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少年哲学  作者: 東雲 流水
第二期:十六からの自己分析哲学
17/19

17.

**********


 僕が僕を嫌いになったのはどこからでしょう。

 そもそも自己肯定の低さは、幼少期に親から受けた愛に相当すると言われますが、しかし僕が親から愛されていなかったと問われればそうでもないと思うのです。むしろ、人並みに愛されていたと思います。

 どうにも、これは元から自分がマイナスな思考を持っていただけかもしれません。少なくとも、周りの環境に影響されたわけではないはずです。

 調べると、こう言った考えは完璧主義者に多いと出てきます。――厳密には多少の差異はありますが、確かに僕は完璧主義な部分もあります。与えられた仕事は全部こなさないと気が済まないし、どころか人以上に仕事をしていないと気が済まないという面もあります。『16.』でも書いたように、僕は常々、自分と他者を比較して自分の欠点を見つけています。それは恐らく、自分自身で全てが出来ないと気が済まないという気持ちがどこかにあるのではないか、と分析しています。

 劣等感、コンプレックスというものは僕にとって――意識するところでは――その技術を得ようとする原動力ではありますが、それが多すぎたり大きすぎたりすれば、当然身につくわけでもなく、――自分は天才でも秀才でもないので――全てを自分のものにできるかと言われればそうでもない。技術が会得できなければ更に自己嫌悪に陥り、『自分は駄目な奴だ』『何も出来ない奴だ』という思考に落ちていくのです。

 どうしてそんな風に考えるんだ、人間出来ないのが当然だろう、と思う人もいるかもしれません。そう思うのも分かります。僕自身も、頭のどこかで他人事のようにそう思った時もあります。しかしいざそう言った場面になると――自分が出来ていないことに不満を抱き、劣等感が生まれ、それを克服するにはどうしたらいい、と自問自答しているのです。

 前提としえて、『自分に出来ないこと=出来ないままでいいこと』という考えが出来ないのです。完璧主義者は『自分に出来ないこと=出来るようにならなくてはいけないこと』と思っているのです。そう考えてしまうのです。

 だからこそ挑戦して、達成できず、自己批判に繋がる。周りからの慰めも意味はなく、ただただ自分を責め立てて、自分を嫌いになっていく。褒められるのにも苦手になっていく。

 これが、僕の自己肯定の低さに至った経緯になります。

 結局は僕も勝手な自滅的思考をしていただけです。

 こうやって人は勝手に潰えていくのでしょう。


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