16.
『十六からの自己分析哲学』
**********
自己肯定の低さは、己の弱さでした。
防衛本能と言うべきものが人間には備わっていますが、僕のそれは『自分が傷つかないように』するために、無意識のうちに自己否定を始めていたのです。無意識の逃げを、自ら作り出していたのです。
僕自身は批判の一言二言にとても敏感です。過剰すぎるほどに気にかけ、いくら大きな成功をしていても小さな失敗をしていたのを見つけては駄目だった、失敗したと頭を抱えるのです。
そのために、最初から自分はできない奴だ、出来の悪い奴だ、と自ら決め込んでいたのです。かと言って何もやらないわけでもなく――中途半端にやるでもなく――全力でやって全力で自己否定をするのです。周りからすれば面倒なことこの上なかったでしょう。
褒められるのが嫌いな理由は、次に失敗した時の変わり身を恐れていたのです。
僕が僕を嫌う理由は、他者との比較にもあります。人間なので勿論持っているもの持っていないものありますが、僕は自分に持ってないものばかりを見つけて、ああやっぱり俺は駄目な奴だ、出来ない奴だと嘆いています。
テストの点が悪かった、執筆がうまくいかない、コンクールで佳作すらとり損ねた、先生から注意された、友人が良い大学に進学した。
一つ一つとの比較が自己否定に繋がり、それが溜まって自己肯定をできなくなり、それらから逃げるために僕は『自分が嫌いだ』と考えるようになりました。
僕は僕から逃げていただけなのです。
何かにつけて自分の粗を探し、自己否定の基盤の上に自己批判の森を作り出していました。木々は大きく成長し、それらを全て伐採するには骨の折れることでしょう、しかし僕は――前に進むためにそれを全てへし折らなくてはならないのです。
だからこそ、ここでもう一度筆を執りました。
僕は自分が嫌いです。何も持っていない空っぽの自分が嫌いです。しかし、それ以上に、そうやって自己否定をして逃げている自分が嫌いなのです。
僕は僕を許せますでしょうか。
僕は僕を褒められるでしょうか。
それまでに辿る思想を、ここに書き記していきます。
**********




