第一話 多治見原会戦
ぎりぎり今日に投稿できた 汗汗
寒々とした大地に朝日が天の真ん中までのぼり大地を照らし始めた。
そしてその光は、ここ宗北島の極寒の雪原にわずかだがぬくもりをもたらした。
国北山脈と宗山脈に挟まれた多治見平原に皇暦751年2月1日午前12時が訪れたのだ。
月本皇国陸軍中尉秋月 正信は、独立鉄虎兵第301大隊本部の天幕から出てきたところだった。長々と続く軍議に小休止が挟まれたのだ。
天幕から出た途端吹き付ける寒々とした風に秋月は、顔をしかめた。
ああ、北国は久しぶりに来たが本当に寒い勘弁してもらいたいものだそんなことを思っていると天幕の警備をしている兵卒が話しかけてきた。
「こう寒いと国が恋しくなりますね。」
「ああ、全くだなしかも戦に来たとあっちゃたまらんな」
「全くです。早く女房に会いたいですよ。まあ我々鉄虎兵は後ろですっこんでろと言わんばかりの配置ですがね我が大隊は」
「それで我々は戦闘とは無縁の高みの見物さ、感謝しようじゃないの。」
新兵科である鉄虎兵大隊は、後方配置であるのであった。
秋月と兵卒がそんな雑談をしていると一人の士官が大隊本部の天幕へと駆け込んでいった。
間もなく本部から中隊長である赤坂大尉が顔を少し出すと
「秋月なに油売ってるんだ!はよ本部に来い一大事だ」
と秋月を呼びつけた。
そこで告げられたのは皇国軍が多治見平原で、ロニア帝国軍と交戦し敗北を喫したこと、さらに中隊の所属する大隊が皇国軍主力の後退を支援するために後衛であった大隊と近衛第2旅団が殿を務めるということが大隊に衝撃を与えた。
***
時は、少し戻り皇暦751年2月1日午前9時まだ朝日が昇って間もない時間に月本皇国軍北方方面軍とロニア帝国軍東方平定軍の主力が対峙していた。
多治見平野は、両側を山に阻まれ北に位置する宗北島の中でもさほど積雪がない場所だった。それ故に両軍は、身動きのとることのできるこの地を決戦場所に選択したのであったのだった。
両軍展開図
皇国軍側
砲兵 砲兵 砲兵 砲兵
騎兵 歩兵 歩兵 歩兵 歩兵 歩兵 騎兵
帝国側 砲兵 歩兵 歩兵 砲兵
歩兵 歩兵
騎兵 騎兵
皇国軍の歩兵は、横隊に密集展開し騎兵は歩兵を援護すべく両翼の端にて突撃梯形にて待機し砲兵は、後方の射程圏内にて展開していた。この世界においてまず定石どおりである布陣である。
皇国軍北方方面軍兵力30,000対する帝国軍東方平定軍は、20,000地の利と兵力がある皇国が有利であるはずだったが、結果は皇国軍の惨敗であった。
後に多治見原会戦と呼称されるこの戦いは、僅か3時間のうちに決してしまうのである。
戦いの経緯は、まずこうである。
帝国軍は、行軍形態の縦隊のまま強引にも散開、前進しだした、無論皇国軍も指をくわえてみているわけでもなく歩兵による射撃を展開した、が帝国軍に対する射撃効果は低かった、帝国軍は散開し狙いが定まらないまた、縦隊に展開しているために皇国軍歩兵の両端からは、射程圏外だったのである。
皇国軍砲兵の砲撃の効果も芳しくなかった、少ないとはいえ砲の車輪にまとわりつく雪のために照準が追い付かないのであったのである。
それをよそ目に帝国軍後続は続々と到着、中央部分において火力を集中し皇国軍を少しずつ圧倒しだした。
部隊を補強しようにも横隊に展開している都合上皇国軍は、身動きが取れずにいた。
そうこうしている間に、皇国軍中央は帝国軍に火力において圧倒され初めてジリジリと押されついに戦列に穴ができ始めた。
それを帝国軍の指揮官は、見逃さなかった東方平定軍最強である第3竜騎兵連隊(ワイバーンに乗る竜兵ではない)を投入、騎兵達は口々に“皇帝陛下万歳”という掛け声とともに突撃し皇国の弱りきった戦列を食い破った。
白兵戦において騎兵に勝るものはない、それの上崩れかけた戦列に帝国の歩兵が突進すれば・・・いとも簡単に皇国の歩兵は、潰走しだしたのである。それよりは、悲惨な追撃戦となったのだ。
皇国軍が部隊を何とか再編成することができたのは、7日後のことでありあまりにも大きな痛手であった。
そして、北方方面軍の撤退支援のために第301大隊に殿の命令が下されるのであった。
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図解は、今回文字にて代用させていただきましたが、環境が整えれば絵にして投稿しようと思っています。