表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少年哲学  作者: 東雲 流水
第一期:十六迄の独白・皮肉哲学
15/19

15.

**********


 頭を、感受性ごと切り離してしまいたいのです。

 僕は、人に感情移入する頻度が、他の文芸部員を見てもとても多いようです。口では『人間が嫌いだ』『存在価値なんかない』などと不良ぶったセリフを言う割に、誰かが困っていれば気になってしまい、泣いていれば声をかけたくなってしまい、怒っていればいつも向けている自分への刃を余計に大きくしてしまいます。

 相手の感情を推し量ることは決してできません。それは、少なくとも現在では覆ることのない事実です。全て推測に過ぎません。

 しかし、相手の目や口を見ていれば、ある程度の気持ちの変化は分かります。ある程度の心理は分かります。

 人間が嫌いなくせに、人間観察をする。

 それがいい方向にも間違った方向にもはたらいてしまったと、今は思っています。

 結局のところ、元からの不安症という性格も相まって、相手の少しの感情の変化でも、敵意が自分に向いているのではないかと思うようになりました。これは脅迫観念よりも、決めつけに近いものです。

 元は人の心理や心情を知るために始めた人間観察や読書が、今や自分を苦しめる結果になっています。そして、当初これを始めた目的である、『人間を知る』ということすら未だ達成できていません。むしろ、分からなくなることばかり、迷走し始めているような気さえあります。

 人の業と言いますか、闇とまでは言いませんが、見れば見るほど暗い側面が浮き彫りになってきているようなのです。良い面など、暗い面の極々一部に過ぎません。

 完璧な善人でもどこか悪意がある、と思ってしまうのです。自分を愛せない人間は、人を信じることがとても難しいのです。

 現実では上手く人を見ることができません。どこかで恐ろしい側面を見せている、と思ってしまうのです。

 しかし、何より怖いのは人ではなく、鏡に映った僕自身でした。

 人を愛せない、彼らを無理に愛そうとする、僕でした。


**********

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ