後編
5人は拷問部屋があるという噂のドリームキャッスルの前に到着した。
開園時は、とても煌びやかで、お姫様好きな少女達が住みたいと憧れる素敵な煉瓦造りの城だったが、今や見る影もなく、廃れた洋館となっている。
城の裏手にまわり、地下に繋がっているという裏口から入った。当たり前だが、建物内は真っ暗で何も見えず、それぞれが懐中電灯の明かりをつけた。
音がよく響く鉄の螺旋階段を慎重にゆっくりと降りてゆく。階段は二十段程あった。
階段を降りると、地面にはカーペットが敷かれており、懐中電灯で先を照らすと、長さ三十メートルほどの廊下の左右にいくつかの扉が見えた。順番に扉を開け、中を確認したが、どの部屋にも何も物は置かれていない。
あとは、一番奥にある重そうな鉄の扉だけだ。今までの扉と違う唯一の鉄の扉を前に緊張感が漂う。
意を決して、大樹が扉のハンドルを握り、扉を押してみたが、微動だにしなかった。今度は扉を引いてみたが、開かなかった。
「もしかして、鍵かかってんのか?」
大樹は、懐中電灯でハンドル付近を照らしながら、触って調べた。
「あ、ここに鍵穴が隠されてるな」
修とふみが覗き込む。ハンドルの下の部分の装飾が動き、鍵穴が出てきた。
「鍵なら、あるかも」
そう言って、慧翔は荷物の中から、カギの束を取り出した。
「ここのマスターキー、一応持ってきたんだ」
「ちょっと貸して。このサイズで、この扉なら、形状はおそらく…」
修は慧翔から鍵の束を受け取り、二十個以上ある鍵の中から、形に合いそうな鍵を選んで、鍵穴に挿した。鍵を回すと、カチャっと鍵が開いた音がした。
修がハンドルを握り、扉を押すと、軋んだ音が響いた。扉の内側は、書斎の様な部屋だった。正面と左右の壁一面に様々な本が並び、扉側の壁には、絵画が何枚も飾られていた。部屋の奥側には机、中央には黒いテーブルと黒いソファが配置されていた。
「なんだ、ただの書斎じゃん。地下室の拷問部屋は、都市伝説だったか……」
大樹ががっかりした様子で言った。
「ここって開園当時は、一般の人って入れたの?」
ふみは、懐中電灯で辺りを照らして見回しながら、尋ねた。
「いや、さっき入ってきた城の裏口は、関係者以外立ち入り禁止になってたんだ。だから、おそらくこの部屋も父さんや共同経営者だった父さんの友人の涼宮さんが使ってたんじゃないかと思う」
机の上の写真の埃を、手で軽く払い、慧翔の父親である一ノ(の)瀬さとしと共同経営者の涼宮誠一が遊園地のオープン前にエントランスで二人で撮った写真を眺めながら、慧翔が答えた。
「なぁ、なんかこの絵変じゃないか?」
絵画を見ていた大樹が言った。修とふみがそれぞれ大樹の左右に並び、絵に視線を合わせる。
「変って何が?」
「なんか違和感を感じるんだよなぁ」
うーん、と眉間に皺を寄せながら、一生懸命に違和感の元を探そうとしている大樹の横で、修がハッと声を上げた。
「大樹、わかったぞ! 違和感の正体。この絵だけ埃があまり被ってないんだ」
その声で大樹もふみもひまわり畑の絵に注目した。
「あぁ、それだ! 」
スッキリしたと言わんばかりに大樹が叫ぶ。
「埃? あ、ホントだー」
麗奈も絵の前に来てじっくりと絵を眺める。そこにふみが声をあげる。
「ねぁ、なんで、この絵だけ埃を被ってないわけ? おかしいよね?」
「誰かがこの絵を掃除してるとでも言うのか?」
訝しげな顔の修が、ふみに同調した。
「その絵をちょっと調べてみようよ」
「んじゃあ、外してみるか?」
麗奈の提案に頷き、大樹が壁からひまわりの絵を外す。麗奈は大樹の手元に光を当て、大樹は絵の裏側を調べる。修(おさむ(は絵があった場所に光を当てていた。そこには、ティッシュ箱より一回り大きい程度の空間が現れ、ふみが覗き込んだ。
「え、何これ? スイッチ?」
ふみの問いかけに、調べていたひまわりの絵を黒いテーブルの上に置き、大樹がふみを軽く手で押しのけながら、空間を覗き込む。
「は? なんでそんなところにスイッチがあるんだよ」
修、麗奈、そして、今まで皆の話に耳を傾けながら机のそばを調べていた慧翔も加わり、順番に覗いていく。
「どうする? とりあえず押してみるか?」
「せっかくここまで来たんだし、押してみようよ」
「隠されていたスイッチだよ? 危険じゃないかな…… 」
「確かに。何が起こるかわからないから、押すのはやめておいた方がいいんじゃないか?」
ノリノリな大樹と麗奈に対して、慎重なふみと修。しばらく双方で意見を言い合っているところに、慧翔が口を挟む。
「本来はスイッチを押すのはお勧めしない。この園内で、同じ様な仕掛けは一度も見たことがないよ。隠されてるくらいだから、あまり良いイメージは浮かばないんだけど、でも、今は電気もきてないし、押しても何もならないんじゃないかな?」
「そうだよね、大丈夫だよね! じゃあ、押そう」
慧翔の賛同の言葉を聞き、ふみ達が止めるのを聞かずに、麗奈がすぐにスイッチを押す。
一瞬の沈黙の後、どこからかカチッと音がなる。
「えっ? ちょっと! 今、何か音がしなかった?!」
「あぁ……」
「何言って……」
何かの仕掛けが作動したであろう音を聞いて焦ったふみや修は、音の出どころを突き止めようと、部屋のあらゆる方向に懐中電灯の光を向け、大樹や慧翔も二人の動きを見て真似をしたが、一度鳴っただけの音の出どころは見つけられない。
しかし、カチッと音がしてから、十秒ほど経った後、今度はガチャっと大きな音がした。全員が音が聞こえた方角に光を向ける。
部屋の右側奥にある本棚で、ガタガタと音を出しながら、動き始めた。
「なに?!」
「動いてるぞ!」
「え!? どうなるの?!」
仕掛けに慌て、口々に叫びだす。少しづつ本棚が横に動き、扉の様なものが見えてきた。何か恐ろしいことが起こるわけではない状況にそれぞれが安堵した。
本棚の動きが止まるまで、全員が現れている扉を見つめた。そして、再び静寂に包まれた後、ふみが沈黙を破った。
「ちょっと慧翔! 電気とか関係ないじゃん。本棚が動いて扉が現れる仕掛けだったから良かったけど、これがもし、凶器が飛んできたり、天井が落ちてくる仕掛けだったら、どうするつもりだったの!?」
「ごめん、まさか作動するとは思わなかった……」
ふみに責められ、少し慧翔の顔が強張る。修が、ため息をつきながら、ふみを宥める。
「ふみ、落ち着け。慧翔は何も起きないんじゃないか、と意見を言っただけだ。それを押していいと判断したのは麗奈だ」
「私のせい?! 慧翔君が電気が通ってないって言うから、それなら押しても大丈夫だと思うじゃない」
「まぁまぁ、皆落ち着けって。誰が悪いって話をしてても、ただの言い争いになるだけだ。それに、仕掛けは既に作動してしまったんだから、そんな言い争いしてても不毛だろ?」
「大樹の言う通りだ。皆、無事だったんだから、言い争いは止めよう。それと、次にスイッチを見つけても、絶対に誰も押さない様にしよう」
修と大樹の冷静なコメントに、バツが悪そうな顔を見せつつも、皆は頷く。大樹が皆の反応を伺いながら、切り出した。
「で、どうする?」
「何が? どうするも何もこんな所にある隠し扉だぞ。危険だろ」
「でも、もしかしたら、これが拷問部屋に繋がってるかもしれないぞ?」
大樹は、少しワクワクした目をしながら、修に返答した。
「実際に拷問部屋なんか隠されていたら、余計にやばいだろ」
「私も修と同じで扉を開けるのは反対。拷問部屋かどうかは置いといても、隠し扉って、普通は他人に見られたくないって理由で作られてると思うの。しかも、立ち入り禁止区域に隠し扉って、あんまり関わらない方がいいんじゃないかな?」
「せっかくここまで来たんだよ。 先に進もうよ〜」
「俺もここまで来たんだから、拷問部屋に繋がってるのか確認したい! 拷問部屋じゃないとしても、何があるのか知らないまま帰ったら、後悔するだろうからな。慧翔はどう思う?」
大樹がまだ発言していない慧翔に意見を求めた。
しかし、慧翔は何も言わなかった。
「……さっきの事気にしてるの? ……私も焦っちゃって、慧翔は悪くないのに責めて、ごめん」
「いや、あれは僕も少し軽率だったし、僕は気にしてないから、ふみちゃんも気にしないで」
「ん、わかった」
少しだけ場の空気が落ち着いたところで、今度は修が慧翔に尋ねた。
「で、慧翔の意見は、どうなんだ?」
一瞬、躊躇いながらも慧翔が自分の考えを述べる。
「安全かどうかは僕にはわからない。でも、この書斎は、父さんや涼宮さんが使っていただろうから、この隠し扉の先に何があるのか僕は気になる。だから、ここから先は興味がある人だけ自己責任で進めば良いんじゃないかな?」
慧翔は、皆を見回して反応を伺う。それにいち早く修が答える。
「なるほど。俺とふみはここに残る、もしくは、地上に戻って、大樹と慧翔と麗奈が扉の先に進むということか……」
「えー、ふみちゃんも行こうよー」
「やめろ、麗奈。この先に何があるかわからないんだぞ。もし、万が一何かあってもお前が責任取れるのか?」
「わかったわよ……」
修に責められ、麗奈は、不貞腐れてそっぽを向いた。
「ふみ、どうする?」
修に聞かれて、ふみは考え込む。そして、独り言を呟き始めた。
「二手に分かれるのかぁ。行くのはちょっと怖いし、かといって、ここで待ってるだけなのもなぁ……うーん、どうしよう……修は?」
「ふみに合わせる。一人でここに残すって選択肢はないからな」
「そっか。うーん、あんまり行きたくはないけど、何があるのかちょっとは気になるし、この3人に行かせるのも、なんとなく心配だし、……行く」
「わかった。それなら、この先にも5人で進もう」
修が意見をまとめて、再び皆が扉に注目する。
「よーし、そんじゃ行こうぜ!」
大樹が元気よく声をかけて一歩を踏み出す。扉の取っ手を掴み、ゆっくりと扉を押す。他の4人は扉の先を懐中電灯で照らした。
扉の数メートル先は壁だった。扉から数歩先から、下りの階段になっていた。カーペットが敷かれた三十段ほどの階段があり、通路がその先に続いている様だが、そこからは見えなかった。
大樹、慧翔、麗奈、ふみ、修の順番で階段をゆっくりと降りていく。
「この遊園地って、何かの跡地とかに作られてないよな?」
「何で?」
「ほら、こういう隠し通路って、戦時中の軍とか、昔からの何とかによって作られた元々の施設で、みたいな話とか、よく漫画であるじゃん?でさ、そこに通路繋げただけとか、ないのかなって?」
「それは、漫画の話でしょ?」
「いや、だから、実際にないかなって。もし、ここが何かの跡地とかだったら、可能性もあるだろ?」
「ちょっと! 余計に怖くなる様なこと言わないでよ」
「大丈夫だよ、ここは元々、山を開拓して裏野ドリームランドを建てているから、そういうのはないはずだよ」
「良かった!」
会話が一通り終わる頃には、階下に到着していた。懐中電灯で辺りを照らしながら降りていたが、二メートルほど先に1つの扉があるだけだった。
「また扉かよ……」
そう言いながらも先に進み、扉の取っ手に手をかける。一息ついてから、恐る恐る扉を開ける。
入り口から懐中電灯を照らすと、二十メートル程先は壁になっており、左右にはドアがいくつか見える。大樹が一歩中に入り、あらゆる方向に懐中電灯を向けると、奥の広いスペースにはベッドの様なものの端が見えた。
「ホテルの部屋?」と、口に出した。
「え? ホテル?」と次に続く麗奈が大樹の後ろから中を覗こうと左右に動いた時、壁にあるスイッチを触ってしまった。
「えっ!?」
「なに?」
「なんで?!」
「嘘だろ?」
「電気?!」
チカチカッと光が点滅した後、部屋の明かりがつき、全員が驚きの声をあげた。
「なんで、電気がつくんだよ」
「あ、ごめん、私がスイッチ押しちゃったみたい」
「そうじゃなくて! 電気はきてないはずだろ!?」
「あ、もしかしたら、発電装置みたいなのがあるんじゃないかな?」
「そうかもしれない。実際にこうやってついてるんだから」
「でも、なんで?」
「ここだけ電気がつくようにしていた理由は僕にはわからないよ」
「そうだよね、こんな所があったのも知らなかったんだから」
悪気なく麗奈が言い放った言葉に、慧翔は苦笑いした。そこにすかさず、修がフォローを入れた。
「ここが出来たのって、俺たちはまだ小さい子供だったんだ。閉園したのだって5年前で、当時は高校生だ。当時の年齢を考えても、いくら父親が遊園地の経営者の1人だからといって、何でもかんでも慧翔や一ノ瀬妹に教えないだろ。それに、ここを使っていたのは、共同経営者の涼宮さんかもしれないんだろ? そしたら、尚更、慧翔は知らなくて当たり前なんだよ。だから、気に病む必要はない」
「ありがとう、修」と、慧翔はお礼を言い、軽く微笑んだ。
皆に聞こえない程の声で麗奈は呟いた。
「私そんなつもりで言ったわけじゃないのに……」
「明かりもついた事だし、この部屋の中、色々見てみようぜ」
大樹の発言をキッカケに、皆が部屋に踏み込む。それぞれがバラバラに部屋の中を見て回る。大樹、慧翔、麗奈は、そのままベッドや机の置いてある奥のスペースに向かった。
大樹と麗奈はベッド周りや壁際にある本棚を調べた。
「埃が被ってなかったら、ベッドとかも座れるのにな」
「大ちゃん、余計なこと言ってないで、その本棚調べてよ」
「言われなくても調べてるって」
麗奈がベッド脇のサイドテーブル周りを調べるが、特に目ぼしい物はない。
大樹が調べている本棚には、いくつかの本が置いてあったが、半分は洋書で読めなかった。残りの本の内、二分の一は著名な作家の文庫本のミステリー小説、残りは様々なジャンルの本が並んでいた。その内の数冊は、拷問器具や魔女狩りについてなどのオカルト系の本もあった。
「げー、趣味悪っ」と、独り言を言いながら、大樹はいくつかの本の埃を払ってパラパラと捲る。
麗奈がベッド周りを調べ終わった後、慧翔の所に行くと、慧翔は机の上や引き出しを調べていた。
「慧翔君、何かあった?」
「涼宮さん、父さん、僕や英玲奈の写真が飾られてるんだ。この家族写真なんて、懐かしいなぁ……」
「へー、家族写真? 見せて」
写真を眺めながら、思い出に浸る慧翔に、麗奈は手を伸ばした。慧翔は麗奈に写真を渡す。
「わぁ、小学生の慧翔君とえれなちゃんだ! 2人とも可愛いー!!」
麗奈の大きい声で我に返った慧翔は、麗奈から写真を返してもらい、続けた。
「引き出しには、遊園地に関する書類などが入ってたよ。他には特徴的なのはなさそうだな」
3人が奥のスペースを調べている頃、修とふみは入り口から奥のスペースまでにあるいくつかの扉を順番に開けてみることにした。最初のドアを開けると洋式のお手洗いだった。
「トイレか。流石に水は流れないよね?」と言いながら、水を流すレバーを引いてみたが、やはり水は流れなかった。
「ここは、何もないな。次に行こう」
今度は、斜め向かいのドアを開けてみる。別の寝室のようだ。修とふみで、部屋の中を一通り調べて回るが、特に発見はなかった。
次のドアを開ける。そこには、洗濯機が置いてあり、独立洗面台の横は、お風呂場を隔てるガラス戸があった。洗面所の電気を点けるが、お風呂場の電気はつかなかった。
特に何もないのはわかっているが、ふみがガラス戸を開ける。次の瞬間、反射的に叫んだ。
「きゃー!!」という叫び声を聞いた3人が洗面所に飛び込む。
「どうした!?」
「あ、あれ……」
腰を抜かし、お風呂場から這ってでも遠ざかろうとしたふみが、お風呂場を見ずに、指をさす。皆がお風呂場を覗き込む。
「うわっ!」
「きゃー」
全員が叫んだ。
電気のつかないお風呂場には、血まみれ姿の15歳前後のセーラー服を着た女の子がいた。その女の子は視線を感じたのか、顔を上げた。人がいるのを認識した直後、洗面所の方に向かってきたが、スッと消えた。
「何、今の!?」
「やだ、やだ、やだ」
「おばけ?!」
「嘘だろ、幽霊とかやめてくれよ」
「もう無理! やめて」
血まみれの女の子が出てきて消えたことに、全員パニックに陥りながらも、洗面所から脱出し、ベッドルームに移動した。しばらくして落ち着いてきたのか、お互いに話し始めた。
「さっきのは何だ?!」
「血まみれだったよな」
「……お風呂場の電気つかないな、と思いながらもガラス戸を開けたら、あそこに立ってたの……」
「消えたよな? なんで、こんな所に現れるんだ? しかも、血まみれで」
「そんなの私たちがわかるわけないでしょ」
「解決策には、ならないかもしれないが、あの風呂場には近づかないでおこう」
「そんなの当たり前でしょ? 何があっても絶対近づかないわよ!」
「どうする? もう戻るか?」
大樹の提案に、修が冷静に答える。
「こんなことがあって、ここには居たくないが、実は、あと、あのドアを調べたら終わりなんだ」
「また何か出てきたらどうすんの? 私はもう調べたくない」
「あと一箇所だけなんだろ? じゃあ、ここは俺達、男だけで調べるか?」
「あぁ、わかった」
「ふみと麗奈はここにいろよ」
そう言って、大樹と修と慧翔は、残った1つのドアに向かった。
「よし、開けるぞ」
大樹が合図を出し、ドアを開ける。中は、四畳程のウォークインクローゼットになっていて、たくさんの服がハンガーにかかっていた。
「ウォークインクローゼットか」
修は、ふみや麗奈に聞こえる様に言った。
3人がそれぞれハンガーに掛かっている服や棚をサッと確認する。
「こっちの棚の中は、革靴やサンダル。こっちは靴下とか男性の下着とかしかない。大樹、そっちはどうだ?」
「俺のところは、女の服ばかりだな」
「なぁ、ここって結局誰が使ってたんだ?」
「机には書類や僕たちの写真があったから、父さんや涼宮さん、女性の服があるなら、涼宮さんの奥さんとか?」
「でも、ここにある女の服って、中学生や高校生が着そうな感じの服ばっかだぞ。ほら」
適当に数枚掴んで、修と慧翔に見せる。
「ホントだね。これは流石に、既婚女性が着るのは……」
「それなら、さっきの……」
修が言いかけて止まる。その言葉の先は、声に出さなくても3人ともわかっていた。先ほどのお風呂場に居た女の子を思い出していた。静まってしまったその場の空気を変えようと大樹が慧翔に聞いた。
「慧翔の方は何があったんだ?」
「ほとんどこんな感じのスーツとかコート男性物の服だったよ」
ハンガーに掛かって並んでいるコートやスーツから左から数着手に取って二人に見せた。
「特に変わったものはなかったね」
そう言ってコートを戻そうとした時、左側の壁に切り込みが入ってるのが、目に入った。
「なんだろう、これ」
慧翔は、ハンガーにかかっている服を右側に寄せる。隠れていたものが見え、切り込みだと思ったものは、実際は引き戸になっていた。
「どうした?」
2人は慧翔の脇から覗き込む。
「おいおい、また隠し部屋とかかよ」
「余程見られたくないものでもあるのかな」
2人は引き戸が目に入り、再び現れた隠し扉にため息をつく。
「とりあえず開けてみるか」
大樹が前に出て、引き戸を引く。
「あれ? なんか、この引き戸結構重いな」
簡単に開くかと思ったが、少し力を入れ、両手で引かないと開かなかった。開けてみると、十メートルほどの鉄筋コンクリートの通路が現れ、壁際に沿って、天井には蛍光灯が続いていたが、寿命が近いのかぼんやりと明るい程度に照らしていた。無機質な鉄筋コンクリートの通路に、切れかけの蛍光灯の光により薄暗く、少し不気味な雰囲気を醸し出している。
「ここから造りが違うな。何に繋がっているんだ?」
「あの先は曲がり角みたいだね」
「今度こそ、マジで拷問部屋に繋がってたりして。よし、行こーぜ」
「大樹、ちょっと待て。先にふみと麗奈に知らせよう」
「そうだね、それが良いと思う。あの2人を残したまま、僕たちが戻ってこないと心配になると思うよ」
「わかった」
3人は一度ふみと麗奈の所に戻った。ウォークインクローゼットに再び隠し扉があったこと、その先は造りが違う鉄筋コンクリートになっていて、薄気味悪い雰囲気であることを伝えた。
「俺たちは見に行ってみるけど、ふみたちはどうする? ここに居てもいいぞ」
「そんな薄気味悪いところには行きたくないけど、この部屋に残ってるのも嫌。だから、行く……」
まだ少し震えが残りながらも、ふみは立ち上がり、大樹を先頭に通路に向かう。薄暗いコンクリートの通路を見たふみと麗奈は少し躊躇した。
「蛍光灯が薄暗くて不気味……この先に進むの?」
「何かやばそうな雰囲気だよね。何があるんだろうね?」
大樹は懐中電灯でも通路を照らしながら進んで行く。ふみは余計なものを見ないように、少し俯き加減で歩く。修は、そんなふみの体を支えながら、寄り添って歩く。誰も何も言わず、足音だけが響いていた。曲がり角を曲がってから、二十メートル進むと扉があった。
少し厚めのその扉を開けると、もわっとした空気と何とも表現し難い臭いが辺りに広がった。
「うわっ、くせっ」と、大樹は鼻を刺激する臭いに、たまらず鼻をつまんだ。反射的に顔を背けたが、部屋の中を見て驚いた。
「拷問部屋だ……」
壁は煉瓦造で中世のヨーロッパをイメージしている様だった。イメージに合わせたのか様に部屋の電気の色も赤く、重苦しく嫌な空気を感じた。
部屋の中には、鉄の処女、頭蓋骨粉砕機、審問椅子等、漫画や本、テレビで見たことがあるものから、使い方すらわからない様な拷問器具が展示されていた。
部屋の真ん中には、ビリヤード台くらいの大きさの台があり、人を縛って身動きが取れない様にする鎖もついていた。
「拷問部屋なんて本当にあったのか」
「マジかよ……」
「ねぇ、なんでこんな部屋が遊園地の城の地下にあるの?」
「こんなの見てるだけで気持ち悪い」
「こんな部屋が隠されていたなんて……」
部屋を見ながら、各々(おのおの)が思ったことを口に出していた。色々な器具を間近で見ようと懐中電灯を当てながら近づいた大樹が呟いた。
「なぁ……この台、血の跡みたいなのがある……」
「ちょっと!怖いこと言わないでよ」
ふみは仰け反り、部屋の入り口近くまで戻った。修は大樹の近くまで行って、確認する。
「本当だ。これは確かに血の跡の様だな」
「実際に使われてたって事?」
「そんな、こんな部屋が隠されていただけじゃなく、拷問が行われていたというのか……?」
麗奈と慧翔は驚きつつも確認しようと台に近づいた。
「じゃあ、もしかして、さっき私達が見たあの女の子も」
「ここで殺されたとでも言うのか?」
「死体は、見当たらないけどな」
「それは、埋めたとか、何か処分したんじゃない?」
会話を繰り広げる4人に、ふみは言った。
「ねぇ、何でそんな話を平然としてるのよ! それより、もう拷問部屋が存在したのはわかったんだから、さっさとこんなところ出ようよ!」
「あぁ、そうだね」
慧翔は、ふみの意見に同意し、入り口に向かおうとする。その直後、修が声をあげる。
「おいっ!あれ!」
修が指をさした所に皆が注目する。しかし、入り口に近いところに居たふみや慧翔からは死角となっていたため、何があったのか見えなかったが、麗奈と大樹が覗き込む様に見てみると、そこには、人間の骨が横たわっていた。
「きゃーー」
「骨!?」
麗奈と大樹の叫び声にビクッとするふみと慧翔。
「え? なに? なに?!」
「今、骨って言ったか……?」
「あぁ!……ここに人間の……」
「服装から見る限り、成人男性だな。スーツを着ていたようだ」
修は冷静に白骨化した人間の周囲を調べる。
「おい、なんで、そんな冷静なんだよ。骨とはいえ、人の遺体だろ!」
大樹の突っ込みに対しても冷静に返す。
「まぁ、職業柄、冷静にならないとな」
「職業って何の?」
「警察官」
「警察?! 修は警察官になってたのか」
「あぁ、ただ、実際に遺体を直接見たのは初めてだし、少し心臓は早くなってるけどな。……とりあえず、本物の人の遺体なのは間違いないから、地元の警察に連絡する必要がある。ここじゃ携帯も繋がらないし、現場を汚さない様に外に出よう」
修が提案し、皆が入り口に向かおうとした時に、今度は麗奈の叫び声が辺りに響いた。
「なんだ!?」とビックリして麗奈の方を見ると、そこには、部屋のライトのせいでうっすらと光っている様に見える透き通った男が揺らめいて立っていた。皆の位置からは、横顔しか見えないが、地面を見ながら、何か言っている様だった。
「どう……言うこと……聞かないんだ……私のかわいい……なら、私の言うことは……お仕置き…」
先程まで居なかった男を見て、皆が硬直する。その男が何を言っているか聞き取れなかったが、その男は急に顔を上げて、麗奈を見た。
「言う……を聞かない子には……」
すごい形相をした男が、スーッと麗奈に近寄っていく。
「おい、なんかヤバイぞ!」
「麗奈、早くこっちに来るんだ」
口々に麗奈に声をかけるが、麗奈はその場を動かない。
「そんな事言われても何でかわかんないけど動けないの!いやぁ、来ないでー!!」
間近に男が迫り、麗奈は目を瞑る。
「父さんっ!」
声がした時、その男の動きは止まり、声の主を見た。慧翔を見た男の表情が変わった。
「おぉ……私の……英玲奈……」
その男は、今度は慧翔に近づく。
「違うよ、父さん。僕だよ、慧翔だよ! 父さんは知ってるはずだよ、英玲奈はもう居ないんだって」
「えい…と? ……慧翔なの……か。そうか、私の愛しい英玲奈は……病気で……」
慧翔の言葉で、正気を取り戻した様で、先ほどまでとは違い、ただ透けているだけの大人しそうな男性が立って居た。
「そうだよ、英玲奈は高校一年の時に病気で亡くなったんだ。その直後に父さんは姿を消した。一体、何があったの……?」
慧翔はその男性に聞いた。他の4人は、その光景と話の内容に呆然となったが、何も言わずに、慧翔とその男性の会話を見守った。
「あぁ、そうか……思い出した。私は私の大切な英玲奈が居なくなってしまった事に耐えられなくなって、精神を病んでしまった。ここの地下の部屋に住んで居たが……あぁ、私はなんて事をしてしまったんだろう!……英玲奈に似た女の子を連れてきては地下に閉じ込め、聞き分けのない子には、お仕置きとして、ここにある器具を使って拷問したんだ」
「なんで、そんな事を……」
「英玲奈のいない悲しさに耐えられず、英玲奈の代わりに私の事を慕ってくれる可愛い娘が欲しかった。だから、攫ってきてしまった……。しかし、どの子も逃げようとしたりして、段々拷問がエスカレートしてし、最後はそれに耐えられなかった……」
「人を殺したの?!」
「あぁ……それで、亡くなった娘達を森に埋めているところを、涼宮が目撃したらしく、私の後をつけ、この部屋が見つかってしまってね、そこで私を止めようと口論になったんだ。私は近くにあった爪を剥がすためのナイフを手に取り、涼宮にここから去る様に言ったが、揉み合いになり、私にナイフが刺さったところまでは覚えている……」
「そんな……やっと父さんを見つけたのに」
「慧翔、すまない……」
「父さんが居なくなってから、4年も経ったんだ。……僕を1人残して消えた事とか、当時は恨んだりもした。でも、いつか帰ってくるかもしれないとも期待してたんだ。だから、こんな形でも父さんに会えたのは嬉しいよ。やっと長年モヤモヤしてたのが、スッキリした」
「慧翔も私の大切な愛しい息子だったのに、娘を失った悲しさばかりで、罪まで犯してしまったなんて、私は何て愚かなのか……」
「父さんが英玲奈を溺愛してたのは知ってる。その悲しさが計り知れないことも。だからって許される訳じゃないけど……。父さんが暮らしてたって部屋で、実は父さんの日記を見つけたんだ。さっき話してた罪も書いてあった。だから、警察には全部伝えるよ。森にいる女の子達も探してもらって、ご家族の元に返したいんだ」
「あぁ、そうしてくれ。こんなダメな父親で本当にすまない……慧翔、ありがとう」
最後にそう言って、男はスッと消えた。特に何も変わった訳ではないのに、さっきより空気が軽くなった様に感じる。皆が何かを口にするよりも早く、慧翔が皆に促した。
「警察を呼ばなきゃね。皆にも色々と話さなきゃいけない事もあるから、外に出よう」
皆は黙って頷き、元来た道を辿り、外に出た。先程まであった霧は晴れていて、園内が一面が見渡せる程、明るくなっていた。
「霧が晴れてる。さぁ、行こう」
気分も少し晴れた慧翔が爽やかに笑顔で言った。園内をエントランスに向かって歩きながら、話を続ける。
「おい、慧翔、どういう事なんだ?」
「ごめんね、黙ってて。実は、英玲奈は高校一年の頃、病気で亡くなったんだ。皆にも知らせようとしたんだけど、さっき話してた通り、父さんも居なくなってしまって、色々バタバタしてたし、僕も少し精神的にやられちゃってて、皆に連絡が取れなくて」
「こっちからも連絡出来てなくてすまん。今は大丈夫なのか?」
「うん、去年には、だいぶ良くなったよ。そして、思い出したんだ。英玲奈の最後の言葉。『約束、守れなかったな……皆でまた行こうね、って言ったのに。ねぇ、えーちゃん。お願いがあるの。皆でドリランに行って約束を叶えて欲しいの。私は行けないけど、私の写真を持って行って、皆に会わせて』って。だから、皆の住所を調べて、僕が送ったんだ、あの手紙」
「そうだったのね。でも、だからって、あんな脅迫じみた内容にしなくても」
「脅迫?」
「あぁ、『約束を破った者には相応の罰を与える』ってやつか。来なかったら、どうする気だったんだ?」
「え? 何それ? 僕が書いたのは、『最後の約束を覚えてる? 1か月後の2017年8月15日午前9時に、裏野ドリームランド入り口に集合だよ。絶対来て!』だよ」
「嘘でしょ? やめてよ」
「もしかしたら、慧翔の父親とかの仕業だったのかもな。英玲奈の最後の望みなわけだし」
「もし、来なかったら、どうなってたのかな?」
「もう、本当やめてよ! 怖くて考えたくもないよ」
話をしている内に、エントランスに着いた。
「皆、今日は本当に来てくれてありがとう。この後、警察とかも呼ばなきゃだから、ここで解散」
「慧翔、落ち着いたら、皆で英玲奈のお墓参りしてもいいか?」
「うん、連絡するよ」
「あ、皆の連絡先、交換しとこうぜ」
それぞれが携帯を出して、連絡先を交換する。
「じゃあ、俺トレーニングしなきゃだから帰るわ」
「私も帰る。ふみちゃん行こう」
「あ、私は修と一緒に帰るから、ごめん、先に帰って」
「わかった、じゃあ、またね」
大樹と麗奈は皆に手を振り去っていく。それを見送りながら、修はふみに言った。
「これから警察を呼ぶから、俺もまだここに居る。遅くなるから、先に帰った方が良いんじゃないか?」
「あのね、修と慧翔に話さなきゃいけないことがあるの」
ふみは、そう言って切り出し、ミラーハウスでの出来事、水希と麗奈について2人に説明した。
「水希ちゃんが……?」と、その話を聞いた慧翔の表情は雲った。
「ネイチャーゾーンの森で、大ちゃんが水希を見たって言ってた場所覚えてる? あの辺りに水希も埋められてるかもしれないって……。だから、警察に探して欲しいから残ったの。もし、水希が見つからなければ、それはそれで私が見た物がただの幻覚で水希は生きてるって事になるから良いの。ただ、レイナの前では言えない話だし、警察の人に、幽霊を見て、この場所に人が埋まってるかもと聞いたって言っても信じてもらえるわけないから、どう言えばいいかわからないけど……」
「そこは難しいな、まぁ、でも俺に任せとけ」
「わかった」
そして、警察が来て、事情を説明し、城の地下室の白骨化遺体と森の遺体について伝え、警察の捜査が始まった。
ーー後日
英玲奈のお墓の前に立つ慧翔、大樹、修、ふみ。お花を供えてお線香をあげ、目を瞑って合掌する。英玲奈のお墓参りが終わった後に、近場のイタリアンレストランでご飯を食べながら、慧翔から警察の捜査状況を聞いた。
「水希ちゃん見つかったって。それで、麗ちゃんは取り調べを受けてる。父さんの方は皆も知ってる通りだよ」
「連日、ニュースでやってるもんな。遊園地の経営者が、行方不明だった少女達の監禁と殺害の疑いって」
「涼宮さんも捕まったって。4年も経ってるから、本当に正当防衛だったか立証するのは難しいって聞いた。父さんの日記での自供内容によっても変わるだろうし、もし、正当防衛と判断されても、死体遺棄罪で懲役を受けるのは免れないらしい」
「私たちがドリランに集まらなければ、真実はずっと闇の中だったのよね」
「父さんが犯罪を起こしていたことは悲しいけれど、最後に会うことも出来たし、水希ちゃんの事も知ることが出来た。それに、英玲奈との約束も叶えられたから、僕としては、皆に感謝してるんだ。ありがとう」
「慧翔はこれからどうするんだ? ……犯罪者の家族だって世間に思われたり、週刊誌が慧翔達家族のことも色々と書いてるだろ……」
「中には僕に対しては、同情的に思ってる人も居るみたいだね。今はまだ警察が捜査中なのもあるし、しばらくは裏野にいるよ。全て片付いたら、前から住みたいと思ってたオーストラリアとかに留学とかするつもり」
「そっか。何かあったら、私達にできることがあれば言ってね」
「いやいや、ふみは、怖がりだから、何かあっても役に立たないだろ(笑)」
「そ、それは……仕方ないじゃない。幽霊が出てくるなんて思ってなかったんだから」
「それは皆同じだったよ。でも、今回の事で、ふみの弱点が明らかになったな」
「そういうので、脅そうとするのは、絶対やめてよね」
「はいはい、やりませんよ」
4人で中学生の頃の様に、無邪気にはしゃぎ、楽しい時間を過ごした。時間はあっという間に過ぎ、お会計を済ませてお店の外に出た。
「4人で話してたら、色々な事を思い出しちゃった。でも、あの頃に戻る事も、もう7人で集まる事も出来ないんだよね……」
「そうだね。でも、楽しく過ごした過去は消えないし、いつまでも思い出として心には残ってるね」
「あぁ、今日はすごく楽しかったな。時間もあっという間だったし、また集まって盛りあがろうぜ」
「そうだな。数年に一度とかでも良いから集まって、あの頃の話でもしようか」
「それ、いいね! じゃあ、私が幹事やるから、定期的に集まろうよ!」
3人ともふみの提案に賛同した。
「よし、じゃあ、約束だよ!」
「またね」と挨拶を交わし、それぞれ歩き出した。