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約束  作者: 神村 結美
1/2

前編

夏のホラー2017用に作った作品です。提出が間に合わず、参加できませんでしたが、せっかくホラーを書いたので、掲載します。

「絶対にまた皆で来ようね! 約束だよ」


 中学校の卒業式を間近に控えた3月。

 卒業前に皆で最後に皆で思い出を作ろうと仲良しグループの男女7人で、郊外の外れにある遊園地ーー裏野ドリームランドに遊びに行った。


 卒業後の進路はバラバラ。


 グループのまとめ役の河原かわはら ふみは、父親の転勤と併せて家族で東京へ引っ越し、両親が海外在住で中学卒業までは祖父母の元へ預けられていた元生徒会長の幹本みきもと おさむは、東京の寮付きの進学校へ。


 施設育ちで、幼い頃に山川家の養子となった山川やまかわ 麗奈れいなは、養母ははの勧めで養母の母校である近所の女子校に、双子兄妹の一ノいちのせ 慧翔えいとと一ノいちのせ 英玲奈えれなは、セレブが多い事で有名な隣接市にある私立高校に進学。


 野球大好き笠原かさはら 大樹だいきは、隣の県にあるスポーツ強豪高でのスポーツ推薦枠を獲得し、寮暮らし、そして、元気もノリも良いグループのムードメーカーの篠田しのだ 水希みずきは、地元の公立高校に通う。


 卒業後は、ある程度頻繁に連絡を取り合っていたが、徐々に連絡が途絶えて行った。



 ーーあれから7年。


 今年から社会人となり、入社して間もなく、覚える事や学ぶ事が多く、忙しい日々に追われていた河原ふみの元に手紙が届いた。


 お風呂から出て、肩甲骨辺りまで伸びている黒髪の上からタオルを被せ、軽く水分を拭き取りながら、机の上に束で置いてあるダイレクトメールの差出人を右手で一通ずつ確認し、ゴミ箱に捨てていく。


 その中にダイレクトメールではなさそうな封筒が混ざっていた。表も裏も確認するが、封筒に送り主は書いてなかった。


 とりあえず手紙を開いてみると、目に入ったのは、ヘッダーに書かれていた『FREEDOMの諸君』という言葉だった。


 ふみ、麗奈れいな英玲奈えれな慧翔えいと大樹だいきおさむ水希みずき達7人の名前のイニシャルをもじって作ったグループ名のFREEDOMフリーダム


 楽しかった中学時代を思い出す。皆で集まってワイワイやるのが大好きで、謎解きや旅行を含め、面白い事をたくさん企画した。皆を誘う時の案内文やメールの始まりは、決まって『FREEDOMの諸君』だった。


 手紙の本文に目を通す。手紙は印字されており、差出人は不明。本文には、『最後の約束を覚えてる? 1か月後の2017年8月15日午前9時に、裏野ドリームランド入り口に集合だよ。絶対来て! 約束を破った者には相応の罰を与える』と書かれていた。


(裏野ドリームランド……約束……って、きっと、また皆で行こうって言ってたやつだよね? でも、破ったら相応の罰を与えるって? どういう事だろう。誰が差出人かわからないけど、おそらく、来なかったら、皆の前で秘密を暴露されるとか、そんなとこだろうか……)


 最後の文章に何となく引っかかりを覚えるが、あまり気にする事なく、卒業後の皆がどんな大人になっているかを想像したら、会うのが楽しみになってきた。




 ーー8月15日

 始発に合わせて家を出たふみは、裏野駅うらのえきからタクシーに乗り、午前8時半に裏野ドリームランドの入り口に到着した。


 裏野ドリームランドは、5年前に廃園となっている遊園地。聞くところによると、経営が立ち行かなくなり閉園を余儀なくされたらしいが、噂では取り壊そうとすると、不慮の事故や関係者に不幸が起こるため、取り壊すことも出来ずにそのままだという。

 閉園前にもアトラクションに関しての噂が出回り、若者達の肝試し心霊スポットとして、ちまたを賑わせている。


 大きな湖が近くにあり、夏でも比較的涼しく過ごせるこの地域は特殊な地形となっており、きりもやがかかる事が良くある。今もきりがかかっていて、電気のついていない園内は、ほとんど周りが見えない状態だ。


 裏野ドリームランド入り口に着いたふみは、きりで遠くが見えないため、目を凝らして、軽く辺りを見回す。


「まだ誰も来てないか……」


 時間を確認しようとを腕時計に目を向けると、後ろから急に声をかけられる。


「おい」


 振り返ると、目にかかりそうな長さの前髪に黒縁メガネをかけ、白シャツに七分袖のネイビーのテーラードジャケットとスラックスのセットアップでキッチリとした格好をした幹本みきもと おさむが立っていた。


おさむ! 今、着いたの?」


 久々の再会に気分が盛り上ってくる。


「あぁ、他のやつらは、まだ来てないのか?」


「うん、まだみたい」


 おさむも辺りを見回す。誰もいないようだ。時計を確認すると、8時40分。集合時間までまだ20分もあるので、2人はエントランス近くにあるベンチに座って皆が来るのを待つ事にした。


「それにしても、久しぶりだよね、皆で集まるの。卒業してから、全く連絡取れてなかった子もいるし、今日会えるのが楽しみだよ」


「あぁ、俺も勉強と受験で忙しくて連絡取れてなかったからな。ところで、ふみ、手紙出したのお前か?」


「ううん、私じゃないよ。昔、また皆で来ようねって言ったのって、えれにゃんじゃなかった?だから、私はえれにゃんなのかなぁ、と思っていたけど」


「あぁ、確かに、それを言ったのは一ノいちのせいもうとだったな。しかし、手紙の最後の文面が一ノ瀬妹らしくないだろう。だから、違うやつが出しているのかと考えたんだが、まぁ、一ノ瀬妹に確認してみればいいか」


「うん、そうだね」


 会うのが久しぶりだったこともあり、そこからお互いの近況について話をしていると、2人の前に人影が立ちはだかる。


「……ふみとおさむか? 久しぶりだな」


 被っていた球団のロゴ入りキャップを取り、昔と変わらない短髪姿の笠原かさはら大樹だいきが笑顔で声をかけてきた。


だいちゃん、久しぶり!」


 白いVネックシャツにカーキ色の迷彩柄の半袖パーカーを羽織り、デニムジーンズに黒スニーカーを履いた大樹を見て、修は言った。


「大樹は相変わらず迷彩柄なんだな」


「なんだよ、わりぃかよ?」


「いや、あの頃と変わらないな、と思ってな。もう何年も会ってないのに、変わらないところを見ると、何か、中学時代の事が昨日の様に蘇ってくるな」


  修は在りし日の思い出に耽り始めた。


「よし、ギリギリ間に合った!」


 胸元ぐらいのふわふわの茶髪のパーマをなびかせながら、誰かが小走りでやって来た。胸に手を当て、軽く息を整えると辺りを見回して、集まっている集団を見つけて、ニコッと笑った。


「あ、皆、久しぶりだね〜。元気だった? 麗奈だよ」


「レイナ! 7年ぶり! 綺麗になったね! 一瞬誰かわかんなかったよー」


 ふみは麗奈に駆け寄り、麗奈と両手を合わせてはしゃいだ。


「あぁ、確かに。昔の麗奈は黒髪ストレートで見た目も雰囲気も大人しめの感じだったが、もはや別人といえるくらい見た目も雰囲気も変わってるな」


 同じく7年振りに麗奈にあった修が麗奈を眺めながら言う。


「7年も経ってるし、もう社会人なんだから、変わるでしょ。あ、でも、修君は全然変わってないね。……ねぇ、慧翔えいと君は?」


「麗奈っち、ホント可愛くなったな。ちなみに、慧翔なら、まだ来てないぞ」


 周りを見回す麗奈に大樹が答えた。


「ありがとう、大ちゃん。そっかぁ、慧翔君はまだなんだね。きっとすごくカッコ良くなってるだろうなぁ」


 それを聞いたふみが、レイナに耳打ちする。


「レイナ、昔、慧翔の事好きだったもんね。あれから何か進展とかなかったの?」


「残念ながら、何も進展してないよ。会えなかったし。それに……」


 ヒソヒソ声で答える麗奈の顔が一瞬曇るが、直ぐ、ふみに笑顔を向けた。


「ふみちゃん、私、今日慧翔君に会えるのがすっごく楽しみなの」


「そっか。慧翔も早く来ると良いね。そういえば、慧翔といえば……」


 女子の内緒話を遮る様に修が言った。


「もう9時だ。後は、水希みずきと一ノいちのせ兄妹きょうだいだけだな」


 皆、辺りを見回す。すると、一ノいちのせ慧翔えいとがエントランスに向かって歩いてくるのが見えた。


「やぁ、皆。久しぶりー」


慧翔えいと君、久しぶり!」


 真っ先に、麗奈が慧翔の元へ駆け寄り、大樹がそれに続き、慧翔の肩に腕を回す。


慧翔えいと、お前、相変あいかわらず集合時間通りだな。それよりも、更にイケメン度が増してるな! やっぱ、モテるのか? なぁ?」


「慧翔、一ノいちのせいもうとは、どうした?」


 修の質問で慧翔の表情が変わった。慧翔は修をじっと見た後、気まずそうに答えた。


「英玲奈はれない……。でも、今日のことは、帰ってから英玲奈にちゃんと報告する」


「えれにゃん、どうしたの? 体調不良とか?」


 慧翔は、困ったような表情をし、ふみの質問には答えず、話題を変えた。


「それよりも、もう9時だね。水希みずきちゃんは、ないの?」


「知らない」


 少し怒った様な声で、麗奈が答えた。


「まだ来てないな。誰か、水希の連絡先知らないのか?」


「私、さっき水希にメールしてみたんだけど、連絡つかないんだよね」


「俺も手紙もらった後、水希にメールで連絡とかしてみたんだけど、返信ないんだよな」


「返信ないって、大ちゃん、水希を怒らせる様なこと、何かしたの?」


「いや、全く身に覚えがない」


「大樹が気づいてないだけじゃないか?」


「それは、あるかも。でも、水希は大ちゃんの性格も良く知ってるし、返信一切しない程怒るとか、想像つかないんだけど」


「2人ともヒドイな……。俺、そんなに鈍感でも無神経でもねーぞ」


「ねぇ、誰にも連絡ないんだし、今日は来ないんじゃない? 水希ちゃん以外は揃ったんだし……で、どうするの?」


 麗奈が皆を見回して言った。


「どうするって、何が?」


「大ちゃん、今日は手紙をもらったから、皆ここに集まったんでしょ? 確かに、皆でまた裏野ドリームランドに来ようねって言ったけど、閉園して5年も経ってるところだよ? 遊ぶって感じじゃないじゃん」


「確かにそうだな。そもそも集合と書かれただけで、何をするかは書いてなかったな。それに俺は一之瀬妹が手紙の差出人かと思ったが、来ていないしな」


 修は、慧翔を見ながら言った。


「とりあえず、手紙の差出人って、えれにゃんで確定なの?」


 ふみの問いに対して、自分が出したと名乗り出るものはいなかった。


「この場に手紙出したって人がいないなら、えれにゃんか水希って事だよね。手紙出した本人いないなら、何をしたら良いかわからないよね」


「ふみちゃん、とりあえず、裏野ドリームランドに入ってみる?」


「え、入れるの? あ、そっか。ドリランって、慧翔のお父さんが経営してたもんね」


「そう、だから、廃園してるけど、鍵はあるよ」


 そう言いながら、ポケットから鍵を取り出した。


「ここにずっと居ても仕方ないから、とりあえず中に入ってみるか」


「なぁ、何かワクワクすんな、廃園の遊園地に入るのって」


「ワクワクしてるのは、大ちゃんだけだよ、きっと。私は怖いな、ここに入るの……」


「大丈夫だよ、レイナ。皆一緒なんだから」


「乗り物系のアトラクションは無理だけど、ミラーハウスやドリームキャッスル、ホラーマンションとか、そういうのは入れるかもね。あと、電気は通ってないと思うから、これ」


 そう言って、慧翔は荷物から懐中電灯を取り出し、1人に1つずつ渡した。


「ありがとう、慧翔君。慧翔君の荷物が大きかったのは、これが入ってたからなんだね、さすが慧翔君!」


「まぁ、ここに来るってわかってたからね」


「よし、じゃあ、入ってみっか。レッツゴー!」


 テンションの高い大樹を先頭に、5人は裏野ドリームランドに足を踏み入れる。霧が少し晴れ、もやがかった状態の園内をそれぞれが見回す。


 廃園となってから5年の月日が流れているため、昔の賑わっていた頃のドリランの面影もなく、見るも無残な程、どこも廃れていた。至るところに蜘蛛の巣が張られていたり、埃がつもっていた。マスコットのウサギのボードも折れてボロボロになっていた。


もやのせいで、太陽の光もライトもないと、ちょっと薄気味悪いね」


「ふみが怖がりとは、意外だな」


「何よ、そういう修は、お化け屋敷とか怖くないの?」


「あぁ、お化けとかって、所詮空想だろ? 非科学的なものは信じないたちなんだ」


「でも、ここって、出るって噂だよな。心霊スポットとして取り上げられてるしな」


「おい、大樹」


「あ、ごめん、慧翔」


 修が何を言おうとしてたかを察知した大樹は、失言を申し訳なさそうに、慧翔に謝った。


「気にしなくていいよ。ここはもう廃園となってるから。それに、事実なんだ。取り壊そうとして、何人もの関係者に不幸が起こったりとか……」


「え?! それ、事実なの? やっぱり怖い……。ねぇ、慧翔君、腕掴んでても良い?」


「別に良いよ」


「ありがとう、慧翔君」


 そう言って、両手で慧翔の右腕をそっと掴んだ。そして、麗奈は、作戦成功と言わんばかりに、ふみに向かってウインクした。

 あまりの手際の良さに、ふみはボソッと呟いた。


「すごいな、レイナ。いつからあんなに積極的に……?」



「とりあえず、どこ向かう?」


 入り口の園内マップを見ながら、大樹が言った。慧翔は、鞄の中から、開園当時使用されていた園内マップを取り出し、全員に配った。


「そういえば、前来た時も入り口で皆でマップ見ながら、どこ行くか決めたよね。でも、皆行きたいところがバラバラで、どこから回るかって30分も議論してたの思い出しちゃった。結局、時計回りで回ってくことにしたんだよね、懐かしいね」


「あぁ、そんな事もあったな。それなら、今回も同じルートで回れば良いんじゃないか? 最初はネイチャーゾーンだな」


 そう言って修が歩き始め、皆も後をついて行く。


「ネイチャーゾーンと言えば、アクアツアーだよな。すごいよな、遊園地なのに、作り物じゃなくて、実際の生物が多く居たんだろ?」


「あぁ、さすがに本物だと危険なワニとか、飼育がとても大変な生物は、リアルに見えるような作りものにしていたよ。でも、水族館並みに飼育者も雇って、世話や躾をしていたね」


「そうなの? じゃあ、閉園した時どうしたの?」


「水族館や動物園、団体や個人で引き取り手があったものに関しては、全て無料で受け渡した。ただ、リアルに拘ったエリアだからね、この環境でそのまま生きていけそうな引き取り手がなかった生物については、そのままだよ」


「ネイチャーゾーンの森も本当に樹海みたいだよね。 だから、より一層暗いし、怖いから早く通り抜けて、エウロパゾーン行こうよ」


 麗奈が慧翔の腕を引っ張って、次のエリアにどんどん行こうとする。


「うわっ」


 大樹だいきがいきなり叫んだ。


「どうした?」


「あそこ! あの大きな樹があるだろ? その横に人影が見えた……」


 50m程先にある大きな樹の根元を指差す。

 ネイチャーゾーンの森は、実際の森の一部をそのまま利用していたからとても広大だ。もやによって薄気味悪さが増している森は、どこまでも続いている様な感覚を引き起こした。


 修が大樹だいきの指さした方をじっと見る。


「気のせいだろ?何も見えないぞ」


「本当だって。アレは人だったよ」


「ちょっと怖い事言わないでよ。園内には私たちしか居ないでしょ」


「ちょっと俺、確かめてくる」


 そう言って、周りが止まるのを聞かずに、1人で大樹たいじゅに向かって歩いて行った。大樹たいじゅの根元に着いて、辺りを見回したが、誰もいなかった。


 念のため、大樹たいじゅの裏側に回ってみるが、やはり誰もいない。気のせいだったかと思い、皆の元に戻ろうとした時、視界のはしで何かが動くのが見え、反射的に目で追った。それを目で捉えた瞬間、彼は叫んだ。


水希みずき!」


 その人影は、大樹だいきの叫び声で動きを止め、彼に向き直り、笑顔を向けると、スッと消えた。


「は? おい、消えるとか嘘だろ……? 水希みずき? 隠れてないで出てこいよ」


 辺りを見回しながら、呼びかけるが、静寂に包まれているだけだった。そこに、大樹だいきの叫び声を聞いた修がやってきた。


「おい、どうした?」


「さっきの人影、水希だったんだよ!」


 修が辺りを見回す。


「水希なんて、どこにもいないじゃないか」


 呆然としながら、大樹が答えた。


「消えた……」


「は? 何言ってるんだ?」


 人が消えたという事態で、軽くパニック状態に陥った大樹は、修の両肩を力強く掴んで続けた。


「だから、消えたんだよっ! 人影は気のせいだったんだと思って、皆のところに戻ろうとしたんだ。そしたら、視界の端で何かが動いて、振り返ったら、向こうの方に走っていく水希だった! 俺が叫んだ後、あいつ、俺の方を振り返って笑顔を見せて、その場でスッと消えたんだ……」


「消えた? それは、あり得ないだろ」


「本当なんだよ!」


 必死に訴える大樹は、悪戯で言っているわけではなさそうだった。修は、辺りを再度見回して誰もいないのを確認した後、言った。


「わかった。お前が嘘をついてる様には見えない。水希のイタズラにしろ、大樹の幻覚にしろ、お前が見た事は信じる。だから、そろそろ力をゆるめてくれないか?」


 修の一言で我に返り、修の肩から手を離した。


「すまん……」


「とりあえず、皆のところに戻ろう」


 皆のところに戻った大樹は、人影が水希だったこと、目の前で消えた事を皆に説明した。


「確かに大樹は嘘をつく様なタイプじゃないけど、水希もそんなイタズラする様な子じゃないよ」


 話を聞いてすぐに、ふみがキッパリと言った。


「こんな所に水希ちゃんが居るわけないでしよ? だから、見間違いか幻覚だと思うなぁ。でも、どっちにしても気味が悪いから、早く次のエリア行こうよ」


 麗奈が慧翔の腕をぐいぐいと引っ張る。


「……幽霊。幽霊かもしれないね、大樹が見たもの。森の中に居て、目の前で消えたなら、その可能性もあるだろ?」


 慧翔の発言に麗奈の力がゆるまり、下を向いてブツブツと言い始めた。


「水希ちゃんが幽霊? ううん、違う。水希ちゃんが居るわけない。幽霊なんか居ない……」


「幽霊? 幽霊だとすると、水希は死んでるって事にならないか?」


「え? 水希が死んでる? それはないんじゃないかな?」


「ふみちゃん、どうしてないなんて言えるの?」


「だって、水希が亡くなってるなんて、連絡来てないでしょ? それに、まだ私たち20代前半だよ?」


「それこそ連絡がないんだから、その可能性だってあるって事だよ。ふみちゃん、10代でも20代でも関係ないよ。病気だって事故だって起こり得るんだ。」


「なぁ、もし、仮に水希が亡くなっていたとして、何のために、あんな所に現れたんだ?しかも、すぐ消えるなんて」


「もしかしたら、水希ちゃん、何か伝えたい事があるのかもしれないね。でも、本人に確かめないとわからないけど」


 大樹の疑問に対して、慧翔が冷静に答える。


「なんで皆、水希ちゃんの幽霊だなんて決めつけるの? そもそも水希ちゃんが死んだなんて誰も聞いてないし、水希ちゃんの死体なんて誰も見てないじゃない!」


 麗奈はそれだけ言うと、怒って走っていってしまった。


「あ、ちょっとレイナ! 待ってよ」


「麗ちゃん、走って行っちゃったね。誰も居ないから、1人で危ない目に合うことはないと思うけど、どうする?」


「慧翔の前で言うのもどうかとは思ったが、ドリランっていくつか噂があっただろ?度々、子供が居なくなるとか」


「それは……」


 言いかけた慧翔の言葉を遮り、修がまとめた。


「とりあえず、ここで議論してても仕方ないな。麗奈を追おう」


 修に同意して、皆で麗奈の後を追う。

 エウロパゾーンは、西洋の街並みがテーマとなっているエリアで、ショーを行なっていた建物やミラーハウス、乗り物に乗って回るアトラクションも全て屋内仕様となっている。


 走っていった麗奈は、ミラーハウスの方に向かった様に見えたが、エウロパゾーンも少し霧がかっていたため、見失ってしまった。


「さっきの子供が居なくなるって噂の話なんだけど、アレ事実なんだ。知っての通り、ネイチャーゾーンの森の先には、実際の樹海が広がっている。もちろんドリランとの間には壁で覆われてるけど、外に出れる扉もあるんだ。森の結構奥深くまで行かないと扉なんて見えないし、鍵もかかってるから、警備員も配置してなかったんだ。でも、その近くに抜け道かなんかあって、外に出てしまってるんじゃないか、という話もある」


「それなら、麗奈っちが消えることはないよな。森から離れてる」


「それは、あくまで仮定だよ。居なくなった子供達は、ドリームキャッスルの地下に拷問部屋があって、そこで殺されてるって噂もあるんだよ」


「……実際に拷問部屋なんてあるのか?」


「僕はドリームキャッスルの地下には行った事がないから、あるのかどうかわからない。でも、ドリームキャッスルに地下の部屋がいくつかあるのは間違いないよ」


「麗奈っちを見つけたら、本当にそんな部屋があったのか探しに行ってみようぜ」


「とりあえず麗奈を見つけるのが先だ。この先には、ミラーハウスかホラーマンションだ。二手に分かれるか?」


「その方が効率良いよね、きっと」


「それなら、俺と慧翔でホラーマンション見てくるよ。ふみは、ホラーマンション苦手だろ」


「わかった、じゃあ、見つけたら、ここで落ち合おうね」


 修と慧翔はホラーマンションに向かっていった。大樹とミラーハウスの入り口に向かう。ミラーハウスの周りに居ないか周辺も見回った。


「この近くには居ないね。中に入ってみるしかないよね」


「なぁ、ふみ、このアトラクションの噂知ってるか? ミラーハウスから出てきた人は別人みたいになってるってやつ」


「うん、聞いたことあるよ。……そういえば、レイナってまさにそんな感じじゃなかった?あの時はじゃんけんで、ペアが3組と1人残りを決めた時、レイナが1人だったよね?」


「そういやぁ、そうだったな。しかも、麗奈っち最後に入ったけど、全然出てこなくて、やっと出てきたと思ったら、迷いに迷ってたって言ってたな」


「そう。レイナって、優しくて大人しくて、自分に自信がなさげだったのに、ミラーハウスから出てきた後、自信なさげな雰囲気がなくなっていて、明るくなってたよね? 皆で揃って遊ぶのも最後だから楽しみたいから明るく振る舞ってる感じかなと思ったし、その後、ミラーハウスで自分の自信のなさが姿勢に表れてて変わりたいと思った、とか言ってたけど……」


「そうだったな。まぁ、今の麗奈っちは昔と比べると別人だな。あの時に変わりたいと思ったから、今の麗奈っちになったんじゃないか?」


「大樹にはわからなかったかもしれないけど、少し違和感みたいなのがあったの」


「そうなのか? まぁ、ここでそんな話してても麗奈っち見つかる訳じゃないから、そろそろ入ろうぜ」


 大樹は、年季の入ったボロ家みたいなミラーハウスに入っていった。すぐ後をふみが追った。

 蜘蛛の巣が所々張られていて、ミラーは埃で曇っていた。


「確か、ゴールまでのルートはいくつかあるんだよな?分かれて進むか」


「うん、わかった」


 そう言って、ふみは大樹とは違う道を進む。

 蜘蛛の巣で道が塞がれている様なところは人は通っていない。通れそうなところをどんどん進んで行く。ぶつからない様に、鏡を触りながら進む。


 ふみが辿り着いた先は行き止まりだった。目の前にある鏡は他の鏡と違って、縁がある鏡だった。その鏡に触ると、回転扉の様に鏡が動き、道が出来た。恐る恐る進んでみる。


 回転鏡が閉まり、三面の鏡に囲まれた。目の前の鏡を見て違和感を感じた。鏡の先に、自分ではないものが映った。


「え? ちょっと何?!」


 それは、段々と近づいてくる。


「やだ、来ないで!」


 思わず目をつむる。


「……ふみちゃん」


 自分を呼ぶ声が聞こえて、恐る恐る目を開けた。

 目の前には、レイナが居た。


「レイナ? 急にいなくなるから、探し……」


 目の前の違和感に気づいた。そこに居たのはレイナだけど、レイナではなかった。探してたレイナは、フワフワパーマで茶髪だった。しかし、目の前に居たのは、黒髪ストレートでミディアムだったレイナだ。


「何?! どういうこと?」


「ふみちゃん、久しぶりだね」


 普通に話しかけてくるレイナを不思議と怖いとは思わなかった。


「……本当にレイナなの?」


「そうだよ」


 目の前のレイナは、フワッと笑った。


「ふみちゃんが、ここに来てくれて良かった。ふみちゃんと話したかったんだ。あのね、このミラーハウスの噂、知ってる?」


「ミラーハウスから出て来たら、別人みたいに人が変わるってやつ?」


「そう、その噂。それ、本当なの。ネットの掲示板に書いてあったの。ミラーハウスで、三面の鏡に囲まれた小部屋で、ある呪文を唱えると自分の望む自分になれるっておまじないがあったから、7年前のあの日、試したの。私、慧翔君の事が好きだから、自分に自信を持ちたかったの。今までの自分とは反対の自分になりたいって思ってたの。だから、試した」


「レイナはそのままで、充分魅力的だよ」


「ありがとう、ふみちゃん。でも、あの時は誰に言われても自信も持てなくて……この三面鏡の小部屋を見つけて、呪文を唱えたの。呪文を唱え終わった後に、1分間目を瞑るんだけど、目を開けたら、私は鏡の中に居た。鏡って、自分を映すものじゃない?でも、鏡に映るのは、左右逆転。要するに、鏡の世界では、現実世界と反対になるの。だから、今まで鏡に映っていた自分は、自分とは正反対の性格をしているの。私は呪文を唱えた事によって、鏡の中の自分と入れ替わってしまった」


「鏡の中の自分と入れ替わるなんて、そんな事ありえるの?!」


「ふみちゃんは、私が入れ替わった後に違和感を感じなかった?」


「それは、感じたけど。でも、鏡の中と入れ替わるなんて……」


「今の私が同じことをしない限り、私は元の麗奈に戻る事は出来ないの。それでね、一つだけお願いがあるんだ」


「お願いって?」


「水希ちゃんを探して欲しいの」


「水希?なんで水希を? しかも、探すって?」


「鏡の中から出た麗奈は、私とは正反対。明るくて、自己主張も激しい。私と水希ちゃんが、慧翔君の事好きだったのは知ってるでしょ?昔ね、水希ちゃんと約束した事があったの。抜け駆けはなし。告白する時は一緒! 何かあったら、お互い報告することって」


「2人とも慧翔の事好きで2人で盛り上がってたのはしってたけど、そんな約束してたんだね」


「うん、それなのに、水希ちゃんは約束を破った。遊園地に行く数日前に偶然見ちゃったの。水希ちゃんと慧翔君が2人でお出かけしてるところ。ショックだった。水希ちゃんに言ったの、報告する約束でしょって。そしたら、水希ちゃん、慧翔君とでかけてなんていないって嘘ついたの。それがとても悲くて、慧翔君にアプローチも出来ない自分も嫌だった。そして、おまじないをして、自分が別人になってしまった。今の麗奈は鏡の中の私に向かって、その日の出来事とかを楽しそうに話したりするんだけど、言ってたの」


「何を?」


「約束も守らないあの女、許せないって。数日後に、ドリランに呼びだしたって言ってた。そして、森で言い争って突き飛ばしたら、頭打って死んじゃった。だから、森に埋めたって……」


「え、う、嘘でしょ?」


 レイナは首を振る。


「翌日、水希ちゃんのお母さんが、水希ちゃんが帰って来ないけど居場所を知らないかって尋ねてきたの。そしたら、水希ちゃんは年上の彼氏と駆け落ちしたって答えたの。お母さんが探せない様に。だから、皆にも水希ちゃんが亡くなったって話聞いてないでしょ?」


「そうだけど、でも、そんなの信じられないよ」


「水希ちゃんは、このドリランの森に埋められているの。だから、水希ちゃんの体を探してあげて欲しいの。お願い!」


 必死に頼み込むレイナを見て、まだ信じられない気持ちもあったが、大樹の目撃情報を思い出して、お願いを聞く事にした。


「わかった。後で何とかして探すよ」


「ありがとう、ふみちゃん。今日はふみちゃんに会えて良かった! あと、あの麗奈には気をつけてね。逆上すると何をするかわからないから。じゃあ、さよなら」


 そう言って、笑顔を向けると、レイナは鏡の中に戻っていった。遠くから、大樹の呼ぶ声が聞こえる。


 頭の中が色々と混乱していたけど、とりあえず、大樹の声に応えて、三面鏡の小部屋から出た。


「ふみ、見つけた! お前どこに居たんだよ? 探しても見つからないし」


「ちょっとね……そういえば、麗奈は見つかった?」


「あぁ、修からメッセージ来てた。だから、合流場所に向かうぞ」


「その前に、ちょっと待って!」


 ふみは、先ほどの麗奈の話を大樹に伝えた。大樹も信じられないと言っていたが、とりあえず麗奈には確かめずに様子を見て、後日、水希を探しに来る事にした。


 ふみと大樹は合流地点に向かった。慧翔と修の間に立っていた麗奈がふみと大樹を見つけると言った。


「もう2人とも遅いよ、何してたの?」


「お前がそれを言うか? 俺らは、お前を探しにミラーハウスに行ってたんだよ」


「あ、そっかぁ、ごめん、ごめん」


 麗奈は悪びれもなく、謝った。

ふみと大樹は、先ほどの事に気付かれないように普通に装った。


「じゃあ、さっき言ってたドリームキャッスルに行ってみようぜ!」


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