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少年哲学  作者: 東雲 流水
第一期:十六迄の独白・皮肉哲学
11/19

11.

**********


 正義がねじ曲がる瞬間が、僕の周りでは連続的に続いています。

 多数決、と言うのでしょうか。数の暴力、と言うのでしょうか。

 僕が見る『彼ら』は、どうやら人数が多い方が正義だと思っているようです。言うなれば、『数の正義』です。言い換えれば、ここがこの正義の、僕が最も嫌う部分ですが、『持論がない、周りに流される正義』です。

 それは政治でいうところの『与党』でしょうか。確かに僕たちは社会不適合者という不名誉な称号を持ち、自覚すらしていますが、それでも信ずるべき正義が正義でなくなり、更にそれが世界から見て間違ったものであれば、僕たちは革命を起こさなければなりません。

 僕を含めた数人は、現代にある一つの現象を撤廃したいがために、こうして自分勝手な思想を振りかざしています。自らが信ずる正義を貫こうとしています。

 しかし、その正義も、見る人から見れば間違った正義なのでしょう。ですが、今一度考えてみてください。

 『数の多さ』という具体的な強さを持ちながら、『個人たち』という抽象性ばかりを持った、さながら烏合の衆のような正義よりは、各々が持ち、信じようとして集まった正義の方が正しいのではないでしょうか。

 我々は自らが、各々が信じる思想を振りかざします。彼らはそれを数と、己に都合のいい『常識』という言葉で叩こうとしますが、決して僕たちは折れる気はありません。自分の主義主張を押し付けるのは我ながら勝手だと思います。しかし、革命を起こした先人たちは、自分たちの正義と同じものを集めて、世界を変えました。

 更に言えばそれは、『何となく』の集まりよりも大きく世界を動かし、大きく世界を変えるもとになるのでしょう。

 僕たちは今日も周りの正義を崩そうとし、そして自らの正義を誤ろうとしています。

 『何となく』の正義を、僕は嫌って、ただ自分が信ずる、一本骨のある正義のみを貫こうとしています。

 仮に彼らの『数の正義』が、持論を持ち始めたら、僕はそれに対し、喜んで対立して、討論したいと思っています。

 周りに流されるような正義は、人様に振りかざせるようなものではなく、ですが社会においては嫌味なほど力を持ちます。それを嫌い、反発するのが社会不適合者だと言うのなら、僕たちはやはり、どこまでいっても社会不適合者なんでしょう。


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