死の霧
セシリア達が乗車した列車は、車両の連結部をぎこちなく鳴らし、やがて滑らかに動き出した。
「宮脇様、東京へはどれくらいで到着するのですか?」
「これから長万部で乗り換えて、函館北斗までが4時間で、新幹線に乗り換えて東京までが4時間位だからお昼過ぎには着くよ」
(これからどうなるのだろう、妾が捕まってしまったら、カバラ皇国臣民は、どうなるだろう、日本は和平に応じてくれるのだろうか・・・)
セシリアは、電車に揺られながらゆっくりと思考を巡らせていると、リュックサックから声がした。
「へいかーへいかー、セシリア陛下」
「静かにして下さい」
「陛下、外へ出てもいいかにゃ? ずっとこの中にいると気が滅入るにゃ~」
「駄目ですよ。もう東京まではリックサックの中で我慢して下さい」
その様子を見た満子が、リックサックの中に小樽駅で買った干し貝柱を袋ごと入れた。
「可哀想じゃの、この干し貝柱でも舐めちょれ」
「・・・こ、これは・・・うっうまいにゃ~! 暫くこれ舐めて我慢するにゃ」
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セシリア達が、東京へ向かっている最中も、洞窟内では戦闘が繰り広げられ、じわじわと追い詰められていた。
米軍の侵攻を少しでも遅らせる為に、ボレリウスは、新たな地上への攻撃を模索していた。
既に毒霧と雷撃が対処されており、地上軍の襲撃も失敗していた為、真水の妖精ウンディーネと、少数種族のグレムリンによる間接的な攻撃を試みることにした。
ウンディーネ族により、豊平川のひだひだから煙のように白い霧がたちのぼり、ゆっくりうねりながら、真駒内駐屯地へ流れていた。
それは風景をすっぽり包み込んでしまうような、霧で動いている人が影のように見え、次第に霧に呑まれて薄らいでいった。
その異様な光景に誰しもこれは自然現象ではなく、魔法によるものだと誰もが感じたが、各種センサーに異常は見られず、米軍が持ち込んだ精密機械も問題無く動作していた。
ドローンを操作していたアレックスは、6時間の戦闘時間を終えテントの中で休憩を取っていた。
部隊長からは十分な睡眠をとるように指示され、衛生兵から渡された睡眠導入剤をペットボトルの水で飲むと、自然に意識は薄れていった。
夢の中では、ウンディーネ族の美女に抱擁され冷たい唇を重ねられた時、アレックスの26年の生涯は終わった。
上司に無理矢理札幌へと送り込まれた、SWORDSの開発者であるウィル・ロブソンは、まだ時差ボケも解消する事もなく、不眠不休で一機一機の最終メンテナンスを行っていた。
一小隊発進させた後の一時間だけが彼の休み時間であり、SWORDSのコンテナの中で濃霧など気にせず深い仮眠を取っていたが、彼が目覚める時は永遠に来なかった。
壁に寄り掛かったまま死亡。
食事後にテーブルに頬杖したまま死亡。
木陰で大の字になって寝たまま死亡。
基地内で休憩に入った兵士達が、次々と死亡している事が発覚し、医師が死因を特定していた。
全て肺が水で満たされた溺死であった・・・
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「ロドリゲス司令官! 休憩中の兵士を中心に、数十名の死亡が確認されております。」
「襲撃は無いようだが、NBC兵器の類か?」
「原因は解っておりませんが、死因は溺死のようで全員が睡眠中だったようです。」
「と言うと、この霧は寝たら溺死する霧なのか・・・」
「状況からはそのように推測いたします。」
「俺達に寝るなと言うのか!」
「この霧の中のみの現象と推測されますので、空母へ戻り睡眠をとる必要があると思われます。」
「解った、全員に通達しろ、霧の中で寝ると死ぬ! とな、とびきりに濃いコーヒーを用意して、空母へ連絡し、オスプレイの定期飛行計画を作成、兵員を順番に移送しろ」
「承知いたしました。」
「姑息な真似をしおって! これ以上犠牲者を出したら、反戦家の糞野郎共が騒ぎ出すぞ・・・」
真駒内駐屯地が、睡眠中の兵士の死亡で混乱するなか、上空からはカラスに運ばれたグレムリン達が、駐屯地周辺に次々と降下していた。




