首都東京へ
セシリア、宮脇、満子の三人は、神威岳付近の出入口から下山し、さっぽろ湖のパーキングで誰かを待っていた。
暫くすると坂の上を走ってるらしい車の音が、風に送られて聞こえてくる。
深夜3時漆黒の闇に包まれた湖畔に、一台の小型車がヘッドライトを照らしパーキングに入ってきた。
先ほどまで降っていた雨はもうすっかりあがっていたが、車はまるで水の中をくぐり抜けてきたみたいに、全身から水滴をしたたらせていた。
宮脇は運転席に駆け寄り
「真紀子ちゃん、巻き込んじゃってごめんね」
運転席には、宮脇の北大での教え子の真紀子が座っていた。
「私、先生の事ずっと心配してたんです。お役に立てるならこんな事ぐらいしますよ。」
「ありがとう、小樽駅までたのむ」
一行は、真紀子の車に乗り込むとすぐさま発進したが・・・真紀子がクラッチを急激に離したためか、甲高い音を立てて車は一度前のめりになりエンジンは止まった。
「ご、ご、ごめんなさい・・・」
「・・・」
それでも車は小樽方面へと向けて走り始めた。するとエンストの事など忘れ真紀子のテンションが上がって来た。
「セシリア様のような有名人に会えるなんて光栄です! ・・・そのお婆さんは?! もーしーかしーてー真の黒幕とかですか?」
「わしはただの夕張のばばぁじゃよカッカッカ」
ゴソゴソばたばたと、セシリアのリックサックから音がし始めた。セシリアがチャックを開けると、4匹のスプライト族達が顔を出した。
「この中は息苦しいにゃ~」
「あーーー妖精ちゃんじゃないですかーーカワイイ」 真紀子は、能天気に無邪気な声を上げる。
しかし、そんな真紀子に助手席の宮脇が
「真紀子ちゃんお願いしておいてなんなんだけど、前向いて運転に集中してくれないか・・・これから大事な用事で・・・」
「先生ごめんなさーい、でも後で写真撮らせてくださいよー」
速いスピードで走り続ける車は、山間の地形に沿って曲がりくねる道をどんどん進んでいく。
セシリアの視界にはフロントガラス越しに暗い、先は何も見えない闇が次から次へと現れ、そこを切り裂くように街灯の光が一定の間隔で現れては過ぎていき、自動車のライトはわずか先の道とその路面とを照らし続けた。
朝里峠を抜け視界が開け海が見えると、風の音が変わったのをセシリアは感じた。
「海ですね、本当に久しぶり・・・」
セシリアは、ため息のような独り言を呟き、暗闇の海に自信の思いを重ねていた。
・・・
小樽駅に着くと、始発前なので駅舎もホームも照明が落とされて暗い。駅周辺の商店も、住宅も、明かりの漏れている建物は少なく街自体が寝静まっていた。
車中で途中で買ったコンビニのコーヒーを飲んで待っていると、駅舎の明かりに灯がともった。
「真紀子様、本当にありがとうございました。このお礼はいつか必ずお返しします。」
セシリアが深々と頭を下げ、真紀子にお礼を言う。
「これから皆さんが何をなさるか分かりませんが、日本とカバラ皇国の平和の為だと信じますので、頑張って下さい!」
真紀子に見送られ、一行は長万部行の始発電車に乗った。
・・・
小樽駅の待合室で遠巻きに、そのセシリア達を見つめる冷たい眼差しには気付く事はなかった。
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市ヶ谷集中情報センター
札幌市内各所の監視カメラ映像がデータ化されていくなか、顔認証システムのアラームが鳴り担当者がその画面を凝視していた。
「これは・・・セシリアじゃないか!」
担当者は急いで責任者である園田の元へ報告に走った。
「園田さん、この映像を見て下さい。」
園田の正面にあるディスプレイに、小樽駅待合室にいるセシリア達の映像が流された。
「園田さん、セシリア達は既に長万部行の列車に乗車しました! 途中で止めますか?」
黙って話を聞いていた園田は、やっと口を開いた。
「お前、映像はちゃんと見たか? 顔認証システムの結果しか見てねーだろ」
「いえ、自分の目でも確認しました。これは間違いなくセシリアです。」
「そうじゃねーんだわ、セシリアの後ろにいる男が目に入らんか?」
担当者は映像を10秒巻き戻し確認すると
「あっ・・・兵藤さん・・・どういうことですか?」
「情報本部で事前に把握していた事だ。」
「そうでしたか、申し訳ございません。」
「いやいいんだ、映像はアーカイブしておいていいが、顔認証システムのログは消しておいてくれ!」
「承知いたしました!」
と担当者は退出していくと、園田はプライベート用のBlackBerryを取り出し電話を掛けていた。
「ゴジラが動いた」