第三層の秘密
森の片隅から下へと延びる階段を下りると、重厚な石扉に閉ざされた空間へ辿り着いた。
「ここが第三層の入口です。第三層が一番迷宮っぽい感じになってますよ」
フローラ=エルフが扉を開け、撮影班を中へ入れると扉を閉めた。
「ここは開放厳禁なので、閉めますね。」
石扉が閉ざされると、扉を閉めてしまった後には虫の声ひとつ聴こえない。ざわめきが一瞬氷の世界に閉ざされたように凍りついて静まり返る。
そこは、壁も天井も床も全て石で出来た部屋であった。
「これはカバラ皇国の人達が作ったのですか?」
「いいえ、元から石に囲まれたいくつもの部屋で出来た迷路だったんです。私達はいくつかの壁を取り払い、中央部を縦横断する大きな十字街道切り開いただけですね」
一行は、開けっ放しになっている石扉の部屋を順々に進んで行くが、どの部屋もあたりの空気が重みをもっていて、四方から圧し縮まってくるような息苦しさを感じたが、フローラ=エルフは、能天気に明るく第三層について説明しながら歩いていた。
魔物は全て退治したが、元は迷路だったので勝手に奥の方へ行くと迷ってしまうので、絶対に自分から離れないように注意があり、今でも迷子になり、遺体で発見される人もいると言う事だった。
第三層は、住んでいる種族もいるが基本はお仕事をする場所で様々な研究所、訓練所、工房、行政機関、各種族の集会場などで使っているとフローラ=エルフが歩きながら説明をしていた。
そして、第三層の中へ入ってから初めて閉まっている石扉を開けるとそこは少し開けた大通りのようであった。
「ここがさっき話した、壁を取り払って作った中央通路ですよ」
先程までの静けさが嘘のように、通りを行く人々の単調なざわめきが、伝わってくる。
雑多なざわめきの音が、閉じ込められた空間に海鳴りのように遠く近く響いていた。
「住居以外の施設は、ほとんど中央通路に面しているので、ここは人の通りが多いんですよ。」
「さっきまで気持ち悪い位に静かだったので、なんか安心しました。」
アナウンサーは、率直な感想を口にした。
暫く中央通路を歩き、フローラ=エルフが石扉の前で
「ここから更に下の層へ行きますよ」
「え? ちょっと待って下さい。もう少しこの層を紹介してくれないのですか?」
「ここは様々な施設があって、まだ秘密にしたい事もありますし、セシリア陛下の宮殿もありますので、あまり詳しくご紹介出来ないんですよ。」
「差し支えない所で、構いませんので見せてくれませんか?」
プロデューサーの指示もありアナウンサーが嘆願すると
フローラ=エルフはいかにも弱ったという風に腕を組み、んーーー、と思案声を漏らしている。
「じゃここは良いでしょう。」
とフローラ=エルフが早速、隣の石扉を開けるとサッカー場程度の広さの部屋に、並べられた裁縫板に向ってゴブリンたちが一心に針を運んでいた。
「見ての通り衣類を作る工房ですよ。」
撮影班に気が付いたゴブリン達は、作業していた手を止め座ったまま、こちらに視線を送った。
その視線に作業の邪魔をしたようで、罰の悪そうなフローラ=エルフは、
「あっゴブリンの皆さん、気にせず作業を続けて下さーい。日本の皆さんにちょっとお見せしたかっただけでーす。お邪魔しました!」
と慌てて石扉を閉めた。
「皆さんお忙しいようで・・・撮影出来ましたか?」
「はい、一応撮れたようです。でも、忙しいと言うより、我々が嫌われている感じがしましたが・・・」
とアナウンサーは、肌で感じた事を率直に言った。
「う~ん。肉親を戦で失ってしまった人達が多いので、少なからず嫌悪感と言う物があるかも知れないです・・・特に先日の北海道大演習場の戦の後は、日本人に良い感情を持たない人が増えてます」
「・・・」アナウンサーは、カメラの前であるのに、返す言葉が出なかった。
「じゃ時間もないので下に行きますよ~」
下層へ降りる為に、撮影班が中央通路を戻っていると、前から段ボール箱を背中に積んだケンタウロスを引き連れて歩いている人影が見えた。
「あっ! あれ日本人ですよね? すいませーーーーん! お話し聞かせて貰えませんか~」
アナウンサーは、舞台女優のような大声で遠くの日本人へ話し掛けた。
その声に振り向いたその姿は、何処かで見覚えのある顔だちの青年であった。