引きニート再び
撮影班が青年へ近寄って行くと
「こんにちは~、TV局が取材なんですか?」
何処かで見覚えのある顔が逆に問いかけてきた。
「あっ貴方は、あの有名な中山さんですね!」
アナウンサーは、見覚えのある青年の名を思い出した。
「はぁ、売国奴とか頭お花畑とか罵られて有名になった。ただのニートですよ」
引きニート中山は笑いながら答えてくれた。
「そんな下品な事言う人はごく少数でしょう。私は、貴方の行動に共感しましたよ。ところでこんな所で何をしているんですか?」
引きニート中山は、ケンタウロスの背に積んである段ボール箱を取り出すと、そこには、スニッ○ーズや1本満○バーなどの栄養価の高い菓子類がぎっしり詰まっていた。
「これをカバラ皇国の負傷者に配っているんですよ。カバラ皇国の人達は、日本のお菓子が大好きで栄養不足な感じなので、栄養価の高いお菓子を選んで買って来てます。ほとんど買占めですけどね」
「何故、貴方がそんな事を?」
「僕は、戦闘も止められないし、和平交渉も出来ない、治療も出来ない、力仕事も役に立たないから、何かカバラ皇国の人達の為に出来る事がないかと思って・・・これ位しか、僕に出来る事はないんですよ」
アナウンサーは、チラっとフローラ=エルフを見ながら、中山にお願いした。
「そこへ付いて行って良いですか?」
引きニート中山は、「良いですよ!」と笑顔で頷き、フローラ=エルフも仕方がないと言う表情でOKサインを出した。
・・・
暫く中央通路を歩くと引きニート中山は、石扉の前で立ち止まった。
「負傷者が治療しているのはここです。ちょっと覚悟が必要ですがいいですか?」
「は、はい!」
「あと、テレビ的にも不適切な映像になりそうだけど大丈夫ですか?」
アナウンサーがディレクターの顔を覗くと、ディレクターは両手で丸のサインを出していた。
「大丈夫です。お願いします!」
とアナウンサーが答えると引きニート中山は、石扉を開けた。
そこは大通公園程の幅の細長く薄暗い部屋で、どこまで続いているのかは奥が暗くて確認出来ない。
「さっきは、ここまで配ったので、ここからで大丈夫ですか?」
引きニート中山は、確認し列になっている負傷者の途中からお菓子を配り始めた。
お菓子を貰った負傷者達は、ぴちゃぴちゃ音を立て舐め回し、極めて下品な食べ方をしているが、あれだけ熱心に食べられると、とてつもなく美味しい食べ物に見えた。
しかし、そこは負傷者が集められている場所である、カメラは舐め回すように一人一人の負傷者を写していくと、この部屋の悲惨な状況が明らかになる。
そもそも、この部屋には四肢が揃っている者はほとんどいない、誰もが腕や脚のいずれかが欠損していた。
本来は屈強なドワーフの頬がげっそりとこけて、まぶたが三重になっていた。土気色の肌は粉をふいたようになっている。骸骨じみた顔の中で、目だけが異様にギョロリとカメラを覗いた。
元々小さいリリス族の少女は一回り縮んだみたいだ。色素がますます減って見える。肌も髪も唇も、なにもかも薄くて、儚い。触ると、はらはらと散ってしまいそうである。
いつも神々しい程の美しさのエルフが、暗がりの中で、灰色の石のように横たわっている、全身火傷しているのか手足はかたくこわばり、木づくりの人形のようだ。
その横で寝ているゴブリンは、深手を負った小動物を思わせる、横向きにぐったりと寝そべり体は小刻みに震えて、左腕をだらんとのばしたままだ。
そして、明らかにもうすぐ死ぬのだと思える姿が映る。
外傷が見当たらないがドラコニュートには生命力というものが殆ど見うけられなかった。
そこにあるのはひとつの生命の弱々しい微かな痕跡・・・まばたきしている事でかろうじて生きている事が解る程度で素人にもそう長くないと解る。
その生々しい映像は、本来モザイク無しで放送して良い物では無かったが、生放送であり貴重な映像と言う事で、そのまま撮影は続けられた。
医師や看護師のような役割だろうか? 治療を行っている様子も写し出された。
大きな翼を畳んだハルピュイア族が、負傷者へ手をかざすと、ぼんやりとした青い光に包まれ、負傷者から苦痛の表情が消えていた。
半透明のウンディーネ族が、まるで月光の滴りでも落してやるかのように負傷者の口の中へ、自らの体の一部である水の滴を落している。
アナウンサーが職務を忘れてしまったように、呆然と立ち尽くし声を発しないので、マイクには小さく聞こえる痛みに耐える獣のようなうめき声だけが届く。
そこへ引きニート中山が近寄って来て、アナウンサーに声を掛けた。
「驚いて声も出ない感じですか?」
ハッと我に返ったアナウンサーは
「あっ・・・はい・・・余りにも悲惨な状況で・・・ここは病院なんですか?」
「病院と言うより、ただ動くことが出来ない負傷者が集められているだけです。三千人位いますが、毎日100人近くの亜人が亡くなってます。」
「中山さんは、何故ここに出入り出来るんですか?」
「真駒内交差点での戦闘後に、地上で負傷者を運ぶ手伝いをしてた時に、地下でもお手伝いさせて下さいとお願いしたんです。」
「あ~あ。人類初の異世界人とのキッスの時ですね、リアルタイムに観てましたよ~ それですんなりOKが出たんですか?」
「いいえ、最初は断られましたが、たまたま視察に来ていたセシリア陛下が、その話を聞いて感謝のお言葉と共に、逆に手伝ってくれるようにお願いされたんです。」
・・・
負傷者の取材を終え、撮影班は中央通路に戻るとフローラ=エルフは
「今日は、もう時間がないので地下迷宮都市の取材はこれで終了ですよ」
「はい、仕方がありません。下には何かあって何処まで続いているんですか?」
「それは、秘密にしておきます。平和が訪れた時、全てを公開します。日本の皆さん! カバラ皇国との和平をよろしくお願いします!」
と空気を読めないフローラ=エルフのどや顔で放送は終了した。
放送終了後、世界は急激に動き出す事になる。