無力な引きニート
自衛隊が退却した交差点周辺は、まさに地獄絵図であった。
サッカーボールのように転がっている頭部、誰の物なのか解らない手足、種族の判定さえ難しい下半身、一見無傷で眠っているような遺体・・・
後から到着した一万の軍勢が手分けして、遺体や遺体らしき肉片を一か所に集め、弔いの炎で焼却していた。
負傷者は、イオンの駐車場に集められ、治癒魔法を掛けられていたが、治癒魔法も万能ではなく、自己再生可能なレベルではないと意味がないので、重傷者の中にはただ放置されているだけの者もいた。
元気は、自分にも何か手伝う事が出来ないかと、その場をウロウロするが、殺気立った場所で、誰かに声を掛けられる雰囲気ではなかった。
自然に人が少ない重傷者の場所へ行くと、そこには最初に話しかけたダニエラ=リリスが、口から血を流しながら、荒い息遣いで苦しそうに横たわっていた。
「ダニエラさん! 大丈夫ですか!」
「ああ・・・元気くん・・・私はもう駄目みたい・・・」
「大きな傷は無いように見えるけど?」
「傷は、治癒魔法で直ぐに塞いだんだけど、お腹の中がぐちゃぐちゃになっているの・・・」
元気は、喉や額に筋を立てて思い切り声を張り上げ
「だれかああああああああ!!! ダニエラさんを助けて下さいーーーーーーーー!!!」
自分でも驚くほどの大声が口から出た。生涯でこんなに声を張り上げた事はない。大きな唾の飛沫がふたつ、弧を描いて落ちていた。
しかし、ダニエラは元気を手を掛け、真新しい絹のこすれるような、細く掠れる声で
「元気くん・・・止めて・・・今は助けられる人から優先にしないと・・・」
「でも、ダニエラさんはこのままじゃ死んじゃうよ」
「いいの・・・元気くんがそばに居てくれるだけで嬉しいよ・・・」
ダニエラの聞こうとする人の耳にしか届かない声を聞こうと、元気は、無言でダニエラを抱き寄せた。
細い体はしなやかに湾曲した。
「元気くん・・・かっこよかったよ・・・機関銃撃ってる戦車の前にひとりで・・・」
「でも、僕は何も出来なかった。何も変わらなかった。戦闘を止めれなかった。」
「じゃ最後にお願いがあるの・・・」
「なんでも言ってくれ! メロンパンか?」
「わたし・・・まだ、接吻したことがないの・・・死ぬまえに・・・」
ダニエラが最後まで言う前に、元気は、そっと唇を重ねた。
・・・
暫くしダニエラから鼓動が消え、体温が感じられなくなっても、元気は抱きしめ続けていた。
元気のファーストキスは、悲しくてやるせない物になり、人々の涙を誘わずにはいられない物となった。
この光景はネットで生で配信されており、多くの涙と共感をもたらしていた。
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セシリアは、MHK放送局から日本政府に向け、戦闘停止を呼びかけていた
「本日の日本政府からの攻撃により、我が軍の兵士の被害は、覚悟の上ですので、何も言いませんが、札幌市民3名が死亡、20名が重傷を負っており、20戸の住居が焼失しております。日本政府は、この無益な戦を中止し話し合いに応じて下さい。」
セシリアの声明を放送後、TV各局は、市民が撮影した様々な角度からの戦闘映像を流しながら、一般市民への被害を強調し政府を糾弾していた。
特に反響が大きかった映像は、墜落したヘリにより火災が発生した家屋へ、飛び込み老婆と赤子を抱きかかえて出てきた、ドラコニュートの姿である。
コメンテーター達は、人命の尊重や戦争の虚しさを訴え、直ちに停戦すべきと声高らかに主張するが、どうやって解決するのか、具体的な話をする者はいなかった。
ネット上では引きニートの映像の影響もあるのか、カバラ皇国への領土の割譲と食料支援など真剣に議論され、見返りに魔法研究やミスリル等の新素材研究で、日本側にも十分メリットがあるのではないか、と言う独自の世論が形成されていった。
しかし、冷静な一般市民の多くは、自衛隊の攻撃による、市民への被害について非難をするが、カバラ皇国の行いを肯定する者の声は、決して多くはない。