第ニ章 第一話 白神桜と牧野陶子の夏休み
「陶子ちゃんゴメン~!」
「もう!何やってんの!?さくちゃんは!」
「道に迷ってて」
桜がテヘヘと左手で頭を掻く。
牧野はわははと笑いながら
「ほんと、さくちゃんは方向オンチだなぁ」
今日は夏休みの初日。早速白井桜と牧野陶子の二人は遊ぶ約束をしていた。市の中央にある冨山駅の西口にある噴水に集合する予定だった。
が、桜は地元民にも関わらず道に迷ってしまい、心配した牧野が探しに来てくれたのだ。
桜は学校でも地域でもよく迷ってしまうくらい重度の方向オンチだった。
「いや~、ほんと、さくちゃんが来てくれて助かったよ。ありがと~」
牧野は困ったような、安心したような顔で
「ほんと、このまま見つからなかったらどうしようかと思って心配したんだからね!」
桜は少し怖気付いて
「う、だ、だって地元だから大丈夫だろうって行こうとしたら、いつのまにか駅の地下にいて・・・」
「あー!!分かった!分かったから!!」
桜は陶子の適当な返事に対して、人形のような小さな顔を不満そうにぷっくりと膨らました。
「で、どこ行く?」
二人は待ち合わせをしたのは良いのだが、予定を全く決めていなかった。
「そうだなー」
牧野はそう言いながら右腕にしている白い腕時計を見る。時刻は10時5分。
「さくちゃん、パフェでも食べに行かない?」
「お!良いね~!」
そうして、牧野のオススメで二人は地下街のちょっとお洒落なパフェに行った。
桜はイチゴの特盛りパフェ、牧野は季節の豪華王様パフェを頼んだ。
「ところでさ」
牧野がシャリシャリと口の中で西瓜をかみ砕きながら牧野に話掛ける。
「さくちゃんって好きな人っていないの?」
何の前触れも無く、何の脈略も無く、突然桜に聞いてきた。
余りに突然の事だったので、桜は口の中の苺を誤って飲み込んでしまった。
桜は慌ててガラスコップ一杯に入っていた水を飲み干し、ふぅと一息付いてから。
「な、何を言ってんの?陶子ちゃん」
「何って、言ったまんまの意味だよ。さくちゃん」
「いやいや、私、何回も言っているけど好きな人とかいないからね。断じて!」
「ふ~ん」
牧野は桜を目を細めてじっとりと見つめる。
「ほんとに?」
「ほんとほんと!」「いや~、怪しいな。なんか、最近のさくちゃんいつもと様子が変なんだもん」
「変って、どんな?」
二人の間で暫く沈黙が続く。
長いようで短い。短いようでいて長い沈黙。
牧野は腕を組んで
「うーん、そう言われると困るんだけど、最近のさくちゃんは何か大人っぽくなったっていうか」
「大人っぽく?」
「いや、何か違うか。そうだなぁ、なんて言うか、女により磨きが掛かったというか、より、魅力的になったっていうか」
「な、何よそれー!その言い方じゃ私に魅力が無いみたいじゃない!」
牧野は両手を左右に振って見せて
「いやいや、違うんだよ。さくちゃん。そういうことじゃ無くてね、私は外見の話をしているんじゃなくて内面の話を私はしているんだよ」
「内面の?」
牧野はこっくりと頷いて
「そう。内面。一人の女として魅力的になったて事だよ」
一人の女として魅力的になった。
桜は牧野の言った言葉を心の中で反復してみる。
そもそも魅力的な女の人とはどういう人のことなのだろうか?
内面の話で言えば、包容力のある人、心が広く優しい人、知的な人、一言で魅力的な女性と言っても曖昧だ。牧野陶子は私のどういう所を見てそう思ったのだろう?
「ねぇ、陶子ちゃん。陶子ちゃんにとって魅力的な女性ってどんな人なの?」
「私にとっての魅力的な女性かぁ。そうだな、人に愛を注げる事の出来る人の事かなぁ。弱い人、強い人、不幸な人、幸せな人、貧乏な人、裕福な人、全ての人に隔たり無く愛情を与える事の出来るそんな人かな。あ、でも、さくちゃんに言った『魅力的な女性』とこの『魅力的な女性』は全く関係ないよ」
「え?そうなの?」
「うん。私がさくちゃんに言った『魅力的な女性』っていうのはね、優しさというか、包容力というか、そういう母性みたいなものなんだよね。だからね、さくちゃん。私には最近さくちゃんにそういう優しさが増してきているような気がするんだよ。だから何か恋をしているかもしれないなぁって私の女の勘にピシャッっと引っかかった訳よ」
「そうかなぁ。私自身は前と全然変わっていないような気がするけど」
牧野はちっちっちっと人差し指を左右に振ってみせた。
「さくちゃん、そんなふうに話の視点をずらして私を誑かそうとしても無駄だよ。それで、さくちゃんの好きな人って誰よ?」
「え~、言わなくちゃ駄目なの?」
「うん。駄目」
いや、でも牧野ちゃん私の反応を面白がってるだけだよね。絶対。
だって、その証拠にさくちゃんの顔がにやついてるし。
でも、さくちゃんなら白状しても良いかななんて思うところもあるけど、それでもやっぱり言うのが恥ずかしい気持ちも少なからずある。
桜が躊躇っていると
「さくちゃん、好きな人いるんでしょ。ほれほれ」
などと牧野がからかってきた。
しょうが無い。腹を括るしかないか。
「分かった。分かったよ陶子ちゃん。正直に言うよ」
「え!?ほんとに!?」
「誰にも言わないって約束してくれる?」
「うん!するする!」
完全に興味本位で聞いているな。
まあ、でも陶子ちゃんだしいいか。
桜はゆっくりと大きく息を吸って・・・吐いた・・・
自然と胸の鼓動が速くなるのが分かる。
「私の好きな人はね」
「うんうん!!!」
「小笠原先輩・・・・・だよ」
沈黙。
暫くの間、牧野と桜は静寂な空間と時間のベールに包まれる。
陶子は口を開けまま気絶した熊のような間抜けた顔をしていた。
やっと陶子の唇が動いたかと思おうと、とてもぎこちなかった。
「さくちゃん、小笠原先輩の事が好きなの?」
桜は縦に首を振ることしか出来なかった。
そうすることしか出来なかった。
「そっかぁ、小笠原先輩かぁ」
牧野の放ったその言葉には、切望感やら安心感やら不安やら様々な感情が籠もっているように桜は感じた。
「ライバル多そうだよね。ねね!好きになったきっかけとかって無いの?」
「好きになったきっかけ?」
そういえば私はいつから小笠原先輩の事が好きなんだろうか?
一体・・・いつから・・・・
桜が自分の中の記憶を振り絞って思い出していると後ろから二人の名前を呼ぶ声がした。男性の野太い声。
「牧野と白神じゃんか!二人して何やってんだ?」
「あ、あ、あ、赤城くん!」
牧野の口が金魚みたいにパクパクと開いたり閉じたりしていた。
桜が後ろを振り向くと赤城、吉田、松本、武田の四人が立っていた。
吉田、松本、武田の三人ならまだ分かるけど何故赤城君まで一緒なのだろう学校内でも話している所を見たことも無いし趣味もこの三人と赤城君とじゃ全く合わない気がするのに。
「赤城君こそ何しに来たの?」
「何って遊びに来たに決まってんじゃん。何言ってんだよ牧野」
赤城君は不良じみた格好をしていた。只、それはあくまで不良のような格好をしていただけであって彼は、赤城 裕太は決して不良では無かった。
彼はそういう奴なのだ。不良でも無いのに不良みたいな格好をして、不良みたいな態度をして、彼は誰かに注目して欲しいのかもしれない。本当は構って欲しい甘えん坊のような奴なのかもしれない。
それでも、何かそこに偽物が入っているように私は思う。本物ではない偽りとしての自分。
例えるなら光と影。
それは、私の中にもある物だ。でも、私の持つものは、(他の人も持っているかもしれないけれど)単純に光と影のように二分化していいものではないように私は思う。
その闇の部分も光の部分も含めて自分。両方とも自分。光だけ見て闇は見ない。見ないようにする。自分の都合の悪い所を無かった事のようにするのはずるい事だと思う。そんな事とても自分には出来ない。
彼はその事をどう思っているのだろうか。自分の持つ光と影の部分とどう付き合っているのだろう?
桜はその事を聞いてみたいと思った。
だが、私にはそんなことを言う勇気が無い。
そもそも、そんな事を言って何になるんだという気持ちが私の中に少しはあるのかもしれない。若しくは、単純に聞くのが怖かっただけなのかもしれない。
そんな葛藤が桜の頭の中を一瞬横切った。
桜は自分の気持ちを誤魔化すかのように赤城達に話掛ける。
「ねぇ、赤城君達は何やってんの?」
「何をやっているのと聞かれたら歩いているとしか言えないな」
「それじゃあ、これから何しようとしているの?」
「これから一汗掻こうとバッティングしに行くんだよ。こう、カッキーンってな!」
赤城はそう言いながらバットを振る振りをしてみせる。
「あ、私も行きたいかも。バッティングセンター。さくちゃんどう?一緒に行かない?バッティングセンター」
陶子が独り言か話しかけているのかよく分からないような言い方で言葉を発した。
確かに、私もバッティングセンター行くのとか初めてだし、前から興味があったから行ってみても良いかもしれない。陶子ちゃんの事もあるし。
「そうだね。私も前からバッティングセンターに行ってみたいって思っていたし、良いんじゃないのかな?」
「うっし!そんじゃ決まりだな!」
そこで坂本が横槍を投げてきた。
「え?桜先輩達も来るんですか?」
何か不満そうな言い方だ。
私達が邪魔だというのだろうか?
「駄目か?多ければその分楽しいと俺は思ったんだけどな」
「いや、別に構わないんだが。まあ、いいか」
坂本は何やらブツブツ言っていたが、桜は気にしないことにした。
ということで、桜を含めて6人でバッティングセンターに行くことにした。
「お~、これがバッティングセンターか!凄いね~陶子ちゃん」
「うん!私、小学校3年生の時にお父さんと一緒に行った時以来だよ!」
バッティングセンターの中に入ると、カキーンという心地のよい金属音がそこら中で鳴っていた。
「そんじゃ、俺らもやりますか!」
赤城は気合いを入れるかのように腕まくりをして部屋の中に入って行った。
それに続いて松本、武田、吉田もそれぞれバッティングをするために部屋に入って行った。
「私達も入ろっか」
「うん。そうだね」
桜と陶子は隣同士の部屋に入った。
なんだか緊張するな。
でも、桜は不思議と体中に力が沸いてくるような気がした。
桜はヘルメットを被って構えてみる。
真っ直ぐ、球が出る場所をじっと見つめた。
一瞬、白い線が桜の胸の辺りを勢い良く通り過ぎた。
「え?何今の?」
ちょっと、ちょっと、速すぎない?
確かめると、なんと120kmだった。
こんなの打てる訳ないじゃん!
そう思って桜は右隣で打っているの陶子を覗いてみる。
「うおりゃ!」
カキーン
普通に打っていた。いつもと変わらない爽やかな表情で。
そっか、陶子ちゃん運動神経良いもんなぁ。
そういえば、小学校とか中学校でやっている体力測定毎回Aバッジ取ってるって言ってたっけ。
そりゃ、もういっつも2とか3取っていた私とは元々の体の構造が違うよね。
次に桜は、左の部屋で打っている武田を覗いてみた。
「くっそー!なんで打てないんだよ!」
どうやら運動神経はそんなに良くないらしい。
桜は他の赤城、松本、吉田の様子を見てみることにした。
桜は一旦部屋を出て後ろからその三人を観察してみる。赤城は、運動部ということもあって、運動神経が良いらしくホームランを
連発していた。
吉田は時々ヒットさせたりホームランを打ったりしている。運動は・・・得意不得意にかなりのばらつきがあるのかもしれない。
松本は、ホームランを連発していた。
驚いた。てっきり運動ダメダメ男子なのかと思ったのに。
そうだ!
桜は皆に話掛ける。
「あのさ、皆で競争しない?」
「競争?何でだよ?」
松本が問い返してきた。
「まあ、仲良くなろうっていうのと、普通に打っているだけじゃ面白くないじゃん」
「いや、そんことは無いけど」
そこはそうだねって言う所じゃん!桜は心の中で毒付いてみるが表ではまあまあと言って。
「いいじゃん。このメンバーで遊ぶのとか多分もう二度と無いんだし。思い出作りと思えば」
「思い出作りねえ。まあ、良いけどよ」
「赤城君も武田君も吉田君それで良い?」
他のメンバーはコクコクと首を縦に振ってみせた。
そこで何か閃いたように吉田が口を開く。
「あ!それだったらビリの人は罰ゲームとかどう?」
「ば、罰ゲーム!?」
桜は思わず聞き返してしまった。
「そうそう、罰ゲーム!」
「どんな罰ゲームにするの?」
「ふむ、どんな罰ゲームにしましょうか?まあ、ジュース一本だったり、何かお菓子を奢ったりとかじゃ無いですかね」
「まあ、学生だし、そんなにお金をかける事が出来ないしジュース一本くらいが丁度良いんじゃないの?」
「そうですね。それじゃ、そうしましょうかね」
一見話が進んでいるように見えるけれども、喋っているのは桜と吉田だけだった。
だから、他の坂本、武田、赤城と陶子の三人はその会話の中に入っていなかった。
桜と吉田の二人が一方的に話しをしていただけだ。
「坂本君と武田君と赤城君と陶子ちゃんはどう?ビリの人がジュースを皆に一本ずつ奢るっていう事で良いのかな?」
桜がそう聞くと、四人ともコックリと頷いて見せた。
「ルールはどうするんだ?」
そこでずっと桜と吉田の話を聞いていた赤城が話の中に入ってきた。
「そうですね。3分でビリの人が皆にジュースを奢るというのが一番妥当なんじゃないんですか?」
「確かにね」
ということで、六人は3分でいくらホームランが出るのかを競うことにした。
結果は、桜と吉田がビリだったのだが、吉田がもう一回やるとしつこく言うのとビリは一人に決めるのが良いだろうという赤城の意見もあってもう一回やることとなった。
その結果は吉田が一本ホームランを出してしまったので桜がジュースを奢ることとなった。
「あー、もう、なんでこんなことになったんだろう」
「まあまあ、しょうがないじゃん。楽しかったんだし」
確かに楽しかったけれど、少しくらいはハンデが欲しかった気持ちも少しはある。
桜は、五人分のジュースを買った。
その後、六人でファミレスに行って他愛もない話をして時間を潰した。
芸能人のこと、昨日見たTVの事、好きなアイドルの事等々。
そんな話をしていると電話が掛かってきた。
電話の主は森下 翔太からだった。。
恐らく部活の事だろう。
「はい。白神だけど」
「ああ、繋がったな。白神、これから部活に来てくれ」
「なんでよ」
いきなり電話掛けてきていきなり命令形で部室に来いとか非常識過ぎる。
「ちょっと話があるんだよ。あ、そういえば森下もいるぞ」
「行きます!」
森下先輩がいるのなら絶対に!