からかいのカイ
「というわけで、あなたにはエレナ様の執事になってもらうわ。」
窓から朝日が差し込んでいる長い廊下、僕は、セレーヌさんの後ろについて歩いていた。
ギルバードさんは研究室に残って、セレーヌさんが僕をエレナ様という人のもとへ連れて行ってくれている。
聞くところによると、掃除などの執事の仕事のプログラムがすでに僕にはインストールされていて、すぐにでも執事として働くことができるという。
というより、僕は執事になるために作られたらしい。
本当は執事じゃなくてメイドだけど…
僕が断固として、メイド服を着ることを拒否したので、執事に変更になったのだ。
あの後、執事服を着せてもらった。
「はい、わかりました!」
自分の役割は全うしなければいけない。
今の僕はやる気に満ちている。
「いい返事ね。
最近お嬢様には元気がないの。
悲しい出来事が続いたから仕方ないのだけれど…」
悲しい出来事とは何だろうか。
「そこで!!
あなたには、お嬢さまを元気にしてくれるような執事になってほしいの。」
「はい。僕にできることなら、どんなことでもします。」
「フフ、期待してるわよ。」
「お嬢さまの部屋はここよ。」
セレーヌさんは大きな扉の前で立ち止まり言った。
ここが、これが僕の主人となる人の部屋か…
どのようなお方なのだろうか?
優しい人だといいけど。
少し緊張する。
「お嬢さま、セレーヌです。
起きてますか?」
「ええ、何なの、こんな朝早くに?」
気怠そうな声が部屋の中から聞こえてきた。
「とりあえず、ここを開けてくれませんか?」
「今はパーティの準備で忙しいの、後にして。
もうすぐしたら下に降りるから。」
「準備なんてお嬢さまは大してすることはないでしょう。
すぐ終わる話ですので、早く出てきてください。」
「まさか、また変なもの持ってきたのか?」
「あら、変なものなんて心外ですわ。
とりあえず、早く見てくれませんか?
今日の誕生日プレゼントとしてふさわしいものですよ。」
え!
今日は誕生日なのか!?
そして僕は誕生日プレゼントなのか!?
全然知らなかったぞ…
「はぁ、仕方ないな、早く入れ。」
「おはようございます、お嬢さま。
そして誕生日おめでとうございます。」
セレーヌさんは扉を開けて部屋の中へ入っていった。
「ああ、ありがとう。
で、そのプレゼントはどこだ?
前みたいな、人形とかだったら黙ってないぞ。」
えぇ…
僕、めっちゃ人形なんですけど…
「今回は、一号とは違いますよ。
なんたって二号ですからね。
さぁ、入ってきて。」
「あ、はい。」
僕、二号なのか…
すごい自信なくなったんですが、大丈夫なのか?
「失礼します。」
部屋に入ると、長い金色の髪を持った女の子が足を組んで椅子に座っているのが目に入った。
「大体、しばらく姿を見せないなと思ったら、また、くだらない研究とやらをしていたのか、まったく。
お前ら二人は、本当に救いようが…」
ふと、目の前の女の子の赤く光る瞳と目が合った。
この子がエレナ様なのだろう。
端正な顔立ちをした、気の強そうな女の子というのが第一印象だった。
「おい、そいつは誰だ?」
「あら、さっき言った人形よ。
あなたの執事になってもらおうと思っているのよ。」
「よろしくお願いします。」
「え!」
エレナ様はひどく驚いた様子で僕とセレーヌさんを交互に見た。
「フフ、いい反応ね。
驚いたでしょう。これが私とギルからのプレゼントよ。」
「でも、お前、これ、生きているように見えるが…」
「二号だからね、一号と比べてもらったら困るわ。
外見にはとてもこだわったのよ。
お嬢さまのお気に召すようにね。」
「動けるようだが…」
「二号だからね、当然よ。」
「声も出せるみたいだが…」
「二号だからね。」
「感情もあるのか?」
「二号だからね…」
セレーヌさん、二号という言葉を魔法の言葉のように使っていますが、全然意味わかりませんよ。
「執事として、お世話になります。
確かに僕は人形ですが、執事の仕事はこなせます。
これから、よろしくお願いします。」
「あ、えぇ、そうなの。
ところであなたの名前は?」
そういえば、ぼくは名前がなかったな…
「名前はありません。」
「そうなのよ、まだ名前を付けていないの。
お嬢さまに名付けてほしいの。
お嬢さまへのプレゼントだしね。」
「そうなのか。
名前なんて付けたことが無いのだがいいのか?」
「いいのよ、何でも。」
何でもいいのか…
「そうだな…」
考え込んでいる様子のエレナ様。
どのような名前を考えてくれるのか楽しみだ。
つけてくれた名前はきっと大切にしよう。
静かに考えることおよそ1分。
「二号、なんてどうだ?」
前言撤回だ。さっきの一分はいったい何の意味があったのか。
「それはさすがにひどいんじゃないかしら…
ねぇ?」
「え、えぇ、そうですね。
できれば違う名前がいいですね。」
「なんだ、何でもいいといったのはそっちだろう。
人形のくせに、案外面倒な奴だな。」
「すいません。」
そういう風に人形といわれると少し傷つくな…
「あなたが誤ることじゃないわ。
きちんとした、彼にふさわしい名前を考えてあげて。」
「はぁ、仕方ないな。」
おもむろにエレナ様は立ち上がった。
腰まで伸びた輝く髪が揺れると、言った。
「じゃあ、カイなんてどうだ。
からかいのカイ。
これで文句は無いだろう。」
カイか…
カイ、いい名前だ。
「カイね。安直だけど、いいんじゃない。」
「はい、ありがとうございます。」
僕にぴったりの名前だと思う。大切にしよう。
「そういえば、名前を付けた後で悪いのだが、執事なんて私はいらないぞ。
メイドが欲しいといったのは覚えているが、執事は頼んでないぞ。」
「え!」
「大丈夫。メイドの仕事も完璧にこなせるわ。
メイドへのフォームチェンジが可能なの。」
「え!」
「そうなのか、なら問題無いか…」
いやな予感がする。
「セレーヌさん、フォームチェンジとは、何ですか?」
「あら、着替えるだけよ。簡単でしょう。」
やっぱりか…
「それは、無理ですよ!」
「なんで、きっと似合うわ、きれいよ。」
「ついさっき話したじゃありませんか!」
「あなたの容姿は、私がデザインしたのよ、細くて身長が高くて、私の理想なの。
だから、メイド服も着てみて。」
「嫌ですよ!」
さっきはお嬢さまのお気に召すようにと言っていたのに。
「安心して、ブラをつければ大丈夫から」
「何が大丈夫なんですか。僕は男ですよ。余裕で駄目です!」
「一回だけでいいから、
メイド服姿が見たいの、お願いよ。」
「それが本心ですね、お断りします!」
エレナ様は少し呆れた様子で言った。
「やっぱりメイドは無理なようだな。
それなら、この話は…」
「ちょっと待って、お嬢さま。
どうか彼を近くにおいてあげて。
邪魔にはならないはずだわ。」
焦るセレーヌさん。僕も焦る。
確かに、一回だけなら、メイド服を着てもいい。
しかし、ここで着てしまうと、一生メイド服のままの気がする。
それは嫌なのだ。
ここが運命の分かれ道、踏ん張りどころだ。
「お願いします。僕を執事にしてください。
何でも致します。」
「じゃあ、メイド服を着…」
「それ以外です。」
まだあきらめていないのか、セレーヌさん、恐ろしい人だ。
「執事か、そうだな…」
「カイ君は、ほかの執事にできないようなことだってできるわ。
きっと便利よ。」
セレーヌさんは、お嬢さまに向き直り言った。
「では、カイ、よく聞け。
私は面白いものが好きだ。
最高に笑えるやつがな。」
「はぁ。」
「ここまで言えば、わかるだろう。
何か面白いことをやってみろ。
それで、お前を執事として雇うか決めてやろう。」
「え!」
「それくらいなら、楽勝ね。
二号の実力を見せてあげなさい。」
「え!」
僕に二人の熱い視線が集まる。
期待されている…
助けてくれないのか、セレーヌさん…
「…」
何かしなければ。
考えろ。
ご主人様を元気にすることができる執事になると、さっき決めたじゃないか。
「では、面白いこと言わせていただきまーす…」
「「ゴクリ。」」
二人の息をのむ音が聞こえた。
「お嬢さまの執事はお冗談がお上手です…。
なんちゃって…」
「「…」」
静寂が場を支配する。
部屋の温度が一気に下がったような気がした。
「…おい、セレーヌ、こいつを焼却炉にもっていけ。」
「…救いようがないわね…
カイ君、行くわよ。」
「そんな!?」
セレーヌさんは僕の味方じゃないのか。
さっきから少し冷たいような気がする。
メイド服を拒否したからだろうか。
「ほら、カイ君早く外へ出なさい。」
ぐいぐいと腕を引っ張てくるセレーヌさん。
やばい、捨てられる!
「お待ちください、エレナ様!
今一度、僕にチャンスを!」
力強いぞ、セレーヌさん…
本当に焼却炉に連れていかれる。
「ほら、抵抗しないで。
すぐ、燃えるわ。安心しなさい。」
「助けてください!
僕のセンスはこの程度ではありません。
今のは肩慣らしですよ。」
安心なんてこの世界にはないのだ。
「もう、こっちに来なさい…
往生際が悪いのね、おじょうだけに…」
「…」
ここで、それを言うかセレーヌさん…
さらに部屋が寒くなった。
エレナ様は強烈なオーラを放っている。
怖い。
「あら?」
「…セレーヌ、お前もカイと一緒に燃やされて来い。
その寒い頭も少しはましになるだろう。」
「なんで!?」
「ほら、行きましょう、セレーヌさん。」
「カイ君まで!?
なんで!?」
理由は火を見るより明らかだろう…