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少年哲学  作者: 東雲 流水
第一期:十六迄の独白・皮肉哲学
14/19

14.

**********


 歯車になりたい、といつからか思うようになっていました。

 そもそも歯車とは、複数個組み合わさり、どこか一つでも動き始めれば連動するように他も回り始めます。これは、起点がどこでもよい、という意味でもあります。

 基本、人間嫌いの僕ですが、それは性質上の問題であって、性格上の問題ではありません。

 人間の集団を歯車で見ると、現実的にはあり得ないながら一つ一つが独立した動きをするものです。互いに触れ合いながら、しかし回転するのに干渉は一切しない。個人が無理やりその場で回っているようなものです。

 ここに指導者がいれば。

 指導者は、たった一つの大きな歯車です。これが回れば先述のように、連鎖的に周りが回り始め、組織は円滑に行動できるでしょう。

 集団が小さければ、大きな歯車の働きは少なく済みますが、集団が大きければ働きも大きくなるということもありますが、僕は、この歯車になりたい、と言うのです。

 集団の中での大きな歯車になり、彼らを回し集団を動かす歯車になりたい、と言うのです。

 しかし、僕という歯車には決して油はさされていません。例え大きな歯車になったとしても、いずれ軸の油はなくなり、金切り声とともに機能しなくなるでしょう。そこに継ぎ足すべき油は「回りからの信頼の言葉」というものですが、生憎ながら、僕にそんなものを与える物好きは少ないものです。そもそも、前提として、油をもらう側がそれを信用できていない、人間不信なら、根本から歯車としての機能は破綻します。

 主要の歯車になれても油がない、それ以前に自分自身から信用できていない。結果、組織が崩れてしまう。

 そんな事態は、どうやらどこの集団にも多く見られるもののようです。


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