第ニ章 第五話 気付いたもの
合宿二日目、今日はサバゲーをやるらしい。
小笠原先輩いきなりとんでもない内容をぶち込んで来たな。
まぁ、あの中でまともな内容のプログラムなんて一つも無いのだが。
午前7時30分に朝食を食べて8時に別荘の前に集合した。
そして、銃やライフルの構え方や撃ち方、仕組みなどを1時間程度説明した。
説明は案外分かり易かったが、朝早いと言う事、朝ごはんを食べた直後だと言う事、そして、みんな興味がないという事があって桜は眠そうに目を半開きにしてウトウトとしながら三人の話を聞いていた。説明が終わると、サバゲーが上手くなる二人組になってやる事になった。
二人組。
ということは、小笠原先輩と一緒に組むことも出来ると言う事だ。
ラッキー♪
ところが、組み合わせはくじで決まるらしい。
神さま、お願いします!
桜は恐る恐るくじを引く。
くじの紙には「2」という文字が書かれてあった。
「くじ引きは1とA、2とB、3とCというふうになります。それでは、皆さん!自分のペアの人を見つけてください」
私は誰なんだろうか?
少し緊張するな。
「Bの人~。Bの人はいませんか~?」
「あの、私Bです」
後ろから女の子の声がした。
なんだ。女子か。
振り向くとそこには金髪の美少女がピョコンと立っていた。
桜はその美少女を見て落胆した。
なんだ、アニーか。
これじゃなんも面白くない。寧ろ不愉快だ。
「ヨロシクです!桜さん」
アニーはそう言って右手を差し出して来た。
どうやら、握手をしたいらしい。
桜は一瞬眉を潜めたが、にっこりと笑って
「うん!こちらこそよろしくね!アニーさん」
と言ってアニーの右手を握った。
アニーの手は小さく、買ったばかりの人形のように柔らかかった。
アニーもニコッと全開の笑みで桜に微笑んだ。
アニーの澄み切った青空のような瞳を見ていると自分の心を見透かされているかのように思えた。
アニーの青空のように澄み切ったまっ直ぐな瞳は、偽りの無い、純粋な彼女の心そのものを表しているかのようだった。
桜は、そんな彼女に苛立ちを覚えた。
偽りの自分。
私は小笠原先輩に自分の気持ちを告白それは何故なのだろう?
怖いのだろうか?振られてしまうのが。
心のどこかで恐れている自分がいるのだろう。
対して彼女は、自分の気持ちを小笠原先輩に全力で伝えている。
私は、そんな彼女の事が羨ましいのだろうか?
恨めしいのだろうか?
憎らしいのだろうか?
そんな羨ましさ、恨めしさ、憎らしさの感情の全てがこの私の心に詰まっているのだろう。
そして、その感情を私はどうして良いのか分からずにいる。
そんな私のカオスな心の状態がこの「苛立ち」となって現れているのかもしれない。
桜は、離れたアリーの温かな掌の温もりを感じていた。
よしっ!!と前に立っている坂本が叫ぶ。
「それじゃ、今回のゲームの内容を説明する。制限時間は50分。弾に当たったらその場に1分間座る。それで、当てられた側は、10秒間だけ弾が当たってもそれらは全部カウントされない!一番当たった数の一番少ないペアが勝ち。一番少なかったペアは罰ゲームとして腕立て、腹筋50回ずつ。それでは、始め!!」
「えー、なんだよそれ」、「ふざけんな!」という非難の声が聞こえる。
正直言って、女子にとってはかなり無茶なゲームだ。
全く!そんなの出来るわけ無いじゃん!
三人とも自分の好き勝手やり過ぎだよ!
無論、そんなことを本人達の前で言えるわけが無いのだが。
最初がこんなのじゃこの先思いやられるな。
まさに、野となれ山となれだよね。
いつまでもこんなことをクヨクヨ考えていてもしょうがない。
「行こっか」
桜は、気を取り直してアリーと近くの森の中に入り込んでいった。
結果は、思った通りに白神&アリーチームが最下位。
森の中に入ってから良い隠れ場所を見つけたのは良いが、アリーが相手を見つけるとすぐに撃つので敵にすぐに見つかるし、撃つのは良いけど、全然相手に当たっていないしで二人のポイントは結局1ポイントのみ。
あまりにも弾が当たらないから逃げるもすぐに見つかって弾に当たるわ。口論になるわで散々な目に遭った。
もう、絶対この人とは組まない。
桜は腕立てをしながらそう決心した。
結局、その日は、一日中サバゲーとエアガンでの射撃練習、筋トレをして終わった。
冒険部員達はその日、ヘトヘトになって別荘に戻った。
「う~、疲れた~。こんなに疲れたの初めてかも~」
桜はへろへろと酔っ払いのおじさんみたいに千鳥足で自分の部屋に戻って行った。
桜は、部屋に入ると、フラフラになって歩きながらベッドに顔ごと突っ込んで行った。
あー、これ寝るわ。
桜は、ぼんやりとそんなことを思った。
お風呂に入らなくちゃ。
でも、疲労で体を動かすのが怠い。無理。
桜は、そのまま深い眠りへと沈んでいった。
次の日、桜はチュンチュンという小鳥の囀りで目は覚めず、代わりに、ドーンという大きい衝撃音が桜の耳を響かせた。
「な、何?今の音?」
桜は、ベッドから跳ね起きて自分の隣のベッド、つまり、アニーの寝ているベッドに目をやった。
ところが、そこにはアニーはいなかった。
「う・・・うう」
桜とアニーのベッドの間から呻き声が聞こえた。
「アニー?」
桜が声のする方を覗くと、アニーが両手で痛そうに頭を抱えて蹲っていた。
「え?ちょっと、アニー?大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。気にしないで」
アニーは頭を抱えたまま立ち上がったが、千鳥足でお風呂場に向かって行った。
いや、全然大丈夫には見えないんだけれども。
暫くすると、アニーがお風呂場から出て来て、
「アニーちゃん。頭大丈夫?」
桜は自分の中にある感情の矛盾に気づきつつも、そんな質問をしていた。
「だいぶ大丈夫になったかな?」
「それは、良かった」
二人はかなり早く起きてしまったので何をしようか迷っていた。
もう、目が完全に覚めてしまって、二度寝をしようにも出来なかったので、少し外に出て散歩をすることになった。
外はまだ暗かったが、夜空満天に輝く星々が桜とアニーを迎えてくれた。
月明かりのせいで銀白にゆらり輝く海面もとても神秘的だった。
真夏に海から吹く風も、涼しくてとても心地よかった。
「あ~、気持ちいい」
桜は、両手を横に大きく広げて、後ろから仰向けにパタンと倒れて気持ち良さそうに目を瞑った。
「そうね、確かに気持ちいい」
アニーは、綺麗な手で絹のように輝く金色の長い髪を棚引かせて言った。
「私、日本の海好き。とても美しい」
「うん。私も」
二人は自然の偉大さ、美しさ、そして、畏怖する気持ちを感じた。
自然は、こんなにも綺麗で、美しくて、人の心をこんなにも和やかに癒やしてくれる。
その一方で、時には、台風や地震、竜巻などの「災害」という名の悲劇を人間にもたらし、人類の恐怖の対象でもあった。
人にとって自然とは、尊敬すると同時に、人の命を奪う危険な存在でもあった。
偉大さ。壮大さ。恐ろしさ。美しさ。
それが、人の力を超える存在、八百万の神様として日本では崇められ続けてきた理由の一つなのかもしれない。
桜はそんな民俗学者、文化人類学者のようなことを考えて、海面に浮かぶ金色の羽衣が揺れているのを眺めていた。
本当に綺麗。
こんなに綺麗な朝日を見るのはいつぶりぐらいだろうか?
朝日は部屋の中や早朝のランニング中に幾度となく見てきたが、こんなにも美しい朝日を見るのは久しぶりだった。
私は忘れていたんだ。
平凡な日常の中にこんなにも綺麗な出来事が隠れていたなんて。
それが例え、一瞬の出来事だとしてもこんなにも美しい朝日を見ることが出来るのなら一生生きていける気がする。
本当に大切なものっていうのは実は自分の手の届くところにあったんだ。
なんで今まで私はそんな簡単な事に気付くことが出来なかったのだろう。
私はほんの1秒、一瞬の出来事だとしても自分の心に残るようなそんな奇跡みたいな事を本当は求めていたのかもしれない。
ようやく、そのヒントに気付くことが出来た。
今まで私は、刺激を求めよう求めようとして必死に探してきた。
でも、そんなもの最初から探す必要なんて無かったんだ。
毎朝挨拶してくれる近所のおばちゃん、学校での陶子ちゃんとのたわいも無いお喋り。
はちゃめちゃな冒険部員達とのやりとり、帰りに見る川の水が流れる和やかな水音。
私が必要としていたものはそんな平凡な日々の中にある「幸せ」だったんだ。
刺激や幸せなんてものは本当は、自分から求めて手に入るものでは無いのかもしれない。
もしかしたら向こう側、刺激や幸せの方からやって来るものなのかもしれない。
でも、幸せがどうやったら私の方に来てくれるんだろう?
分からないよ。
「・・・・さん。・・・・さん」
一体、どうすれば・・・・・。
「・・神さん。白神さん」
物思いに耽っていた桜は自分の名前が呼ばれているのに気付いて、ナマケモノよろしくむっくりと起き上がって声のする方を向いた。
すると、桜の目に映ったのは、どアップされたアリーの顔だった。
「きゃあ!!」
桜は驚きのあまり飛び跳ねた。
桜は体勢を崩し、パスッと砂上に尻餅を着いた。
桜はむっくりと可愛い頬を膨らませて
「ちょっと、アリー顔が近いよ」
と少しムカッときた感じで言った。
「白神さんごめん。確かに、物思いに耽っている感じだったから話掛けるのはどうかなって思ったんだけどそろそろ朝食を食べないといけないなぁって思って」
「朝食?アリー今何時なの?」
「8時。ここに来たのが6時くらいだから2時間経ってる」
そんなに!?
私2時間もここで物思いに耽っていたの!?
2時間もぼっーとしていた私って一体・・・
桜は、そんなに集中していた自分自身に驚くと同時に呆れた。
「ほら、早く行かないと朝ご飯を食べる時間が無くなっちゃう!」
マリーは白神の手首を掴んで走り出した。
「ちょっと、マリー場所分かるの?」
「んーと、確か一階の一番奥の部屋だよね?」
確かか。
桜は少し不安になる。
屋敷の中に入ると、奥の方が騒がしかった。
二人が奥に進むと階段の後ろに大きな扉が開いていた。
二人はその扉の向こうにある風景を見て愕然とした。
そこには、冒険部の人達が集まっており、テーブルの上に美味しそうな食品がこれでもかというほど並べられていた。
そこから漂ってくる様々な食べ物の良い香りが起きてから水一滴も取っていない二人の食欲をより一層促進させた。
ゴクリ。
二人は唾を飲み込むと、猪の如く食卓の上に並べられているものに向かって突進していった。
桜とマリーは自分のお皿にこぼれそうなくらいの食べ物を載せてテーブルに皿を置いて椅子に座るやいなやすぐに食べ始めた。
その姿はまるで飢えたライオン、いや、ハイエナと言うべきか?
暴飲暴食。
そう、この時の二人の食べる姿は、暴飲暴食という言葉がちょうど当てはまった。
周囲にいる冒険部員達はそんな二人を見て
「あの二人どうしたんだろう?」
だとか、
「喧嘩でもしたのかな?」
という事をヒソヒソと話し合っていた。
二人が食べ終わると、部員達の間では、誰が最初に二人のどちらかに話しかけるかをじゃんけんで決めようかどうかを話し合っていた。
そこに、小笠原が来てパン!と手を叩いた。
ふう、なんとか助かった。
そう冒険部員全員の安堵の溜め息が聞こえてきそうだった。
「皆おはよう!昨夜はぐっすり眠れたかな?昨日は松本、吉田、武田がサバゲーをやってくれたけどどうだったかな?そして、3日目の今日は、齋藤の「BL祭り」だ!彼女のBLに対する熱い情熱と想いを感じてくれると何よりだ」
小笠原がそう言い終わると齋藤が前に出て来て
ニマニマ笑いながら、眼鏡に手を掛けて
「フフフ、今日は私のBL道を皆に叩き込んだるでぇ!」
朝食を食べたばかりで眠そうな皆の前で、齋藤はテンション高くベラベラ話していた。
中には首を垂らして寝ている部員もいた。
結局その日は、「BL祭り」というタイトル通りこれでもかというほどのBL小説、BLの漫画、映画、ゲーム、アニメなどを散々見せつけられた。
その間、齋藤は目をキラキラさせて永遠とBLの話をしていた。
一方で、部員達の反応はというと、少し、いや、かなり引け気味に齋藤の話を聞いていた。
「もうあの『もう、君を離さない』に出てくる主人公の土井君と恋人の苅田君が倉庫に
閉じ込められている時の×××のシーンがもう堪んないねん!もう、思い出しただけで・・・。キャーーー!!!くうっっコレキターーー!!もう、最高に萌えますわーーーーーー!!」
と、齋藤がずっとこのテンションのままなので、冒険部員達はついて行けずドンドン脱落していった。
その中でも、森下、小笠原、桜、アニーの4人は、朝から晩(昼飯なし)まで脱落せずに生き残ることが出来た。
賞品として、4人は齋藤オススメのBLものの漫画、小説、DVDのうちの一つを4人にあげた。
その時、齋藤が桜に
「白神はん、あんたいい目してはるよ。BL道を一緒に極めよや!」
と耳に語り掛けた。
桜は、なんと返事をすれば良いのか分からなかったのでなんとなく
「あ、うん。わかった」
と適当に答えた。




