北海道大演習場
アンセルミ=ケンタウロスは、相当な被害が出る事は覚悟していた。
自らの命は勿論の事、1、2万の兵士の命と引き換えに、飛翔体の攻撃地点を制圧する心づもりではある。
静かに有刺鉄線を倒し、息を潜め闇の中で、一歩一歩ゆっくりと北海道大演習場を進むと、突然、上空で照明弾が炸裂し、辺りは昼間のような明るさに照らされた。
自衛隊に見つかった事を理解すると、アンセルミ=ケンタウロスは、威勢よく号令をかけた。
「突撃しろーーーー!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおお! うおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」
一斉に3万の軍勢が、地鳴りのような雄たけびを上げながら、突撃を開始した。
90式戦車から一斉に放たれた榴弾は、陣形の中央から先頭をきって、突進していったアンセルミ=ケンタウロスの頭上を越え後方で炸裂し、エルフ族とリリス族を中心とした後方部隊は、その一撃でほぼ壊滅し、魔法攻撃の手段を失った。
その砲撃を皮切りに、空を遠雷のような唸りを伴った砲声が鳴り響き、榴弾が雨のように火の尾を曳いて降りそそぐ
一度火蓋を切ったが最後、砲煙弾雨の中を一意敵に向って、散開する3万の軍勢は、まるで一匹の巨大な生物のようであったが、火力制限の無い90式戦車の砲撃が繰り返されると、喊声と砲声と銃声とが、怒涛のように響き渡り、その巨大生物は、萎んで行くように、舞い上がった土埃の中へ消えて行った
「これほどの力だったとは・・・」
薄れゆく意識の中で、アンセルミ=ケンタウロスは、自分達は戦ってはならぬ相手と戦っていた事を悟り、カバラ皇国の未来を祈りながら、その生涯を終えた。
しかし、自衛隊による攻撃はまだ序の口である
追い討ちを掛けるように、千歳駐屯地から条約により破棄期限が近づいている、クラスター弾頭のロケット弾がMLRSから発射され、北海道大演習場全域が一瞬で満遍なく火の海と化した。
燃え盛る炎でカバラ皇国軍の前進が止まると、リモコン式の12.7mm重機関銃M2銃塔を車体上面に装備した73式装甲車が機関銃を乱射しながら、土埃の中へ突っ込んで行き、負傷した兵士に無慈悲な機銃掃射を行った。
カバラ皇国軍の兵士達には、手も足も出ず、逃げ場所も隠れ場所もない地獄であった。
それでも一撃でも与えようと、諦めない者達はいる。
土埃の中から、少数のライカンスロープが抜け出し、迫撃砲へと全速力で向かって行くが、スナイパーにより野良犬のように、次々に撃ち殺された。
中央からは、片腕が無かったり全身血糊だらけだったりと、満身創痍のドラコニュート族が這うように自衛隊との距離を詰める。
全身を覆う硬い鱗に加え、頭部をミスリルの兜で保護していた為、スナイパーの銃弾をものともせず、前進を続け真っ直ぐ自衛隊へ迫るが、対物狙撃銃で骨は砕かれ内臓は破裂し、次々とワニの剥製のように地面に並ぶ事になった。
瀕死のラミア族達が、最後の力を絞り出し自らの命と引き換えに、大量の毒霧を吐き、エルフの風魔法の力を借り、大量の毒が自衛隊へと降りかかるが、完全なNBC装備を施していた自衛官達には、何の意味もなかった。
・・・カバラ皇国軍は、誰一人として、迫撃砲の500m以内に近づく事さえ出来なかった。
銃声が止み土埃が晴れた頃、戦場に立っているカバラ皇国兵士はいなかった。
そこには屍と屍になるのを待つだけの瀕死の兵が、うめき声を上げて横たわっているだけである
広大な演習場でカバラ皇国軍は、一方的に殲滅された。
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銃声が止み煙のように舞い上がった土埃が晴れた後、自衛官達は、目にしたその光景のリアリティのなさに叫ぶこともできず、ただ放心していた。
そこには人間(Homo sapiens)ではないが、数万にも及ぶ自分達が殺した者達の遺体が、大地を埋め尽くしていた。
歴史に残る程の大虐殺と言っていいだろう
山から吹き降りる風向きによって、敵兵の焼け焦げる臭い、生臭い負傷者の血、全員の汗の臭いが混じる、奇妙な臭気で現実に戻った。
「た、た、隊長、敵はほぼ殲滅しました。わ、わ、我が軍の被害はありません」
「まだ気を抜いては駄目だ、敵は一兵でも残っていれば魔法で、甚大な被害が出る可能性がある。夜明けまでは警戒を続けろ! 動く物があれば発砲して構わん」
部下の動揺を察知した部隊長は、喝を入れる。
「「「了解しました!」」」
続けざまに命令を下す
「戦車や外にいる歩兵のNBCスーツに毒が付着している。順番に除染を行え!」
「「「了解しました!」」」
「化け物がどれだけ生き残っているか解らんが、投降者が出た場合は、慎重に受け入れをするが、我々の常識が通用する相手ではない事は忘れるな」
「「「了解しました!」」」
年末年始更新が滞っておりましたが、本日から定期更新を始めます