロもそれを承知の上で旅をしていただろう。でも、得られるものも無かった。失い続けるヒロにこれ以上苦しい思いをしてほしくない。
「……ヒロに辛い思いさせたくないからかな……」
「それがお前のエゴでもか」
「……そうだよ」
胸倉を掴まれたまま、目を逸らすユウ。
「……俺達の死体を見られるよりは、生きていた頃の姿を思い出してほしい」
その弱々しく絞り出された言葉に、トーカの手が緩む。
ユウは、この旅にヒロを巻き込みたくはなかったと呟く。魔王と戦って死ぬ気もないし、死にたくもない。ヒメ、マホ、トーカも死なせる気なんて更々ない。それでも死なない保証はない。
救った町から、人々からの浴びるような感謝の言葉より、一緒にいる仲間との何気ない会話の方が嬉しかった。それだけで心が救われた。もっと頑張れる気がした。
今にも泣き崩れそうな声色のユウに感化された3人は、その想いを受け入れた。3人もそれが良いと改めて思ったからだ。魔王討伐となれば、今以上に過酷な状況になる。自分すら守れない状況になれば、ヒロを助けることができない。
それならば、いっそ。
「お前、もう良いわ」
「正直役に立ちませんものね」
「雑用なら私たちでも出来るようになってるから」
「足手まといだし」
ユウは笑顔で塗り固め、ヒメは顔を逸らして賛同し、マホは焚火をつついて淡泊に、トーカは色の込められてない音を吐く。
次第にヒロの顔が歪んでいく。体は震え、顔が真っ青になる。唇を噛みしめ、なんで、と目で訴えてくる。そんな顔が見たいわけじゃない。でも私たちを恨んで、忘れて、そしてどうか幸せに。
目の前に魔王がいるのに、ヒロにどう謝るかばかり考えていた。それだけが思考を埋め尽くし、世界がどうとかどうでも良くなっていた。
ようやく倒して、力なく地に伏した。回復魔法を続けていたヒメは、壁に背を預けて頭から血を流している。攻撃魔法を放っていたマホは、血だまりの中でくの字に体を曲げて倒れている。数多くの敵を倒していたトーカは、両腕を切り落とされうつ伏せになっている。
ユウも、魔王と相打ちになり左半身が灰同然になっていた。痛みを感じないのは良かった。語り掛けてくる女神の言葉も雑音にしか聞こえない。死ぬ感覚を味わっているそんな中でも、ヒロへの謝罪の言葉を考えていた。
『……ごめんな』
それは音になることなく、虚しく天へ消えた。
Q──俺達は今でも、お前の心で生き続けていますか。
忘れるにも嫌うにも恨むにも、あまりに優しい思い出が多すぎた。