第一章 第七話 白神桜の悩み
夏休み。それは青春の一時期にしか出来ないことであり、時間も限られている。
だが、それを十分に謳歌する者は少ない。それは誰だってそうだろう。夏休みが終われば誰でも「あの時ああすれば良かった」、「あの時これをしておけば良かった」などと後悔をするものだ。では、後悔をしないようにするためにはどうすれば良いのか。
それは誰にも分からない。いくら頑張っても人は後悔をしてしまうように出来ているのだから。そんな、希望と切望と哀しみを含んだ高校生活始めての夏休みを白神桜も体験しようとしていた。
「え~、であるからして、生徒諸君の夏休みの過ごし方には気お付けておくように」
などというこのクソ暑い真夏の体育館の中、長くて面倒くさい校長先生の挨拶が終わり、どうせ誰も守らないであろう「夏休みの生活について」の話を教室でLHRで担任の先生の話を聞き終え、最後まで貯める夏休みの宿題を渡された。
そのような夏休みの前の儀式を終え、終わりのSHRのチャイムが鳴り、生徒達はワラワラと夏休みをいかに充実した時間にするかを話しながら友人達と話ながら帰っていた。
そして、無論、白神桜もそのうちの中の1人で、クラスメートの牧野陶子と肩を並べて一緒に帰っていた。
「陶子ちゃん今年の夏休みどっか旅行とか行くの?」
桜は、コンビニで買ったアイスをペロペロ舐めながら歩いている陶子に聞いた。
「そうだなぁ、今年はどこも行かないかも。今年は友達と遊びまくりたいな。三年生になったら受験で忙しくなるし」
牧野の陶器のように白い首筋が夏服とショートヘアの黒髪の間からチラリと覗く。
「あ、でも」
牧野は、桜色の小さな唇に人形のような可愛らしい小さな人差し指を当てて
「部活の合宿があるよ!今年は県内の他校との合同合宿って先輩が言ってた。イケメンを見つけるチャンスかも。えへへ」
牧野の目は飢えた肉食獣の目をしていた。
「でも、そんな簡単に見つかるかな?」
「見つかるよ!いや、絶対に見つけてやる!」
「でも、なんでそんなにイケメンを見つけたいの?」
牧野は眉間にしわを寄せて「はぁ?何でそんなことわかんないの?」と言いたげな顔をして
「そんなの彼氏を作るために決まってるじゃん!それ以外に何があるの?」
なんでそんなに彼氏が欲しいのか、桜には理解出来ないことだった。
恋人は本当に好きでいる人と付き合うものじゃないの?お互いに愛し合っているから恋人なんじゃないの?桜はそんな少女じみた事を考えていた。
「ねぇ、なんで彼氏が欲しいの?」
桜がそう聞くと、
「え!?さくちゃん彼氏欲しくないの?さくちゃん可愛くてものすごくモテるのにもったいないよ!」
桜は困った様子で頭を垂らし、指をもしもじと弄りながら
「だって、怖いじゃん。体目当てで言ってる可能性もあるし、そんな簡単に付き合うなんて事は私には出来ないよ」
牧野は「はぁ」と深いため息をつき、わざとらしく両手を挙げて
「さくちゃん。確かにそうだけどさぁ、そんな自分の彼女を襲うような彼氏いないよ。それにさ、そんな事だといつまで経っても彼氏が出来ないよ」
桜は人形のように小さく、雪のように白い肌を風船のようにふっくらと膨らませて
「しょうがないじゃん!それに、たとえ、付き合ったとしても別れるなんて私にとっては怖くて怖くてどうしようも出来ないんだよ」
「さくちゃんはさ、何でもやる前から考え過ぎたよ。何事もチャレンジしなくちゃどうなるかなんて分からないよ?」
「だって、怖いもん。陶子ちゃんは怖くないの?」
牧野は真っ直ぐな声で桜を見つめる。
「そりゃ、怖いよ。出来るかどうか分からないし、告って振られたらショックだし落ち込むもん。でも、別に死ぬわけじゃないから振られたら振られたで 次の恋にチャレンジすればいいんだと私は思うよ」
流石、陶子ちゃんだなぁ。失敗を恐れない勇気、何度でも立ち向かおうとするチャレンジ精神。つくづく感心するよ。残念だけど私には、とてもじゃないけど真似できない。そんな勇気、私には無いよ。
「さくちゃんはさ、何か好きな事とかないの?」
「好きな事?」
桜は陶子の言っている事がよく分からない感じだった。
陶子は強くうなづいて
「うん。好きな事。自分が好きなものだったら何時間 でもやっていけると私は思う。私だって走るのが好きだからこうして陸上をしているわけだし、苦しいけどいくらでも走れる気がするよ。スコアが伸びたら達成感があって嬉しいし」
「好きな事かぁ」
桜は桜色の小さな唇に手を当てて考える。しばらくして唇から手を離し、苦笑いを浮かべて
「無いかなぁ。特にこれと言って好きな事も興味があるものもないんだよね。私」
「そっかぁ」
「うん。だから何か好きになれるもの無いかなぁって思って探しているんだけど中々見つからないんだよね」
「そっかぁ、何か興味のあるものとかも無いの?」
桜は暫く唇に口を当てて考えていたが、ふうと溜め息をついて
「無いなあ」
「それは、困ったね」
「ほんと、困ったよ」
牧野はピンと何か閃いたようで
「そうだ!さくちゃん、取り敢えず何かやってみなよ。ボランティアとかさ」
「うーん。ボランティアかぁ。いまいち気が乗らないけど、やるとしたら何がいいかな?」
「子供関係とか良いんじゃない?」「子供ね。うん!良いかも!よし!やろう!ボランティア!」
「その意気だよ!さくちゃん!」
二人は「イェーイ」と言って互いの両手をパァンと叩いた。
「決まりだね。明日安藤先生に言ってみるね」
白神は「安藤」という単語を聞いた瞬間渋い顔をした。
「安藤か。あいつ授業つまんだよね。ほぼ雑談で終わるから良いけど」
「まぁ、確かに変わってるよね。いきなり世界情勢について語り始めるし」
白神は声を低くして
「そうそう!『君達は社会を知らなすぎる。スマホばっかりいじらないでもっと新聞を読みなさい』」
その桜のものまねが余程面白かったのか牧野は大笑いをした。
「さくちゃん・・・それ・ひ・・・おもし・・面白すぎ・・・似てる・・似過ぎだから」
流石の白神も牧野の爆笑ぶりにつられて桜も笑い出した。
「ちょっ、さくちゃん笑すぎだから。そんなに笑われるとこっちまで笑いがうつ・・ハハッ」
桜も牧野がいつまでも笑っているのでつられて笑ってしまった。
さあ、遂に明日から夏休み!
一体、今年の夏休みは白神桜にとってどんな夏休みになるのだろうか?