引きニート巣立ち 前半
両親を早く亡くし親が残してくれたマンションに祖母と二人静かに暮らしている引きニートの中山元気は、高校を中退しそれ以来、家から10年以上出ていない。
10年間ほとんどの時間を過ごして来た城(部屋)は機能的に使おうとする工夫があちこちで見られる。
机の代わりに、冬はこたつになる座卓の上にノートパソコンが置かれて、壁の一部を埋める本棚の一部分に薄型テレビがすっぽり収まっていた。
他の家電製品等も、すべて部屋の規格をミリ単位で計り購入したのだろう。
あるべきところに収まるといった格好で、備え付けの家具のように見事に配置されている。
その居心地の良い場所で元気はいつものようにジャガリコを食べながら2chで他人を罵倒して過ごしていた。
いつもは過疎っているオカルト板のスレをリロードするとレスが一気に流れた。
「ん?なんだ?」
札幌に化け物が攻め込んで来てるらしい・・・
オカルト板だとしてもネタにもならないレスだらけである
一応、カーテンを開け眼下の石山通りを見ると
動いている車は無く、人もほとんど歩いていないが・・・
馬のような化け物、牛のような化け物、トカゲのような化け物と小さな妖精にエルフと幼女が交差点にたむろしていた
「・・・」
「・・・」
「・・・本当なのか・・・」
元気は暫く考え込んだが、とりあえずPCの前に座りアニメ板を覗くと既に「札幌のファンタジーキャラ考察」スレが立っていた
この非常事態にこのスレだけは異様な盛り上がりを見せていた。
エルフたん萌え
ニートだけど札幌行くわ
モフモフもいるぞーーー
ドラゴンかっけーー
妖精ペットにしてぇぇぇぇ!
謎の幼女が多数いるんだが・・・
・・・・(省略)・・・・
基本的に元気も同じノリである
「目の前にこの萌えキャラが実在してるんだ・・・これは行くしかない!」
そして元気はキーボードを叩く
621 :北のくじら ◇/Pbzxccwxx :20XX/09/09(日) 16:30:58
じゃ俺近所だからちょっくらエルフとなしつけに行ってくるわ
「働いたら負け」とプリントされたパーカー着て行くからTVとか映ったら喜んでくれ!
元気は2chへ書き込んだ後、反応を見る事無く浴室へ向かった
体を洗い髭を剃り伸びきった髪を適当に切り後ろで縛った。
ネットで買った自慢のビンテージ物のジーパンとネタで作った「働いたら負け」パーカーを着る
「外に出てエルフと幼女とコミュニケーションを取るぞ!」
自分に言い聞かせるように呟くが中々部屋から出て行かない
「こんなきっかけはもう二度と無い!これが最後のチャンスになるかもしれん。今外に出ないと一生家の中から出れないぞ!」
ようやく意を決した元気は部屋を出て玄関へと向かう
しかし靴が無いのだ、10年引きニートをしていれば靴が無いのは当たり前であった。
「ネットで靴買ってからでいいか・・・・・・」
「・・・ ・・・ ・・・」
「・・・・・・ 駄目だ駄目だこれじゃいつもの明日から本気出すと同じだ」
元気は便所からスリッパを持ちだしつっかけて玄関からエレベーターホールへと向かいエレベーターで1Fまで降りると、エントランスで子連れの女性が話しかけてきた
「今、外は危ないから興味本位で観に行くのは止めた方がいいわよ。」
「コンビニで食料買って来るだけですから大丈夫ですよ。」
「それでも気を付けなさいよ」
生では10年振りに祖母以外の人と交わした会話だった
しかし危ないと言われるが、元気にとって死ぬことはそれほど気にする事ではなかった
10年引きニートをしていると生きている実感は薄れ死生観はある意味達観してしまっており、外にさえ出てしまえば怖い物はない
外に出ると足早に坂を上がって来る人がいるが、藻岩山へ続く坂を下っているのは元気ただ一人である
元気は、スリッパで石ころを踏ん付けてしまい、空気が抜けたゴム人形のように膝から崩れ落ちる、膝にめり込んだ小石の痛さに大声を上げてしまった。
「痛ててててーええええええええええ! 外の環境は厳しいな 笑」
膝から血が流れていたが気にせず五輪通りまで下りるとイオンの駐車場にマンションから見えていた化け物達がいた
腰に剣を下げている猫耳の化け物が鋭い視線で元気の方を見て何やら叫んでいるが、構わずそこへ向かった
元気の目の前に猫耳の化け物とトカゲの化け物が立ち塞がり通してくれそうにない
「皆さん何しているんですか?」
勇気を振り絞ってとぼけた質問をしてみたが言葉は通じないらしく化け物達も困っている様子であったが、そこで待望の幼女がやってきた
近くでみると幼女の髪の毛は猛禽類の羽毛のようであったがその幼女から日本語が飛び出してきた
「危ないですから近づかない方がいいですよ。」
「日本語話せるんだ!皆さん何しているんですか?」
幼女はダニエラ=リリスと名乗りカバラ皇国と言う所から来て、日本政府との交渉が決裂し札幌を占拠していて自分達はここを封鎖していると元気に説明した。
「もしかして異世界から転移して来たんですか?」
「そうですよ! 解るんですか!」
「ラノベではよくニートが異世界転移して無双するからね。俺もいつか・・・とは思ってたけど、皆さんはその逆か」
「あッお怪我しているようですね」
と幼女が膝に手をかざすと暖かな感触が伝わり傷が消えた
「ダニエラさん治癒魔法使えるですね・・・凄いなぁ~」
「貴方、何でも知ってるんですね。カバラ皇国の事知ってたんですか?」
「いや、知らないけど、ファンタジーの常識だから」
「そうですか・・・良く解りませんけど、危ないですから家に戻って下さい」
最後は冷たく突き放すような口調で言い放ち元気の言葉を無視しダニエラは戻って行ってしまった
「あっあの・・・俺は暇だから・・・えーっと・・・いっしょに・・・」
元気は背中を押していた見えざる手がガタンと取り去れたように、これ以上前には進めなかった